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第1回 フェイクニュースの時代【フェイクを見抜く-「危険」情報の読み解き方】

食と農のウワサ

偽情報、誤情報、デマ、不正確な情報、偏った情報……。複雑化する情報社会を生き抜くための実践書『フェイクを見抜く』(唐木英明・小島正美、ウェッジ)では、その舞台裏を詳細に記している。その一部を編集してお届けする。第1回は、なぜ、フェイクニュースを流すのか? その目的は?

フェイクニュースを広める八つの目的

フェイクニュースを流す主な目的は「利益」だが、それは個人的な利益から組織や国家の利益まで幅広い。

1.政治的利益

2016年の米国大統領選挙では、ロシアのインターネットリサーチエージェンシー(IRA)などの外部勢力が、民主党のヒラリー・クリントン候補を貶(おとし)め、共和党のドナルド・トランプ候補への支持を集めるための陰謀論を大量に拡散し、トランプ候補が勝利した。ワシントンD.Cのピザ店に民主党幹部による児童買春の拠点があるというのはこのときのフェイクニュースである。また、2016年の英国のEU離脱国民投票(Brexit)で離脱支持派はEUの経済的負担や移民問題について誇張した主張を行い、情報操作を行った結果、勝利した。

2.国際的な対立での利益

国家間の対立や紛争の中では、他国や敵対勢力に対して虚偽の情報を流布し、国内外の世論を操作することで、自国の利益を追求することがある。ロシアによる軍事侵攻の4日後にウクライナ文化・情報省はSNSで『インターネット・アーミー』を開設し、これに参加した30万人の国民がウクライナ政府の指示どおりに米国議会の軍事委員会議員に軍事支援強化を要望するメールを送り、大手メーカーのコカ・コーラやネスレにはロシアからの撤退を求めるメールを送ったことは、フェイクとは言えないが、その例である。

3.社会的な混乱を引き起こす利益

意図的に社会的な混乱を引き起こし、社会の分断を深め、特定のグループに対する敵意や不信感を煽ることで利益を得ることがある。ミャンマーではロヒンギャ族に対する人権侵害や迫害が行われているのだが、SNSを通じてロヒンギャ族を批判する偽情報や虚偽の情報が広まり、宗教的な対立や暴力が煽られ、ミャンマー政府はこれを利用して迫害を正当化したと言われる。

4.経済的利益

江戸時代後期に現在の京都府木津川市在住の国学者椿井政隆は多くの偽文書を作った。これらの「椿井文書」は家系図、縁起書、由緒書、絵図など1000点以上あると言われ、神社仏閣や豪農などに販売され、歴史や由緒を偽装するために利用された。その内容を信じて、学校教材や市町村史などに転載されたこともあったが、近年の研究により偽造であることが明らかになった。椿井政隆の経済的利益だけでなく、文書を購入した人たちにも利益があったためこれだけ広がったのだろう。

現代社会では株式市場で虚偽の情報を広げることで株価が変動して関係者が利益を得る、自社の商品やサービスを過大に宣伝することで消費者を惑わせて利益を得る、競合他社の評判を損なうことで自社の地位を強化するなどフェイクニュースが利益になる例は多い。個人や組織が広告収入を得るためにクリックを集める、あるいは商品やサービスの宣伝目的で情報を歪曲することも少なくない。

例えば米国のステラ・イマニュエル医師は、新型コロナウイルス感染症の治療薬としてヒドロキシクロロキンをSNSで推奨し、「マスクや社会的距離は必要ない」「ヒドロキシクロロキンがあれば新型コロナは治る」と主張した。これは科学的根拠がなく、WHO(世界保健機関)やFDA(米国食品医薬品局)が否定したにもかかわらず、彼女はヒドロキシクロロキンを販売し、オンライン上で偽の医療診断を行うなどの詐欺行為にも手を染めた。トランプ大統領はX(旧 Twitter)上で彼女の言葉を引用し、ヒドロキシクロロキンを「魔法の薬」と評してその使用を推奨する発信を何度も行い、自身も新型コロナウイルスに感染したときに服用したと発言している。その結果、イマニュエル医師は多額の収入を得ている。FacebookとXは彼女の投稿を削除し、彼女は不法医療行為で起訴されている。

2024年の米国大統領選に出馬を表明したロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は、暗殺されたジョン・F・ケネディ元大統領のおいだ。新型コロナウイルスに関する陰謀論を広めるグループ「Children’s Health Defense」を設立し、反ワクチン運動を展開して多額の寄付金収入を得ている。Instagram は2021年、ワクチンに関する偽情報を繰り返したとして同氏のアカウントを削除した。

イマニュエル医師もケネディ・ジュニア氏も、利益のためにフェイクニュースを流していることを認めず、SNSを通じてその主張は真実であり、社会のために活動していると宣伝して賛同者から寄付金を集めている。

5.詐欺や不正行為による経済的利益

フィッシング詐欺の手口の一つとして、偽の情報を使って個人情報を集める手法がある。偽装のウェブサイト、銀行やオンライン決済サービス、ソーシャルメディアなどの正規の企業や組織を装ったフィッシングメール、被害者に重要な情報を求めるスミッシング(ショートメッセージサービスSMSとフィッシングを組み合わせた言葉)などの手口が使われる。

警察庁によると2020年には2万件近いフィッシング詐欺事件が発生し、被害額は約176億円に上っている。高齢者を狙った詐欺が多く、被害者の平均年齢は69歳だった。

6.倫理や道徳的な利益

環境問題や人権侵害などの重要なテーマについて、情報の真偽を問わずに、あるいは情報を誇張して、感情に強く訴える内容やショッキングな内容を伝えることで、人々の関心や行動を喚起しようとする場合がある。例えば特定の環境災害や生物多様性の喪失の影響を誇張したり、不正確なデータを使用して危機的な状況を描写する方法だ。

総務省の報告書では(*2)、新型コロナウイルス感染症と米国大統領選挙に関する間違い情報や誤解を招く情報を、それらを信じた場合や真偽不明だと思った際、4割の回答者が共有・拡散していた。 その理由は、「 情報が正しいものだと信じ、他人に役立つ情報だと思った」(37%)、「真偽不明だが、他人に役立つ情報だと思った」(34%)、「真偽不明だが、情報が興味深かった」(30%)、「他人への注意喚起」(29%)の順だった。危険な情報は広く知らせる 必要があるという善意がフェイクニュースを広げていることが分かる。

具体例としては、2023年春、米国の三つの銀行から大量の預金が引き出されて相次いで破綻し、騒動はスイスの大手銀行にまで波及した。米国議会下院金融サービス委員長がこれについて「初めてのTwitterに煽られた取り付け騒ぎ」と発言したように、SNSによる「銀行が危ない」という情報の拡散が原因でパニックが起こり、銀行の預金量の4分の1に当たる5兆6000億円が1日で引き出された。多くの人が情報を拡散した理由は危険を知らせようとする倫理観だが、人々が銀行に殺到して預金を引き出す状況がインターネット経由で瞬時に拡散し、不安が広がって取り付け騒ぎがさらに拡大したと言われる。

SNSの口コミサイトは善意を前提としたものであり、書き込みを信じて参考にする人は多い。しかし中には事実と異なるものや、偏見や悪意の書き込みなどのフェイクもあり、ビジネスが不合理な被害を受けることもある。サイト運営企業に書き込みの削除を求めても、どちらが正しいのか判断することが困難という理由で簡単に解決しない例も多い。

7.名誉欲と科学研究費の獲得という利益

1909年に英国で人類と猿の中間の頭蓋骨が見つかり、人類の最古の祖先としてピルトダウン人と名付けられた。ところが発見から40年後にこれは人間とオランウータンの骨をつなぎ合わせた偽物であることが分かった。日本でも石器を地中に埋めておき、それを発掘して大発見を装った事件があった。これらの出来事は世間を騒がせて科学に対する信頼を傷つけたのだが、その動機は偉大な発見者としての名誉欲だったのだろう。

かつての科学は知識人の趣味の世界であり、科学をする人は哲学者と呼ばれ、科学的発見は名誉だった。産業革命以後、科学技術が産業の発展と深く結びつき、科学が職業になり、科学者という職業が生まれた。科学研究には膨大な経費がかかり、科学者にとって最大の問題は競争的研究費の獲得である。そのためには著名な科学雑誌に新しい研究成果を次々に発表する必要がある。そこで出てきたのが毎年のように明らかになる科学研究の不正である。その内容は専門的であり、STAP細胞事件のように大きく報道されたものもあるが、大部分は小さな報道で終わっている。ここではこの問題は取り上げないが、詳細は Wikipedia の「科学における不正行為」を見ていただきたい。

8.達成感という利益

愉快犯と呼ばれる人々がインターネット上で人々を驚かせて笑いを取ることを目的としてフェイクニュースを作成し、広める「トロール行為(迷惑行為)」がある。2009年には 「NASAが地球の終焉を2012年と予測」というフェイクニュースが拡散され、2017年にはマクドナルドのチキンナゲットに人間の肉が混入しているというフェイクニュースが流された。

インターネット上での匿名性がフェイクニュースの拡散を容易にする要因となっているのだが、流した本人が誰か分からないので、その人物に経済的な利益があるわけではない。世の中を騒がせたという達成感が愉快犯の動機なのだろう。

*2 https://www.soumu.go.jp/main_content/000831345.pdf

続きは……

 

筆者

唐木英明(食の信頼向上をめざす会代表、東京大学名誉教授)
小島正美(食・科学ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員)

 

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