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グリホサートの安全性に関する所感【解説】

食と農のウワサ

グリホサート(商標名:ラウンドアップ)は、1970年に米国のバイオ化学企業モンサント社によって開発された農薬(アミノ酸系除草剤)で、1974年に米国にて登録され、安全で有効な除草剤として世界的に普及し、現在も各国にて幅広く使用されている。

ところが、2015年3月にIARCが、グリホサートを「ヒトに対しおそらく発がん性がある」とするGroup 2Aに分類したことを発表(※1)したため、その波紋が各国に波及し、農薬業界関係者のみならず農業作業者や一般消費者にまでグリホサートの安全性に対する不安を煽る結果となった。このIARCのグリホサートをGroup 2Aに分類した根拠(※1、2)は、以下の如くである。

①限定的ではあるが、ヒトの疫学的調査結果からグリホサートの農業上暴露と非ホジキンリンパ腫(Non-Hodgkin lymphoma)の発生との間に相関性がみられた。
②動物実験において発がん性を示唆する所見がみられた。
③農場に隣接する住民の血液検査において、グリホサート製剤散布後に染色体損傷を示唆する小核の増加がみられた。また、ヒト細胞を用いたinvitro試験においてDNA・染色体の損傷が観察された。
④ヒト細胞を用いたinvitro試験及び動物実験において、グリホサートの原体、製剤及び代謝物に酸化ストレスを誘導する所見が観察された。

このIARCの発表(※1、2)を受けて米国EPA(US Environmental Protection Agency)をはじめ、関係各国の規制当局が再度今までに提出されたグリホサートの安全性試験データ及び関連文献を見直し、その安全性について以下の如く見解を述べている。

(1)米国EPA

(1)米国EPAは、グリホサートに関しては最初の登録時(1974年)以降15年ごとに提出されたGLP試験データを現代毒性学・毒性病理学を含む最新の科学的知見に照らし合わせ見直すとともに、上記のIARCの報告を考慮して実施された再評価結果(※3)を2017年に公表し、加えて2019年4月30日付の報告(※4)の中で「現時点ではグリホサートに発がん性は認められず、ラベル表示された方法に従い適正に使用する限り、ヒト及び環境に対し悪影響を及ぼすことはない」という見解を述べている。

また、非ホジキンリンパ腫の発生を含む広範囲にわたる疫学的調査結果から、グリホサート暴露とヒトにおける発がんとの相関性はいずれの臓器・組織においても明らかではないとの認識を示している。

EPAは他国の規制当局と同様に常に科学を基盤に農薬の安全性評価を実施しており、安全性をより完全なものにするため、不明な点があれば最新の科学的知見・手法に基づき明らかにしてゆく姿勢を今後も貫く所存であることを強調している。

(2)欧州食品安全機関EFSA

(2)欧州食品安全機関EFSA(European Food Safety Authority)の再評価(※5、6)では、提出された数多くのGLP長期発がん性試験結果及び関連文献からグリホサートには発がん性は認められず、ヒトに対しても発がん性は示さないものと判断され、EUにおける危険有害物質の分類法であるCLP規則(Regulation of classification, labelling and packaging of substances and mixtures)に従ってグリホサートを分類・表示する必要性はないと結論付けた。

一方、IARCは前述の如くグリホサートをGroup 2Aに分類した根拠として、一部の長期発がん性試験の高用量群において腎尿細管腫瘍(雄マウス)、血管肉腫(雄マウス)、肝細胞腺腫(雄ラット)あるいは甲状腺C-細胞腺腫(雌ラット)の発生に増加傾向が見られたことを挙げているが、これらの変化には統計学的に有意差はなく、用量相関性に乏しく、腫瘍の発生部位・種類に一貫性がなく、発生も片性のみで頻度的に自然発生腫瘍の背景データ範囲内にあり、前腫瘍性病変も見られないことから、EFSAではグリホサート投与との因果関係はないものと解釈された。

遺伝毒性に関しては、GLPに準拠して実施されたin vitro試験及び多数の公表論文において結果は陰性であったことから、EFSAではグリホサートには遺伝毒性はないと判断された。

IARCが採択した一部の論文では、in vitro試験において染色体異常やDNA損傷が見られたと報告されているが、in vivo試験ではそのような異常を示唆する所見は観察されていない。また、酸化ストレスの増加に関してもメカニズムが不明瞭で確証が得られていない。なお、ヒトにおけるバイオモニタリング調査結果(※7)から、製剤を含むグリホサート暴露と酸化ストレスによるDNA損傷との因果関係はないものと報告されている。

EFSAでは、IARCの指摘事項を考慮した上で、総合的に評価した結果において、グリホサートには遺伝毒性はないものと解釈された。なお、IARCが指摘したグリホサート製剤と非ホジキンリンパ腫との疫学的因果関係については、調査データが極めて限定的であり、結論付けるのに十分な証拠が得られていないという見解をEFSAは述べている。

(3)日本の食品安全委員会

(3)日本の食品安全委員会(Food Safety Commission of Japan)では、IARCの報告を考慮した上で、提出されたすべての安全性試験データを再評価し、グリホサートの安全性に関する見解を以下のように述べている(※8)。グリホサート原体の各種毒性試験結果から、グリホサート投与の影響は、主に体重(増加抑制)、消化管(下痢、盲腸重量増加、腸管拡張・粘膜肥厚等)及び肝臓(肝細胞肥大、ALP上昇等)にみられたが、遺伝毒性、発がん性、発生毒性、生殖毒性、神経毒性を示唆する所見は認められなかった。動物を用いたすべての毒性試験における最小無毒性量は100mg/kg/dayであったことから、安全係数100で除し、一日許容摂取量(Acceptable Daily Intake:ADI)を1mg/kg/dayと設定した。

(4)ドイツ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの規制当局

(4)その他、ドイツ(German Federal Institute for Risk Assessment)、カナダ(Health Canada Pest Management Regulatory Agency)、オーストラリア(Australian Pesticide and Veterinary Medicines Authority)、ニュージーランド(New Zealand Environmental Protection Agency)の規制当局ならびに欧州化学機関(ECHA)及び国際残留農薬専門家会議(FAO/WHO-JMPR)においても、「グリホサートの発がん性あるいは遺伝毒性の可能性は低い」という見解で一致している。

以上のように、各国の規制当局の見解は、「グリホサートには発がん性や遺伝毒性は認められず、ラベル表示された適用方法で使用する限りは安全である」という意見で一致している。

農薬の登録に必要な試験の種類は各国の規制当局のテストガイドライン(EPA、OECD、MAFF等)によって定められており、使用者安全、消費者安全及び環境保全を担保することを目的に、表1及び2に示す如く原体及び製剤を含めさまざまな安全性試験が要求されており、医薬を含む化学物質の中では最も厳しい多彩な試験項目と検査内容が課せられている。

表1:農薬登録に必要な試験の種類

表2:農薬の安全性を確保するための試験リスト (GLP制度導入1984年)

また、そのテストガイドラインも今までに蓄積された膨大な試験データならびに関連情報と現代毒性学を含む幅広い科学的知見に基づいて作成されたものであり、加えてガイドラインに従う試験はGLP制度に準拠して実施されることから、試験結果の信頼性は極めて高い。

すなわち、GLP試験は、試験計画書の作成から最終報告書の作成まで一連のプロセスを試験実施機関における信頼性保証部門(Quality Assurance Unit:QAU)によってチェックされ、試験から得られた生データが報告書に正確に反映されていることを確認した上で、報告書が最終化される。

一方、IARCの発がん性評価は、対象とする作用因子(物理的、化学的、環境的因子等)のハザードに関する性質を定性的に評価し、その結果に基づき対象物質をグループ別に分類するものである。

つまり、リスク評価に用いる安全性試験結果の定量的評価とは異なり、一般に公表されている学術論文等(一般にGLP試験のように信頼性保証部門による査察・審査は行なわれていないケースが多い)の中から陽性結果の報告を抽出し、それに基づき「疑わしきは罰する」というスタンスで評価されることから、陽性方向に傾く過評価Over-estimationに陥りやすく、偽陽性False-positiveを生み出す可能性は否定できない。

また、IARCの指摘する疫学的調査によるグリホサートと非ホジキンリンパ腫との相関性についても、対象者が実際に暴露されたか否かとその被暴量がどの程度なのかが明らかにされていないので、因果関係を明らかにするにはかなり無理がある。

疫学的調査は、ヒト集団について疾病の原因あるいは化学物質の有害影響を判断するために行なう調査研究で、ヒトへの影響を直接評価できる方法として有用性は高い。
ただし、動物実験とは異なり、対象集団の大きさ、調査時期・期間、個人の生活習慣・環境、遺伝形質など評価に影響を与えるさまざまな交絡要因が存在するため、信頼性の高い調査結果を得るためには可能な限り正確な情報収集と統計解析を含め慎重な解析が必要である。

すなわち、調査結果が対象集団及び関連情報の抽出法・範囲ならびに統計解析手法等によって左右されるため、可能な限り大きな集団から多くの正しい情報を収集することが重要であり、特に化学物質の場合には被験者のバイオモニタリング等(血液検査や尿検査など)により正確な暴露状況を定性的あるいは定量的に把握することが必須と思われる。

これらの点を考慮して疫学の専門家集団が最近実施した疫学的調査結果(※9)では、グリホサート暴露と非ホジキンリンパ腫との間に因果関係はみられなかったと報告されている。

IARCのように危険性を事前に察知して警鐘を鳴らすことはリスク軽減の観点からは意味があると思われるが、その根拠が不十分で確かでない場合には、いたずらに不安を煽り、社会を混乱に陥れる結果となり、人類が必要としているものを失う可能性も否定できない。

食の安全に関してゼロリスクを求める姿勢は間違ってはいないが、余りこだわりすぎると何も食べられなくなり、生きる術を失ってしまう。現在世界人口は75億人で、2050年には100億を超えると予測されている。この巨大な人口を支えるためには農業増産による食料確保が必要であり、その農業生産には農薬は必須である。

上記のグリホサートの安全性に関する規制当局の結論は、膨大なGLP試験結果に基づき現代毒性学・毒性病理学を含む最新の科学的知見に照らし合わせて導き出されたものであり、信頼性や客観性も高く、正しい判断と考えられる。

したがって、グリホサートは、ラベルに表示された方法(適用作物残留基準値及び環境基準値がADIよりも小さくなるように散布量・時期・方法が指示されている)で使用される限り、ヒト及び環境に対し安全であると断言される。筆者としては、本稿が実際に使用される農業作業者及び一般消費者にとってグリホサートの安全性に関する正しい理解の一助になれば本望である。

なお、本所感は筆者の科学者としての個人的見解を述べたものであり、一般財団法人残留農薬研究所を代表するものではないことと、グリホサートに関する利益相反も保有しないことをここに宣言する。

『農業経営者』2019年6月号 No.279特集「ラウンドアップの風評を正す」から転載
注: 本文中の太字体はAGRI FACT編集部が追加したものである

筆者

原田孝則(一般財団法人残留農薬研究所理事長)

【参考文献】

※1 IARC:IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans Volume 112 (20 March 2015) – Evaluation of five organophosphate insecticides and herbicides
※2 IARC:IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans Volume 112 (updated 11 August 2016) – Some organophosphate insecticides and herbicides: Glyphosate
※3 EPA:EPA’s Office of Pesticide Programs (December 12, 2017) – Revised glyphosate issue paper on evaluation of carcinogenic potential
※4 EPA:News Releases from Headquarters of Chemical Safety and Pollution Prevention (OCSPP) (April 30, 2019) – EPA takes next step in review process for herbicide glyphosate, reaffirms no risk to public health
※5 EFSA:Conclusion on the peer review of the pesticide risk assessment of the active substance glyphosate. EFSA Journal (November 12, 2015)
※6 EFSA:EFSA explains the carcinogenicity assessment of glyphosate. EFSA Journal (November 12, 2015)
※7 Kier LD:Review of genotoxicity biomonitoring studies of glyphosate-based formulations. Critical Reviews in Toxicology 45(3): 209-218, 2015
※8 食品安全委員会:農薬評価書・グリホサート(2016年7月)
※9 Andreotti G, Koutros S, Hofmann JN, Sandler DP, Lubin JH, Lynch CF, Lerro CC, DeRoos AJ, Parks CG, Alavanja MC, Silverman DT, and Freeman LEB: Glyphosate use and cancer incidence in the agricultural heath study. Journal of the National Cancer Institute 110(5): 509-516, 2018

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