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Vol.10 島根の野菜農家が「中山間地の流通」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】
12年前に東京から移住して新規就農した島根の野菜農家です。移住した仁多郡奥出雲町は島根県東部の内陸にある人口1万1千人の町で、高品質米として有名な仁多米と森林資源を利用した椎茸を町が第三セクターを作って生産振興しています。2023年の春、その一角である奥出雲椎茸が破産する仰天ニュースが町内を駆け巡りました。第三セクターの破産により農家は、中山間地の農産品を都市へと運ぶ流通経路の危機に直面しました。ドライバーの労働時間に上限が課されることで生じる物流業界の「2024年問題」を前に、中山間地の農家にとって死活問題とも言うべき流通問題を考えたいと思います。
最近荷物が減っているが大丈夫?
奥出雲の椎茸は同業者からも品質が良いと評価され、肉厚で大きく椎茸のくせがないオリジナル品種“雲太(うんた)”も開発し安定している、と誰もが思っていました。しかしその裏では生産者(奥出雲椎茸は選果販売を行い、生産は町内の椎茸農家から全量買い上げスタイル)からは雲太は歩留まりが悪く一般流通品種に戻したいという話を聞くようにもなっていました。また同時に運送会社からも「荷物が減っているが大丈夫なのか?」という声を3年前ぐらいから聞くことが増えました。
特に運送会社からの「荷物が減っている」というのは分かりやすい現場感覚の兆候です。単価の安い農産品に関しては毎日どれだけの荷物を流すことができるのかは大きな売上指標になります。その荷物が減っているのであればやはり大きな売上ダウンになっているということになります。
そして倒産。第三セクターの倒産は正直想定していませんでした。苦しくても行政が金を投じるだろうと思っていて、まあ何とかなるだろう程度にしか考えていませんでした。しかしこの甘い見通しは様々な波紋を各所に起こします。
流通経路確保は中規模農家の死活問題
奥出雲椎茸は荷物が減ったとはいえ冷蔵便を使う最大手で、我々のような小さい農家が遠方へと出荷する際、料金の安いこの冷蔵便に混載させてもらうことで、近畿への販路などに活用することができていました。営業的には大きなポイントで昨今の青果販売では物流ルートをどう開拓していくのかが最大のポイントと言っても過言ではありません。
作っても運べない時代が来ている中で、流通量がキープできない農家に対してどのように都市部へ運ぶのかは特に都市部量販店への営業を行う大規模未満小規模以上の中規模農家にとって大きな課題になっています。第三セクターで安定しており、都市部への冷蔵便での流通ルートを持っている業者があるというのは町内の農家として安心して物を流せる側面もあったのです。
従来の流通経路図
突然の倒産劇に対して、町内企業はてんやわんやでした。第三セクターが存在することを前提に営業を行い、ひかれていた流通経路でしたが第三セクター倒産によってその経路そのものがなくなってしまったのです。もう少し具体的に書くと奥出雲椎茸と契約していた冷蔵便を運営している会社が荷物の減少を理由に奥出雲までトラックを走らせる事ができなくなりました。
そうなるとそのトラックに混載して関西の取引先へ送っていた会社は流通ルートを失うことになり、流通ルートを失うことは関西の取引先を失うことを意味します。
運送会社集積地から関西へは便が走っているので、問題はいかにして奥出雲から運送会社集積地まで持っていくかです。自走という手もありますが、さすがに自走していては往復で2時間程度と時間がかかり過ぎてしまいます。
そのため中持(主運送契約者である主要都市への長距離便会社の集積地まで、地域から運送してくれる会社のこと)で運送してくれる地元業者を探すことになりました。幸いなことに中持業者が入ることで集積地までの流通をキープすることできるようになりましたので、多少ケースごとの流通経費が上がってしまいましたがそれでも変わらず便が走ることになりました。
現在の流通経路図
しかしご存知のように農産品は鮮度管理が非常に難しく、3月末で倒産しますという報道があってからは町内各社本当に必死の流通ルート引き直しでした。しかし奥出雲椎茸と一緒に販売をしていた取引先は失う事になりました。ここも中規模農家の厳しいところで1社だけでは大手スーパーと取引するのは厳しい。しかし物量的に県内だけではさばききれないというジレンマを抱えています。
小規模のままであればおそらく県内のみに絞るという選択肢もあったかと思いますし、過疎地域でなければ他の農家さんとの連携で農協や市場出荷という手段もあったかと思います。そのどちらも取ることができない日本に多数ある高齢化で荷物がなくなる弱小産地かつ地産地消ではさばき切れない中規模農家は、物流集積地までの運送問題が大きくのしかかってきているかと思います。
ラストワンマイルという言葉がよく使われますが、集積地まで片道1時間以上かかる中山間地の農家はスタートをどうするかが切実な課題として対処していく必要があるでしょう。
捨てる神あれば拾う神あり
世の中悪い事ばかりではありません。中持を入れることによってある変化が起きました。それは物量経費が上がったことで、より多くの荷物をもって走ってもらおうという流れも出てきたことです。町内で大規模トマト栽培をしている会社が日本でも最大手の量販店への出荷を提案してきてくれました。流通経路が1つ変わっただけですが、変化に対応していくことで新たな販路開拓につながることもあるのです。
1ケースが安く、それでいて重い。人が生活するのに必須なものであると同時に、最もお金をかけたくないものなので末端消費者は値段が1円でも高ければ顕著に買わなくなってしまいます。効率を追求しないといけない青果流通は1つのルートが変わっただけで良くも悪くも大きな影響を受けます。これからの中山間地農家はそれこそ農協の市場便すら無くなるかもしれない事態を考慮に入れながら、常に流通の新しい動き、運送会社の状況などの情報を色々な業者から取得することが農産物を作るのと同じぐらい大事になると思います。
今回の第三セクター倒産も先に書いたように3年前、物流会社の「最近荷物が少なくなったけど大丈夫なのかねー」という何気ない一言に全てが詰まっていたように思います。青果流通は常に動いているので、新しい情報を持っています。畑に行くよりトラックの運ちゃんのほうが産地情報を詳しく知っています。市場に出荷したらついでに市場の人と何気ない話をする。トラックの運ちゃんにコーヒー奢ってちょっと話を聞く。そういった小さな情報収集のスキル向上や情報精査の積み重ねが2024年の物流問題を迎えるにあたり、農家にもどんどん求められていく気がして仕方ありません。
作るでも、売るでも、加工するでもない、中山間地農家に今後求められるのは“どう運ぶか”であることを痛感させられました。そして流通情報は自分のところだけで持たず地域内の共有できる情報感度の高い農家、法人と共有していく。そうした繋がりが大事で、情報感度が低いと情報が集まらず課題が発生した時に益々厳しくなるのではないかとも思わされた出来事でした。
筆者うちの子も夢中です(野菜農家) |