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Vol.1 “看板”だけが先行する現場でいま起きていること(前編)【「オーガニック給食」ブームの光と影】
農水省が策定したみどりの食料システム戦略や有機・オーガニック運動の活発化を受け、「オーガニック給食」を掲げる自治体が増えている。何らかの形で“オーガニック”をうたう給食に取り組んだ自治体は、すでに数百に達すると言われる。しかし、その内実を精査していくと、「過去に一度だけ有機人参を出した」というレベルの単発事例から、コメの全量有機化までと、自治体による温度差が激しい。問題山積の「オーガニック給食」ブームの現在地を報告する。
オーガニックビレッジと“数合わせ”のロジック
有機農業運動の問題点を調査する「オーガニック問題研究会」の熊宮渉氏は、現在の状況をこう見ている。
「全体としては、オーガニックビレッジなど国の施策に引きずられる形で、『とりあえず給食から』という安直な施策を実施する自治体が増え続けている印象です。ただ、その多くは長期的なビジョンを欠いており、ひとまずの“やった感”を演出するためのツールとして給食を使っていると言わざるを得ません」
現在、農水省が旗を振る「オーガニックビレッジ」の実施地域は150程度とされ、2030年までに200地域へ拡大する目標が掲げられている。
各自治体には最長2年間の交付金がつき、そこで有機農業推進計画をつくり、販路確保や技術支援に取り組む――その“わかりやすいメニュー”として、真っ先に挙がるのが学校給食だ。
「行政側から見ると、生産者に対して有機転換を促しておきながら販路は用意していません、という訳にはいかない。給食は比較的、自分たちの裁量で動かしやすい販路です。有機のお米を一部でも給食に入れてしまえば、『有機農業推進の具体策をやりました』と言える。メディアに写真を撮ってもらえば、首長も実績としてアピールしやすい。」と熊宮氏は語る。
そのため、「まず給食ありき」で事業が設計されやすく、自治体側にとっては“有機農業推進の実績”を示すためのアリバイ作りに使われてしまっていると指摘する。
背景には、国全体として掲げられた「2050年までに耕地面積の25%を有機に」という野心的な目標がある。
農水省の担当部署にも当然「数字を積み上げなければならない」という*プレッシャーがあり、各種の交付金やキャンペーンを通じて、「オーガニックビレッジの数」「有機農地面積」「給食での利用実績」など、目に見える指標を増やしていこうとする。
*2010年代後半以降で実際に増えている有機農地面積のほとんどは「牧草地」であり、畑や水田は極めて少ない。
その結果、「とにかく今年度中にビレッジ宣言を出したい」「県内で一番乗りしたい」といった、政治的な動機が先行する自治体も少なくない。
「実際に、『市長からのトップダウンでオーガニック給食に取り組むことになったが、そもそも地域に有機生産者はほとんどいない』と途方に暮れる行政担当者もいます」(熊宮氏)
交付金が切れた途端、給食も終わる“成功事例”いすみ市は何が違うのか
2022年(令和4年)度からオーガニックビレッジ事業を走らせてきた自治体の中には、すでに交付期間を終えたところも出てきている。熊宮氏は、そうした地域の一部で「補助金が終わった途端に給食への有機供給も止まり、肝心の生産基盤もほとんど育っていない」と実状を明かす。本来であれば3年間で技術と体制を固めるべきところを、短期的な“給食導入パフォーマンス”に費やしてしまったことが、今になって綻びとして現れている、という見立てだ。
一方で、千葉県いすみ市の取り組みは、こうした流れとは対照的だと熊宮氏は評価する。有機生産の基盤がほとんどない状態から外部の有機稲作研究グループを招き、数年かけて雑草対策などの技術を積み上げていった。そのうえで学校給食用米の有機への全量転換に踏み切り、独自ブランド「ISUMIKKO(いすみっこ)」を立ち上げた。有機JAS同等の栽培基準を設定。転換期間中の米もブランド米として、JAS取得後は「ISUMIKKO+JAS」として生産者が外部販路を開拓しやすい土台を整えた。
「生産技術から販売・ブランドづくりまでを一体として設計した、まれなケースだ」と同氏は位置づける。
国もセミナーや事例集で何度も取り上げ、視察も相次ぐ。
その結果、『とりあえずうちも給食から』という自治体が一気に増えた面もあります」
ただし、いすみ市のケースは、熱意ある担当者と長期視点の投資に支えられた「特殊な成功例」であり、同じことを短期間・低コストで真似できるわけではない。
「ただ、それゆえにいわゆる活動家の人々にとって都合の良い神輿として、いすみ市が過剰に担ぎ出されてしまっている面は否めないと思います。評価すべき点と負の波及効果を、冷静に切り分ける必要があります」
計画なき導入が生む「学びの残らない事業」
交付金を受けながらもうまくいかなかった自治体には、いくつかの共通点が見える。
- オーガニックビレッジになること自体が目的化し、具体的なビジョンがない
- 既存の一部有機生産者の“自己満足的な事業”になってしまう
- 技術支援が単発セミナーの“つまみ食い”で終わり、地域の資産として残らない
「極端な例では、少人数の有機生産者グループが、自分たちが話を聞きたい先生だけを次々に呼んでセミナーを開く。行政の報告書には『◯◯先生を招いて研修を実施』と立派に書かれるけれど、参加者は数人で、しかもほとんどそのグループの仲間だけ――。そういう“学びが地域に残らない事業”が、実際に起きています」(熊宮氏)
こうした場合、地域の将来像や公益性よりも、「自分たちが得をするかどうか」に軸足が置かれてしまいがちだ。結果として、技術の蓄積も人材育成も進まず、給食への供給も続かない。
Vol.2へ続く



