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Part1 遺伝子操作の2万年の歴史その2【遺伝子組換え作物の生産とその未来 】
遺伝子組換え(GM)作物は75カ国以上で栽培、実地試験、貿易されており、世界の農家にとって不可欠な生産ツールの一つとなっている。そのGM技術なしに世界の農産物と伍してきた日本の農家にとって、新たな時代が幕を開けようとしている。GM作物の本格的な生産開始である。その長い道のりと未来を3回のシリーズ特集でお伝えする。シリーズ1回目は「遺伝子操作の2万年の歴史」。遺伝子操作が農業・食料・健康の分野で人類の繁栄にいかに貢献してきたか。どのように社会に受容されてきたか。東京大学名誉教授・唐木英明氏が縦横無尽に解き明かす(その2)。
遺伝子組換えの利用
最初に遺伝子組換え技術を応用したのが、大腸菌などの微生物に医薬品を作らせることであり、多くの命を救っている。さらに病気の治療にも応用されているのだが、これらについては後で詳しく述べる。
PCR検査とコロナワクチン
遺伝子操作の技術は検査にも応用されている。コロナで有名になったPCR検査は、コロナウイルスの微量の遺伝子を、検査ができる量まで増幅する技術である。PCR検査は親子鑑定や、犯罪者や被害者の身元判定にも使われ、熊本産と表示されていたアサリが実は中国産だったことや、新潟産コシヒカリという表示のコメが実は他県産だったことを明らかにするなど、食品偽装の摘発にも利用されている。
コロナワクチンはメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンと呼ばれている。mRNAはDNAの情報を細胞に伝えてタンパク質を作らせるメッセンジャーの役割を持つ。そこで、コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質を作るmRNAを作成して、これを注射すると、体内でスパイクタンパク質が作られる。するとこれに対する抗体が増加して免疫が活性化し、コロナウイルスを攻撃するのである。
農業における遺伝子組換え
遺伝子組換え技術の利用は医薬品分野だけでない。農業分野では害虫抵抗性作物と除草剤耐性作物が作られ、世界各地で栽培され、世界の食料の安定供給に大きな役割を果たしている。さらに、渇水に強い作物、病気に強い作物、ビタミンなどの有効成分を強化した作物などが作られている。
2004年に国連食糧農業機関FAOは遺伝子組換え作物が発展途上国の貧しい農家や消費者を助けると述べた。また、発展途上国で商業栽培されているほとんどの遺伝子組換え作物は先進国で開発された除草剤耐性と害虫抵抗性作物で、その種類は綿、ダイズ、トウモロコシが主なものだが、発展途上国ではバナナ、キャッサバ、ササゲ、イネ、ソルガムなど広範囲の作物を必要としていると述べている。
こうして人類が農耕生活を始めてから今日までの最大の課題である作物の育種は、試行錯誤の選択的育種や放射線育種から、確実に目的を達成できる遺伝子組換えに変わり、育種の速度も効率も飛躍的に進歩した。そしてこれは作物にとどまらず、樹木、家畜、魚にまで広がり、食料の安定供給だけでなく、渇水抵抗性の作物の作成など環境問題の解決にも役立っている。
遺伝子組換えの規制
遺伝子組換え技術は1973年に開発されたのだが、遺伝子を人工的に改変することについて大きな懸念があり、これを実際に応用する前に、その安全性を十分に確認することになった。これには当時の社会状況も関係している。第二次世界大戦が終わり、世界の経済が急速に成長し、新たな科学技術が次々と誕生し、社会は豊かになったのだが、その陰の部分として大規模な化学物質公害が起こった。また物理学の研究が原爆の開発につながったことが厳しく反省された。このような状況から、新たな科学技術は社会に利益をもたらすだけでなく、環境破壊や社会の混乱などの不利益をもたらす可能性があることが深刻に認識された。そして新たな技術を実用化する前に、それが社会や環境に及ぼす影響を十分に考えておこうという流れが生まれた。
社会の認識と厳しい規制
この考え方に沿って、米国では1972年に連邦議会技術評価局(OTA: Office of Technology Assessment)が設立され、1995年に廃止されるまでに酸性雨、医療、気候変動、ポリグラフ(ウソ発見器)など多くの技術評価を行った。遺伝子組換えについては、1975年のアシロマ会議で「遺伝子組換えガイドライン」を採用し、これに基づいて1976年に米国国立衛生研究所(NIH)が「組換えDNA実験ガイドライン」を発表し、この技術の応用に厳しい規制が行われることになった。
こうして極めて慎重な形で出発した遺伝子組換えが最初に実用化されたのが1980年代だが、ここでは医療分野での利用について述べる。
※『農業経営者』2022年10月号特集「日本でいよいよ始まるか! 遺伝子組換え作物の生産とその未来 Part1 遺伝子操作の2万年の歴史」を転載
筆者唐木英明(食の信頼向上をめざす会代表、東京大学名誉教授) |