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最終回 有機農業と排外主義②【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

有機農業や反農薬運動を積極的に支持するのはリベラルな思想を持つ人々、というのが従来の一般的なイメージだと思います。
日本の有機農業運動が公害問題などを背景に、戦後の高度成長期に過度に工業化された農業や食品産業に対抗する市民運動として始まった歴史的背景からも、それは自然な成り行きでした。
しかし近年は有機農業の政治利用ともいえる現象が急速に進み、なかには一見良いことを言っているようで、排外主義や疑似医学と呼応した過激な主張も目立つようになりました。
この問題について、ナチスの有機農業政策やオーストリアの事例を紐解きながら考えてみたいと思います。(前回①はこちら

すぐそこにある優生思想

「自然なお産で生まれた子どもの方が、病院の分娩室で生まれた子よりも瞳がいきいきと輝いて、賢い表情をしている」

自然派助産院での出産風景をテーマにした写真展で、こんな会話を耳にしたことがある。
驚いたが、その口調に悪意は感じられず、むしろ感嘆めいた様子だった。

そういう人にとって病院での出産は、子ども本来の自然な生命力を阻害するファクターに映るのだろう。

「なるべくならより自然なままに、人工的・化学的なものを避けたい」という素朴な思いと、「混じり気のない純粋な人間こそ優れている」という思考は、口にした本人でも気づかないくらい、すぐ近くにある。

そのことを今、括弧付きの「政治」や「市民運動」が次々と証明している。

2024年の東京都知事選では、反ワクチン、排外主義を掲げ障害者への差別的発言を繰り返してきた内海聡氏が出馬した。
当初は泡沫候補と見られていたが、最終的に12万票を獲得。
元農相の山田正彦氏をはじめ、オーガニックに関わる少なくない人々がこれを支持した。(※1)

内海氏の政治団体「市民がつくる政治の会」と出自を同じくする、別のグループがある。
彼らは「ママを中心とした消費者団体」を自称し、反ワクチン運動を展開する傍ら、国や地方自治体のオーガニック給食推進の現場に次々と入り込んで「ママの声」を伝えている。

この団体のチェアマンを名乗る男性は、自ら主催する高額な自己啓発セミナーで「日本人は特別な民族」と謳い、世界を裏から操る組織「ディープステート」との戦いを呼びかける。

オーガニック給食運動の現場においては、農薬が発達障害の増加の原因であると事実上断定するかのような幾重にも誤った情報が今も平然と飛び交う。
そこで発達障害の当事者は「なるべきではない、かわいそうな存在」として規定されている。

2022年の「第一回 全国オーガニック給食フォーラム」で発表された「オーガニック給食宣言」の内容に対しては「優生思想、家族主義を連想させる」という指摘が寄せられたという。
主催者はその後の協議で「宣言文の修正は行わない」結論に達したとして、当時SNSで釈明文を発表したが、現在は削除されており読むことができない。(※2)

こうした問題行動をいくら並べても、「ひとりひとりは善良な市民で、悪意はないのだから」と諭されることがある。
「オーガニックへの熱意ゆえに過ちを犯すことはあっても、子どもたちを想う気持ちは一緒だよ」と。

だが、私はそれに同意しない。
映画『関心領域』のヘス家を「普通の弱い人間だった」で済ませてはいけないのと同様に、善意か悪意かで単純に隔てることなく、行為それ自体の背景と加害性に目を凝らさなければいけない。

有機先進国で極右勢力が台頭している

「オーガニック右翼」とも称される参政党が、先の衆院選で議席を増やしたことも記憶に新しいが、こうした現象はもちろん日本だけの話ではない。

アメリカ大統領選に出馬したR.F.ケネディJr氏は反ワクチン陰謀論に加えて、人種差別発言、中絶禁止などの主張も問題視されているが、日本の反農薬運動家らが制作したオーガニック給食推進映画に出演し、そこでは農薬企業と戦う英雄として称揚されている。

8月には選挙戦を撤退したもののトランプ氏支持に回り、その後トランプ氏の勝利を受けてついに次期厚生長官に指名されるに至った。(※3)

また、有機農業の話題で日本と比較されることの多い欧州では近年、フランスやイタリア、ドイツ、オランダなど多くの名だたるオーガニック先進国で極右政党の躍進が報じられている。

なかでもオーストリアはEU加盟国内でも突出して有機農業の面積比率が高く、全体の約25%を占めているが、9月の国民議会(下院)選挙では元ナチス関係者らが結党した自由党が29.2%の票を獲得し、第一党となったことが大きく報じられた。

自由党は反移民、反イスラム、親ロシアの立場を掲げ、新型コロナウイルスに関して陰謀論も主張しているという。(※4)

もちろんこれだけのことで右傾化と有機農業を安易に結びつける憶測はできないし、すべきでもない。
だが日本で今起きている現象を思えば、少しの不穏さも感じずにいるのは難しい。

他にも無視できない情報がある。

極右が支えたグリホサート禁止法案

オーストリア議会では2019年、除草剤グリホサートの使用を全面禁止する法案が可決されたことがある。
グリホサートは常に化学農薬のシンボルとして激しい批判を浴びてきた歴史があり、もし禁止が実現すればEU加盟国初の画期的な措置となるはずだった。

当時、この鍵を握ったのが他ならぬ自由党だった。
禁止派が国民議会の過半数を占めるに至ったのは、元々禁止を主張していた社会民主党に加え、自由党が賛成に回ったためだ。(※5)

日本の反農薬団体はオーストリアの先進性を賞賛し、「世界の流れはグリホサート禁止に向かっている」というが、背景にある極右政党への懸念が語られることはない。

彼らが数の力をもとめて参政党や内海氏となりふり構わず結託する未来を想像してみてほしい。
それを予期させる出来事はすでに国内の至るところで起きている。

(なお、オーストリアの法案はその後、EUに却下されるなどの紆余曲折を経て、最終的には部分的な禁止にとどまり、農業など業務用分野では引き続き使用が認められている)(※6)

オーストリアの郷土愛と有機農業

オーストリアはバイオダイナミック農法を提唱したルドルフ・シュタイナーの母国でもある。
岩波ブックレット『有機農業で変わる食と暮らし ヨーロッパの現場から』(※7)では、オーストリアで有機市場が90年代初頭から拡大を続けてきた要因について考察している。

そこでは研究者によって諸説あるとしながらも、冷戦終結により旧共産圏からの人の流入が始まったこと、EU加盟(市場開放)で隣国ドイツやフランスのような大国が競争相手になることへの危機感などが大きく影響している可能性に触れている。

大手スーパーチェーンが展開した有機食品マーケティングにおいては「有機を選ぶことがオーストリアの原風景や景観を守る」という郷土愛に訴えかけるメッセージが消費者に広く受け入れられたという。

欧州の消費者は健康志向よりも環境保全の視点から有機食品を選択するということがよく言われるが、オーストリアではそれがより切実にナショナル・アイデンティティにも結びついていると考えられる。

自由党が躍進する時代に、このような意識が排外的なナショナリズムと過剰に結合しないことを祈りたい。
私たちにできるのは藤原辰史氏が言うように、有機農業とそれら極右的なものとの親和性を見なかったことにするのではなく、認めて受け入れた上で厳しく監視することだ。

分断をこえてゆけ

本連載を始めた当初、有機農業やオーガニックの哲学に宿る善良さを、誤った情報や運動から少しでも遠く切り離したいと願っていた。
それはオーガニックカフェというフィールドを通じて長い時間、無自覚に誤った情報の拡散に加担してきたことへの自分なりの責任のとりかたでもあった。

その後わずか4年ほどで、今ほど状況が悪化するとは思っていなかった。
誤情報や陰謀論は世界経済フォーラムに「国際社会最大のリスク」と評されるほど問題化し、エコーチェンバーがもたらす深い分断は世界を揺るがしている。
第二次トランプ政権は、それをさらに加速させる可能性が高い。

その情報戦に、オーガニックはすっかり組み込まれてしまった。
オーガニックを支持する人は皆(少なくとも主観的には)優しく公正な世界を目指しているはずだという最低ラインの信頼さえ、今や崩れ始めている。
ケネディJrの米政権入りはそれを象徴するような歴史的事件だ。

気休めの希望を描くことは難しいが、壁をつくる側ではなく橋をかける側であり続けることを、諦めずにいたい。


※1 第47回 都知事選から考えるオーガニック問題
※2 「全国オーガニック給食フォーラム」資料集についてのメモ
※3 一族の面汚し、ケネディはなぜトランプ支持に踏み切ったのか(JBpress)
厚生長官にケネディ氏 トランプ次期米政権、反ワクチン活動家(時事通信)
※4 オーストリア総選挙、極右政党が第1党に 欧州で右派勢力の躍進続く(BBC News)
※5 グリホサート禁止に動くオーストリア(有機農業ニュースクリップ)
※6 【誤り】グリホサートをなくそうとする世界の動きはより確実になっている 印鑰智哉氏(民間稲作研究所・種子の会とちぎアドバイザー)
※7 岩波ブックレット『有機農業で変わる食と暮らし ヨーロッパの現場から』(香坂 玲 著 , 石井 圭一 著)

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

 

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