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「オーガニック給食運動」のおかしいと思うところ:54杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】
東京都品川区が「区立の小中学校で提供する給食に使う食材の全ての野菜をオーガニックに切り替える」と発表し、ニュースになりました。
「学校給食をオーガニックに!」という運動は前からありました。
今までは、知名度としては関心がある層にとどまる程度で、その内容を色んな立場や視点から検証するということはほとんどされていませんでした。
地元テレビなどが報道することはあっても「ママたちが安全・安心な給食を求めて市長を訪ねました」というように、表面的な善さげな雰囲気を伝えるくらいでした。
オーガニック自体は良いと思いますし、各自で選んで食べるのも自由だと思います。
給食に使用するのももちろん良いと思いますし、実際に有機野菜を給食に卸している農家もいます。
ですが、謎のブームとなった「オーガニック給食運動」には、誤情報や先鋭化した思想が付属しているケースが目立ち、おかしなところがたくさんあるように思えるのです。
今回はおかしいと思うところを述べたいと思います。
① 「子供たちの安全な食のために」と謳っているところ
これを聞くと「え? 今の給食は安全じゃないの?」と思ってしまいます。
もし本当に安全ではないなら呑気に給食を変えている場合ではないはずです。
言うまでもなく、オーガニックでない野菜も安全です。
みんなが安心して食べている給食なのに、変なことを言って不安にさせないでほしいです。
そもそも、オーガニックは食品安全を担保するものではないので、安全性で優劣をつける必要がないのです。
農林水産省は有機農地を増やす目標を立てていますが、それは食の安全を高めようという意味ではなく、肥料など資源確保や輸出戦略を目的にしたものです。
「オーガニック給食推進は国の方針でもある」と言う人もいますが、それなら「安全・安心オーガニック!」と言うのはおかしな話なのです。
仮に、「資源を地域で循環させる農業を実現するため」みたいなことを言うならまあわかるのですが、オーガニック給食運動ではそうした本質的な話題はほとんど登場せず、ひたすら「安全・安心オーガニック」路線を突き進み、それどころか「身体の不調は農薬のせい? 添加物のせい?」「オーガニックで健康になる」と誤情報満載で、もはや不安商法そのもの。
というか、むやみに農薬の不安を煽って、真に受けた子供が野菜の摂取量が減ったら逆に健康から遠ざかるのでは? と突っ込みたくなります。
ちなみに、有機野菜を売りたい人が「安全なオーガニック」のイメージを利用することはずっと前からありましたし、自分の商品を良く見せたい気持ちはわからないでもありません。
ですが、オーガニック給食運動は一味も二味も違って、何かを売りたいわけでもないのに最初から慣行農業を全力で下げてくるところから始まります。
慣行農業はとんだとばっちりです。
もはや出発点からからしておかしいのです。
② 供給量が足りないのをどう埋める?
「オーガニック給食と言っても、供給量が足りないのでは?」と指摘する声もあります。
私は、確かにその通りだと思います。
オーガニックと表示して良いのは「有機JAS認証」を取っているものだけなのですが、有機JAS認証取得農地は全体のうち0.6%しかないからです。
まあ、それは仕方がないのですが、気になるのはその供給量の埋め方です。
ある自治体では「オーガニック給食を進めよう」と言ったものの、(たぶん供給量が足りなかったからか)「オーガニック的な」という謎のフレーズが登場するようになりました。
認証を取っていなくてもオーガニック(的な物)を名乗れるなら、何のために大変な苦労をして有機JAS認証を取るのだろう? ということになります。
例えばの話で、普通の堆肥を撒きながら「オーガニックな堆肥を撒いています」、化成肥料を追加して「ミネラル肥料を撒きました」と言えばなんだかとても良さそうですが、雰囲気で良さそうに見せるのはおかしいと思います。
③ 税金の使い方がおかしい
給食費の集金袋(今もあるかはわからないが)に「給食をオーガニックに!」というチラシが入っていたら、ものすごく嫌な予感がすると思いますよね。
でも大丈夫。
品川区の例では「給食を無償化」と言っています。
「まあ、タダならいいか」と思いがちですが、無償化は誰かの奢りではなくて税金を使うことです。
自治体の税金は“最小の経費で最大の効果をあげる”と義務付けられているので、健康にしても環境にしても根拠がないまま「なんか良さそう」と進めるのはおかしいのです。
もちろん、税金を使わないならそこまで考える必要はないので、オーガニック給食運動をしている議員さんや活動団体は「給食費をもっと払ってオーガニック食材を増やしていこうよ!」と子育て世代に呼びかけたり、「家で食べる野菜をオーガニックにしてください!」と呼びかけたりすればいいのでは? と思うのですが、そうしている人はいません。
④ 変な反医療思想がセットになっているところ
これはあまり表に出てきませんが、なぜかいつもセットになっていることです。
オーガニック給食運動で目立った活動をしているグループのSNSやHPを見ると、出てくる出てくる「子供にワクチンを打たせないで」「K2シロップを飲ませないで」といった反医療思想。
実際、私もオーガニック給食運動のグループと話す機会がありましたが、登場する話題は有機農業の話よりも「ワクチンはこんなにも危険!」というものばかりでしたし、「医療のことはかかりつけ医に相談する方が良いのでは?」のように咎める人は誰もいませんでした。
反医療思想には出会う機会がありませんが、この手のオーガニック給食運動グループに足を踏み入れると普通に生活している人の一生分をはるかに上回るのではないかという反医療思想を浴びせられるように思います。
ただ、表向きの看板にはそんなことが書かれていないのでぱっと見はわかりません。
報道機関も「オーガニック給食を求める団体が署名を提出しました」と表面を好意的に報じるだけなので、グループの広報に一役買っている状態なのです。
思想は人それぞれ自由だと思いますが、学校給食は子供たちの教育にも関わってくるので、こうした反医療情報がオーガニック給食運動を隠れ蓑に教育現場に入り込むのは心配です。
実際、こうした活動家が行政のお墨付きを得て教育の現場に入ってきたり、映画の上映会のチラシが配られている例があります。
教育の現場でオーガニック給食運動を進めるのであれば、変な反医療思想と切り離すべきであると思いますが、現状では全くできていません。
⑤ 発達障害の偏見を助長しているところ
個人的にこれが一番問題だと思っています。
オーガニック給食運動では「発達障害が増えているのは農薬が原因。オーガニックで治そう」といった触れ込みが多用されています。
国会議員が発言して問題になったこともあります。
はっきりした根拠もなくこうしたことを言うのは間違っていますし、「何を食べさせたせいか?」と当事者や親たちを苦しめるのは良くないと思います。
そして、オーガニック給食運動を通じて学校教育の場でそれを言うのは生徒たちの発達障害への理解の妨げになると思うのです。
発達障害のある子供や親、サポートする人たちの話を聞いていると「何が原因でこうなったんだろう?」という話はだれもしていなくて、発達特性に合わせた教育やサポートをどう充実させていくかという話をしています。
発達障害の認定はそのためにあり、活動家が言う「発達障害が増えている」というのは農薬や添加物が良いとか悪いという類の話ではなく、たくさんの人の努力によって支援体制が充実してきた証なのです。
オーガニック給食の可視化された課題を解決して普及を
このように、出発点からしておかしい上に、人を傷つけるトンデモ情報が付きまとう「オーガニック給食運動」は、今まではその実態が知られることも検証されることもほとんどありませんでした。
それが、品川区の一件で広く知られるきっかけになりました。
良いことばかりではありませんが、課題が認知され可視化されるのは良いことです。
単なる炎上騒動で終わらせることなく、より本質的で子供たちの方を向いた運動に変化していくことが望ましいと思います。
ただし、認知が広がるとちょっと的外れなことを言うインフルエンサーの声が目立ったり、所謂“解像度が低い”意見が出てくることもありますが、それは課題が可視化されていく上での付き物だと思うので、たとえ知見が不足した意見でも安易に切り捨てず、かといって安易に迎合せず話を進めるのが農業にとっても子供たちにとっても良い未来につながると思います。
オーガニック給食運動を疑問視している人たちは、たとえ同じ側の意見であっても「それはちょっと違いますよ」と訂正したり、「こういうオーガニック給食なら良いと思う」と建設的な提案をしたりしているのが良いと思います。
オーガニック給食を進める側も「発達障害と関連付けるのは違うと思うよ」「農薬の不安を煽るのは良くないよ」と同じ側に対しても意見を言ったり、「慣行農業も同じように尊重しよう」と建設的な提案をしてみてはどうかと思います。
オーガニック給食運動はともかく、オーガニック自体は良いと思うので、可視化された課題を解決した上で進んでほしいと願います。
【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |