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Vol.8 肥育・コメ農家が「害獣対策」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】

農家の声

兵庫県三田市で和牛肥育のほか、水稲などを作っているアラカン農家の有坪民雄です。全国的に獣害が発生していますが、当地も獣害に悩まされている農家が少なくありません。そこで自分なりに調べていくと、とんでもないことがわかりました。今回はそのことについて書きたいと思います。

害獣対策として「犬の放し飼い」が可能に

近年、中山間地の獣害は大変深刻な問題になっています。従来は柵を作るなどして対処できたのですが、農業者の高齢化と、それに伴う管理者の減少によって柵の管理ができなくなりつつあります。そこに害獣の個体数も増え、知恵をつけた獣も増えました。たとえば猪なら、十分に機能している電気柵すら、地面を掘ってすり抜けてきます。そんな獣たちに懸命に作った作物が収穫直前にやられてしまう。対策しても対策しても何年もやられ続け、力尽きて営農を放棄してしまう例も出てきているのです。

このような害獣被害に遭ってきた農家の苦悩を政府は知らなかったわけではないし、無策だったわけでもありません。環境省は犬の放し飼いが有効ではないかと考えて法整備を進めていたのです。犬は獣の気配を感じたら猛烈なスピードで飛んでいく。猟犬なら獣の扱いも上手です。

そして2007年11月12日、自然環境局長名で環境省通達が全国都道府県や中核都市などに送られました。タイトルは「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準の一部を改正する件について」。内容は害獣対策として犬の放し飼いを認めるので、対処して欲しいという内容でした。ご丁寧に、こうしてくれという条文例も記されていました。

第4の1に次のただし書きを加える。(註・犬の放し飼い禁止の条文)
 ただし、次の場合であって、適正なしつけ及び訓練がなされており、人の生命、身体及び財産に危害を加え、人に迷惑を及ぼし、自然環境保全上の問題を生じさせるおそれがない場合は、この限りではない。
 (1)警察犬、狩猟犬等を、その目的のために使役する場合
 (2)人、家畜、農作物等に対する野生鳥獣による被害を防ぐための追い払いに使役する場合

(1) は昔からあるものですから、要するに(2)の項目を追加せよということです。

なぜ地方自治体は条例を改正しないのか

中央のお役所からこんな通達がくると、都道府県は通達に従って対応する条例、今回の場合は各都道府県の動物愛護条例を改正すると普通は思うでしょう。そこで読者諸兄にお願いしたい。地元の都道府県の動物愛護条例を検索して調べてみてください。たいてい下記のようになっていて、犬の放し飼いの項目は記載されていないはずです。

第五条 飼い犬の所有者は、飼い犬をけい留しておかなければならない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 警察犬、狩猟犬、盲導犬その他の使役犬をその目的のために使用し、又は人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場所又は方法で訓練する場合
二 飼い犬を制御できる者が、人の生命、身体及び財産に対する侵害のおそれのない場所又は方法で飼い犬を運動させ、又は移動させる場合
三 その他規則で定める場合

なぜ、地方自治体は環境省の指示に従わないのか。関係部署に問い合わせても、納得できる回答は得られないでしょう。実のところ、地方自治体は犬の放し飼いなどさせたくないのです。その理由は簡単で、ノイジーマイノリティの相手をするのが嫌だからです。

環境省通達では、犬の放し飼いを認めると言ってもワクチン接種など病気対策はもちろん、マイクロチップを埋め込むなどの個体識別措置や十分な訓練が施され、人や対象害獣以外を襲ったりしないなどの条件をクリアしなければ、犬の放し飼いは認められません。通達が出たとは言え、犬の放し飼いをするには高いハードルがあるのです。

そうしたハードルをクリアして放し飼いを実施したとしましょう。しばらくすると「あの集落では犬を放し飼いしている」と市役所や町村役場、あるいは警察に通報する人が出てきます。通報者に「あの集落の放し飼いは認められているものですから大丈夫です」と言って納得する人が大部分ですが、この世にはそれでも納得しない人がいるのです。そんな少数の人たちが、いわゆるノイジーマイノリティ、あるいはモンスタークレーマーとして役所や警察を悩ませる存在になるわけです。

「なんで行政は犬の放し飼いを認めたのだ? 犬が人を噛んだらどう責任を取るんだ!」
「犬が放し飼いされていたら、こわくて散歩もできない。何とかして欲しい……」

クレーマーは法で認められていることを説明しても一切納得しないし、自分が思うようになるまで執拗に通報を続けます。

行政は通報されると、とりあえずは話を聞きに行かなければなりません。違法性が全くなくとも毎日クレームがくれば、行政は毎日クレーマーの話を聞きに行く必要があるのです。

クレーマー防除の先にある農家の未来

違法性のない通報がどれほど行政の負担になるのか、筆者の地元の例を挙げてみます。5年ほど前だったか、区長会(自治会長会)で野焼きのクレームについての報告がなされました。市の説明によれば、その年の前年に市役所に野焼きの通報は280件ほどあり、そのうち95%ほどの通報は、たった7人による通報だったのです。当地で野焼きが行われるのはせいぜい一年のうちの半年ほどなので、シーズン中に毎日平均1件以上の通報があった計算になります。行政は半年間、毎日のように通報の対処を強いられました。ちなみに農家が畔草など雑草を燃やすことは法で認められているので、違法性は全くありません。

野焼きのクレームに「犬が放し飼いされている!」といった通報が加わった事態を考えると、自治体が条例改正をしたくないのも理解できると思います。条例に定められた条件を満たした放し飼いを、行政が止めることはできません。しかし、クレーマーは毎日のように通報してきて毎日対処に追われる羽目になるのですから。

筆者は、犬の放し飼いが最後の獣害対策になるかもしれないと思っています。唯一残された有望な害獣防除手段がクレーマーによって阻まれる事態はなんとか避けたい。

幸いなことに近年、こうしたクレーマーに対する風当たりは強くなってきています。東京の港区が青山に児童施設を造ろうとすると「一等地にふさわしくない」「土地建物の資産価値が下がる」とクレームが付き住民運動にまで発展した件は、圧倒的多数の市民の賛成によって反対派住民の主張が退けられました。長野市で「子供の声がうるさい」という、たった1件のクレームのために児童公園が廃止になったことは全国的な批判を浴びました。

害獣対策として犬の放し飼いが広く認められる時代は、行政が思っているよりも早く来るかもしれない。そうなることを願っています。

肥育画像

 

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筆者

有坪民雄(肥育・コメ農家)
1964年生まれ。香川大学経済学部卒業後、株式会社船井総合研究所を経て農業自営。20年ほど前から農業関係の執筆を始める。日本最初の新規就農マニュアルが農業書のデビュー作。著書の中には大手流通業の生鮮食品部門研修テキストや、某県議会の議員必読文献として採用されたものもある。

主な著書
誰も農業を知らない:プロ農家だからわかる日本農業の未来』(原書房)
農業に転職!就農は「経営計画」で9割決まる』(プレジデント社)

 

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