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第2回 農業系デマの傾向と対策――インフルエンサーとコアなファンたち【食の数だけ正義がある 明日も争いは終わらない】

農家の声

SNSで流れてくる農薬や化学肥料、遺伝子組み換え、最近の流行りでは種苗法・種子法などの批判記事、またはそのシェアのなかには、ときおり誤解や曲解が見受けられるものがある。

誤解や曲解 デマの仕立てられ方

だいたい特定のパターンがあり、一次情報は無味乾燥の事実や研究結果や法律であっても、それが情報拡散の中心人物(インフルエンサー)の意志が加わった二次情報となり、インフルエンサーを信奉するファンによって三次情報として拡散されていく。

例えば、日本モンサント(現バイエル)の社員がSNSで紹介した「地元農家の近所の農家さんのところで田植体験させていただきました」という写真が、インフルエンサーによって「モンサントが日本で遺伝子組み換えを田植え!」という二次情報に加工され、彼らのファンによって「恐ろしいことです……シェアします」「シェアします」「シェアします」とノーチェックで拡散していく。日本モンサント社員は近所の農作業体験に参加しただけで、遺伝子組み換えの田植えをしたわけではないのにである。

農薬では「ネオニコチノイド系農薬の発達期曝露が成長後の行動に影響を与える可能性を動物モデルで示唆」という研究結果が、「やっぱりネオニコは危険!」という記事に仕立てられる。

この論文をよく読めば、1mg/kg体重/日以上と日本人の1日平均摂取量(*1)の 1000倍以上に当たるネオニコチノイドをマウスに与えたら、不安行動等の影響が現れる可能性が示唆されたというだけである。水だって飲みすぎれば死ぬのだから、本来この実験結果を見ただけではネオニコを危険とはとても言えないはずなのにである。だが「たくさん与えたら異常が出た」のうち「異常が出た」だけが抜き出されて拡散される。

「ネオニコチノイドの母子間移行の実態と移行メカニズムの解明」という研究結果も「母乳を通じて子供もネオニコの被害に!」のようなノリで拡散される。

でもちゃんと数字や単位を確認すれば、授乳中の赤ちゃんの尿から検出されたネオニコチノイドの濃度は1.5ppb。つまり15億分の1。小さじ1杯のネオニコを小学校のプールに薄めた濃度である。先程の高濃度のネオニコを与えてマウスに異常が出たという研究と比べれば、「たったそれだけならなおさら問題ない」となるはず。だがこれも「めちゃくちゃ少ない農薬が出た」の「農薬が出た」だけが抜き出されて拡散される。

いずれも数字や単位を確認すれば「問題のない」研究データも、悪意のあるインフルエンサーに拠って「問題がある」にすり替えられ、コアなファンはそれを検証するどころか、多くは中身も読まずにシェアしていく。

「家が石で造られるように、科学は事実を用いて作られる。しかし石の集積が家ではないように、事実の集積は科学ではない」(*2)。研究結果という科学的事実を引き出しても、論理的に組み立てられなかったり、悪意を持って組み立てられたならば、それは科学ではない。科学を扮ったゴミである。

誰がインフルエンサーになっているのか

ここで2つ注意すべきことがある。

1つは誰がこういった情報のインフルエンサーになるのかである。まず、それなりの経営で社会の一員として立脚している有機農家は闇雲に農薬が危険とか煽ったりしない。私自身そうだったが、実際に農村に入り、勉強し農業を知れば知るほど農薬や化学肥料の安全性や意義を冷静に評価できるようになる有機農家は多い。

さらに今どきは有機農家も「安全安心」というフックだけではコアなファンしか確保できない。広く顧客に信頼されるには、不安をバラ撒くことで安心の押し売りをする商法は不向きだし、不正確な情報を垂れ流すことの信用リスクも高い。


農薬管理指導士は農家必須の資格ではないが、有機から慣行に転向するにあたり取得。以後、農薬使用者として初心を忘れないよう更新中。

むしろ自分の野菜の魅力、「美味しい」「新鮮」「便利」「楽しい」など前向きな価値を出していく。他を貶めるのではなく、己の野菜を高めることによって経営を成り立たせるのが、今どきの一流有機農家なのである。

インフルエンサーになってるのは小さくてもコアなファンを持つことが目的の人たちである。

例えば有機農家や自然農法でも、生産量が少なく一般社会に売りだすほどの品質がなければ、他の農産物を貶めて相対的に自分の野菜の価値を高めざるを得ない。

反論することのない一部のコアな消費者を囲い込んでいくために、現代農業批判は充分有効な宣伝方法だ。また、農家に限らず一定の支持や売上、講演依頼・書籍売上があればいい野菜販売業者や農業資材業者、政治関係者なども、こういったインフルエンサーになり得る。

コアなファン止まりのデマは放置しよう

2つ目は私たちが農業系のデマにいかに対処すべきかである。

実は批判系のインフルエンサーによって情報が拡散する範囲は意外と狭い。たいていはコアなファン止まりである。基本的に「これで日本の食はもうお陀仏!」とか何年も相変わらず言ってる人の言葉に付き合う人は少ない。

政治の世界で批判ばかりしてる党を支持してるのは、批判ばかりしてるのが好きなコアな人だけなので、圧倒的に支持率が低くなるのと同じだ。

農家がSNSを眺めていれば、関係者から現代農業批判の情報が嫌でもシェアされて目にするが、一歩現実の農村に出れば「グリホサート」も「ネオニコ」の話題も全く認知度が低い。「種苗法改正で日本の農業はおしまい」とか話題にも上らない。研修に来る農学部の学生なんかは、むしろ「なんでそんなにホットな話題も知らないの?」とこっちが心配するくらい関心がない。

また、農薬デマを流してるインフルエンサーに私たちが反論しても、彼ら自身が確信犯でもあるので無視されるだけだ。それをシェアするファンに事実を説明しても「そうかも知れないけど、でも農薬って良くないじゃないですか?」と彼らも「農薬=悪」という頭なので正すだけ無駄だ。

だから農業系のデマに対して私たちがすべきことは、放置だ。そもそも影響が限定されてるし、デマを流してる友人を問い正すのは、彼の信仰の自由を妨げるのと一緒で、友情にヒビを入れるだけだ。放置しよう。

慣行農家も愚痴ではなく説明できる言葉を持とう

逆に私たち慣行農家自身が、もっと有機農家を見習って「自分たちのこと」を説明すべきだ。

新規就農者として農村に入って一番情けなく感じたのは「消費者はわかってねえ」と愚痴を言う農家の余りに多いこと。

JAS有機農家なんて農薬や化学肥料を「使ってないこと」を高い経費かけて証明してるのに、「使っている」農家がなぜもっと自分たちを説明しないのだろう?

有機農家が自分たちの野菜の魅力を語り、インフルエンサーが慣行農業のデマを流してる時代に、慣行農家だけが「消費者はわかってねえ」とか言っていたらどうなるのだろう?

今一度、私たちが農薬や化学肥料を使ってることの意味を自分で整理し、お客さんに説明できる言葉を持って、堂々と農業を展開していきたいものだ。

*1:平成28年度 食品中の残留農薬等の一日摂取量調査結果(厚生労働省)
*2:アンリ・ポアンカレ(1854~1912 フランスの科学者・政治家)

※『農業経営者』2020年5月号「食の数だけ正義がある 明日も争いは終わらない2」を転載(一部再編集)

 

【食の数だけ正義がある 明日も争いは終わらない】

筆者

関谷 航太
1970年東京生まれ、東京育ち。東京農業大学卒、農業系会社に就職後、日本の有機農業の草分けでもある金子美登氏のもとで研修。1998年に長野県佐久穂町に就農。

 

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