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Part1 遺伝子操作の2万年の歴史その5【遺伝子組換え作物の生産とその未来 】

遺伝子組換え作物の生産とその未来

遺伝子組換え(GM)作物は75カ国以上で栽培、実地試験、貿易されており、世界の農家にとって不可欠な生産ツールの一つとなっている。そのGM技術なしに世界の農産物と伍してきた日本の農家にとって、新たな時代が幕を開けようとしている。GM作物の本格的な生産開始である。その長い道のりと未来を3回のシリーズ特集でお伝えする。シリーズ1回目は「遺伝子操作の2万年の歴史」。遺伝子操作が農業・食料・健康の分野で人類の繁栄にいかに貢献してきたか。どのように社会に受容されてきたか。東京大学名誉教授・唐木英明氏が縦横無尽に解き明かす(その5)。

遺伝子組換えの社会的受容

人間の判断の基本は「自己保存の本能」、すなわち、自分の生命と健康を守ることだ。そのために、危険と言われるものを徹底的に避ける性質がある。2番目は、自分に利益があれば、危険と言われるものでも受け入れる性質である。その場合に危険と利益の比較が必要だが、その判断の根拠になるのが実体験と共にメディア情報である。

実際の例を見ると、遺伝子治療は遺伝子組換え技術を使って私たちの体の細胞を変えてしまうものだが、難病の治療に必要である。バイオ医薬品もまた多くの病気の治療に必須の存在である。これらに対して、遺伝子組換えを使っているから危険だとか、廃止すべきなどという意見はほとんどない。糖尿病患者はインスリンのおかげで健康を保っているという個人的な利益を実感し、もしインスリンは遺伝子組換え微生物が作ったものだから嫌だと拒否したら、命を失うかもしれないことを理解している。最初のバイオ医薬品であるヒトインスリンが多くの人の健康を守るという個人の利益を示したため、反対の声がほとんど消えたものと考えられる。

他方、遺伝子組換え作物については、米国で食用としては未承認の遺伝子組換えトウモロコシであるスターリンクが食用に混入し、これを食べてアレルギーを起こしたという訴訟が続発し、スターリンクの大規模回収が行われ、米国だけでなく世界のトウモロコシ市場が大混乱するという事件が起こった。2000年のこの事件がきっかけになって、遺伝子組換え作物ががんやアレルギーを起こすなどという非科学的な情報があふれるようになった。もし最初の遺伝子組換え作物が消費者個人にとって利益が実感できるものであったなら、消費者は受け入れただろう。ところが消費者には遺伝子組換え作物の利益が全く見えない。他方、世界の多くの農家が遺伝子組換え作物の栽培を続けているのは、彼らが大きな利益を実感しているからだ。その結果、農家だけが利益を得て、消費者はリスクだけを負わされるという不公平感で、多くの消費者が反対に走ったのだ。

遺伝子組換え作物の「利益情報」が重要に

安全性の点から言えば、医薬品は生体に明らかな影響を与える強い効果を持つ。その結果、副作用の発現を抑えることはむずかしく、とくにがん治療薬には非常に強い副作用があることはよく知られている。これはバイオ医薬品も例外ではない。他方、遺伝子組換え作物は食品であり、健康被害が出るような物質を含んでいれば即時禁止になる。スターリンク事件でアレルギーを発症したとして訴訟を起こした人たちも、スターリンクが原因ではないことが科学的に証明されている。

世界に広がる飼料用遺伝子組換えトウモロコシの畑世界に広がる飼料用遺伝子組換えトウモロコシの畑

明らかに副作用があるバイオ医薬品が受け入れられ、健康被害がない遺伝子組換え作物が受け入れられないという大きな矛盾を説明できるのは、「個人の利益」しかない。リスク判断に大きな影響を与えるのは「危険情報」だけでなく「利益情報」も極めて重要であることを忘れてはいけないという教訓である。最近始まったゲノム編集食品はこの教訓を生かして、消費者の利益になる商品の開発を優先しているが、その社会的受容に注目したい。

※『農業経営者』2022年10月号特集「日本でいよいよ始まるか! 遺伝子組換え作物の生産とその未来 Part1 遺伝子操作の2万年の歴史」を転載

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【遺伝子組換え作物の生産とその未来 】記事一覧

筆者

唐木英明(公益財団法人食の安全・安心財団理事長、東京大学名誉教授)

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