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Vol.3 彼女が野良発酵にハマった理由~前編~ 【不思議食品・沼物語】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。Vol.3からの3回シリーズでは、驚くべき言説で広まる不思議食品にハマった家族の悲喜劇を、物語の形式でお届けします。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は現実に存在しますが、一般的な育児法・情報ではありません。

幼い子を持つ早紀の不安

公園の芝生エリアにシートを広げ、親子が楽しそうに有名チェーンのハンバーガーセットを食べている。たまたま通りかかりそれを目にした早紀(さき)は、つい眉をしかめた。

味覚が培われる大切な時期にあんなものを食べさせて、味音痴にならないのかな。
添加物が体に与える影響は?
ビタミン、ミネラル全然足りてないよね。
ファストフード食べてる子、だいたいキャラ服。
今はよくても、将来きっとツケがくる。

ついそんなことを頭に思い浮かべてしまう早紀もかつては、娘の美雪(みゆき)にファストフードのラッキーセットを買い与えていた時期もあった。でも、今は違う。例えば同じハンバーガーでも、玄米パンにプラントベースのパテやオーガニック野菜をはさんだ安心安全の手作りだ。

飲み物は、自家製の発酵ドリンクが最近の定番。美雪も喜んで飲んでくれる「しゅわしゅわのりんごジュース」とは、育児サークルの仲間から株分けしてもらった「パラダイス酵母」でつくっている。ボトルに入った少量の液体にりんごジュースを加えると、数日で発泡し始めエネルギーが満ちてくる。さらに発酵が進むとアルコールになってしまうので子供に与えるには注意が必要だが、その時々で味が少しずつ違う味が楽しめる。いつも同じ味で画一的な市販品では、こうはいかないだろう。少なくなったら上から再びジュースを足し、株を買わずとも半永久的に作り続けることができるのも魅力だった。営利目的では出回らず、ご縁のある人の間だけで伝わる特別な酵母。ただの食品でなく、心と身体、そして人生をも育んでくれるという。コミュニティに中でかけつがれた酵母をシェアしあっていくので、数万人の気持と腸がつながっていく、特別な食品なのだ。

「そうした輪に入った仲間たちを、「ご腸内」「腸内会」なんて呼んでるの。今はこんな時代でしょう? 体の免疫系を左右する腸は、家庭の食卓から守らなくてはね。薬に頼らない育児にも、やっぱり発酵食品は欠かせないし」

酵母入りドリンクを分け、使い方をレクチャーしてくれたママ友は、そんなことを言っていた。
今、早紀にとっての最重要ミッションは美雪を健やかに育てること。具体的には、乳児の頃から悩まされているアトピー性皮膚炎をなんとか改善してあげたかった。

実は美雪を生むまでは、発酵食品にも自然食にもさほど興味はなかった。今は遠ざけているジャンクフード冷凍食品もよく食べていたし、夜遊びに飲酒喫煙と、何の制約もない生活を楽しんでいた。それが今ではすっかり、できる限り自然なものを選ぶ「自然派ママ」。そのきっかけは、育児サークルだった。

高齢出産と育児サークル

早紀が出産したのは、巷で高齢出産と呼ばれる37歳のとき。夫は管理職で毎日夜遅くまで働いているので、家事育児は基本ワンオペとなった。出産を機に専業主婦となっていたので自然と育児を共有できる仲間が欲しくなり、地域の育児サークルをいくつか見学したが、地方都市であるこの地域の母親たちは皆若く、なじめる気が全くしない。そんな中、30~40代の母親が集まっていたのは、自然派ママの集う「おひさま育児の会」だけだったため、自分の育児方針とは関係なく、そのグループに参加することになったのだ。

入会して最初に周りから驚かれたのは母乳育児でないことだった。「え~! そうなの!? いえいえ、ごめんなさいね。うちの会では珍しいもので……」と驚く姿に、こっちがびっくりした。子供が熱を出したり、ちょっとした違いがあると「ミルク育ちだもんね……」といちいち蔑むような雰囲気には戸惑ったが、基本的には皆子供思いの母親たちばかりだった。育児にとりくむ熱量が高く、勉強熱心な意識の高さは素直に尊敬してしまう。

エルゴのような今どきの抱っこ紐は子供の発育を妨げる可能性があること。布おむつは体にも環境にもやさしく、感覚を鍛えるにも情緒をそだてるにもいいことづくしであること。白砂糖を与えると、キレやすい子になる。おやつは自然の甘みたっぷりの、ふかしイモが理想的。過剰な除菌・殺菌は子供の身体を弱くする。ワクチンを打つより、自然に感染したほうがいい免疫が作られる。牛乳は牛の赤ちゃんが飲むもので、人間が飲むのは自然の摂理に反している。昔の子供の平熱は38度くらいで、今の子供は平熱が低くなっているetc.

サークルに参加するたび、そんなことを教えてもらった。育児情報をシェアしあうだけでなく、外部から講師を招き、勉強会や講演会が開催されることもある。早紀が自然派育児と発酵食品にどっぷりハマったのも、そんな食育アドバイザーの話に胸を撃ち抜かれたからだ。

「お子さんのアトピーは、妊娠中のお母さんが不摂生を重ねた現れです。農薬や添加物が、母体にたまってたんですね」
「出産はデトックスです。赤ちゃんが、お母さんの毒素をその身に受けて持って行ってくれたんですよ」
「子供に添加物、加工品、ジャンクフードはもってのほか。汚れている体内をきれいにして、毒素をしっかり排出できる身体づくりを今日からでもはじめましょう!」

美雪のアトピーは、わたしのせいだったのか!? 母乳育児を周りからチクチク言われてきたことも相まって、子供に対して申し訳ないと思う気持ちが最高潮に達した瞬間だった。皮膚科で処方されるステロイド剤は対処療法でしかない。体質改善するには、免疫力の向上と腸内環境が最重要。エレガントな立ち振る舞いの講師のそうした話しにすっかり魅了され、毎日の食生活を徹底的に見直すことにしたのだ。

楽しい発酵生活

発酵生活の第一歩は、講師がオススメしていたヨーグルトメーカーの購入からだ。納豆づくりにフル活用でき、それだけでも元がとれたかも! と気分がアガる。ご腸内コミュニティで無農薬の松葉を手に入れたので、コロナ予防にも抜群だという松葉納豆も作れるようになった。松葉はワクチンの解毒にも効果的だというから、発酵の力とあわさって、一体どれだけの恵みを体にもたらしてくれるのだろう。

日本人のパワーフードである味噌も、自家製が絶対! 家族皆の常在菌を入れたいから、美雪にも一緒に素手でコネコネ。「粘土みた~い!」なんてはしゃぐ姿がかわいいくて、SNSに「#こどもとたのしむ発酵生活」なんてタグをつけて投稿してしまった。「お母さんの手でにぎったおにぎりが美味しいのは、手の常在菌が関係している」という話しも添えた。そうそう、素手で握ったおにぎりは発酵食だと言っていた大学教授もいたよね。私たちは、もっともっと菌と仲良くなるべきだ。そうすれば美雪のアトピーも、よくなっていくに違いない。

ところが、夫の恭一(きょういち)は全く理解してくれない。昨夜もデザートに出した手作りアボカドヨーグルトを見て、こんなことを言っていた。

「これが発酵? 雑菌で固まっただけじゃないのか。前から言ってるよなあ。衛生的に信頼できないものを、食卓に並べないでほしいって……。そもそも何だよ腸内会って! じゃあそこに住んでるお前たちはう〇こなのか!?」

波動が下がるような、汚い言葉はやめてほしい。心をこめて料理を作っている私、目に見えぬところで働いている菌、株分けしてくれた人たちへの感謝の気持ちはないのだろうか?
早紀は恭一の意識の低さに呆れるしかなかった。

~中編につづく~

【不思議食品・観察記】記事一覧

 

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