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第3回 グリホサートの科学と開発秘話【ラウンドアップ「枯葉剤」説の虚構 “反農薬・反GMO・反資本主義”活動家が作った構造的デマ】

ラウンドアップ「枯葉剤」説の虚構

除草剤ラウンドアップ(有効成分グリホサート)ほど誹謗中傷される農薬はない。とくにインターネットを中心に流布されているのが「ベトナム戦争の枯葉剤と同じものだ」「ダイオキシンが含まれている」という類の言説だ。むろんこれら「ラウンドアップ≒枯葉剤」と見なす言説はすべて、科学的・歴史的根拠に基づかないデマである。しかも成分・作用機序・開発経緯が異なる二つを同一視して不安を煽ることは現代の農業技術・農業経営への不当な攻撃であり、絶対に見過ごすことはできない。

グリホサートの特異な作用メカニズム

「ラウンドアップ≒枯葉剤」説がどれほど荒唐無稽かを理解するには、まずラウンドアップの有効成分「グリホサート(glyphosate)」とは何かを科学的に知る必要がある。

グリホサートは1970年、モンサント社の化学者、ジョン・E・フランツ博士によって発明され、1974年からラウンドアップという商品名で販売された。

この物質は、アミノ酸の一種「グリシン」に似た構造を持ち、植物に固有の酵素である「EPSP合成酵素(5-enolpyruvylshikimate-3-phosphate synthase)」の働きを阻害する。これにより、植物の生存に必要な芳香族アミノ酸(トリプトファン、チロシン、フェニルアラニン)の合成が止まり、結果として植物を枯らす。

EPSP合成酵素は動物や人間には存在しない酵素であるため、グリホサートによる毒性の懸念は極めて低い。

枯葉剤はグリホサートと全く異なる化学構造・混合物

一方、枯葉剤「エージェント・オレンジ」は2,4-Dおよび2,4,5-Tの混合剤であり、とくに2,4,5-Tの製造過程で生成されたダイオキシン(TCDD)が深刻な健康被害の主因とされている。

しかしグリホサートは、塩素を含まない単純構造のホスホン酸であり、TCDDとは化学的な構造上いかなる共通点も持たない。

また、合成過程においてもダイオキシンが生成される条件が存在せず、これまでに検出された事例はない。

グリホサートの開発者と開発秘話

グリホサートを発見したフランツ博士(1929-2022)は、もともと有機化学者であり、開発当初、農学の知見はなかった。

彼は1967年にモンサントの農業部門へ異動した後、除草剤ではなく植物成長調節剤の開発を目指し、まずは植物生理学を学ぶところから始めた。

グリホサートの開発物語は、フランツ博士が農業部門に移るずっと前の1960年、モンサントの無機化学部門が「水軟化剤や錯化剤」として開発していたホスホン酸系化合物に端を発する。

当時、農薬部門のスクリーニング責任者だったフィリップ・ハマ博士は、これらの化合物の一部に「弱いながらも多年生雑草への除草効果がある」ことを発見した。

しかし、同僚の化学者たちはこの領域を「デッドエリア(商品化見込みのない分野)」として敬遠し、プロジェクトは停滞していた。

1969年、この「死にかけたプロジェクト」を引き継いだのがフランツ博士である。

彼は既成の合成化学的視点を捨て、「代謝仮説」を立てた。つまり、「既存の化合物が植物の体内でより強力な二次代謝物に変換されているのではないか」と考え、その代謝物を直接合成することを試みた。

「ユリイカ!」— 10倍の除草活性を持つ化合物発見

フランツ博士は仮説に基づき代謝物を合成するも、一つ目の化合物は全く効果がなかった。しかし、彼は実験を繰り返し続け、1970年に二つ目の化合物としてグリホサートを合成した。その結果、既存の化合物よりも少なくとも10倍以上の強力な除草活性を示すことが確認された。

この活性を目の当たりにしたハマ博士は、温室実験の結果を見て「これは商品になる!」と即座に断言し、二次スクリーニングを飛び越えて、急いで野外試験に移された。その成功は、後に試験圃場の担当者が報告書に大きく「ユリイカ!(見つけた!)」と書き記すほど劇的であった。

フランツ博士はグリホサート開発について、その成功を自身の「発見の3段階論」によって後に説明している。

  • 否定・嘲笑: 「そんなものは嘘だ」と嘲笑される。
  • 実用性否定: 「何かあるかもしれないが、実用化は不可能だ」と言われる。
  • 既知の主張: 成功後、「それは目新しいものではなく、誰でも知っていたことだ」と主張される。

グリホサートの開発は、まさにこの第一段階と第二段階の抵抗を乗り越えて実現した。

3度にわたる“スルー”の歴史

じつはグリホサートの分子自体はフランツ博士の発見以前に存在していた。「既知の主張」の段階である。

    • 一度目のスルー(1950年): スイスの製薬会社Cilag社が抗生物質として合成していたが、効果がなく未発表に。
    • 二度目のスルー(1961年): 米国の化学会社Stauffer社が金属キレート剤(水垢除去剤)として特許を取得したが、除草活性は全く見出されず、農薬部門では試験もされなかった。
    • 三度目のスルー(市販品): Cilag社の廃業後、化学試薬のカタログに「グリホサート」が掲載され、誰でも購入可能だった。

つまり、少なくとも3度、世界中の科学者がグリホサートを手にしながら、その「除草剤」としての真の価値を見抜けなかった。フランツ博士の「代謝仮説」と粘り強い研究がなければ、この世紀の発見は埋もれたままになっていたのである。

フランツ博士は、その発見の功績により、1987年にアメリカ国家技術賞(National Medal of Technology)を受賞し、1990年にはアメリカ化学工業界で最高の名誉とされるパーキンメダルを授与された。

さらに2007年には全米発明家殿堂(U.S. National Inventors Hall of Fame)に名を連ね、その発見は「農業を変えた技術」(連載第4回)として歴史に刻まれている。

以上から、グリホサートが化学構造も作用機序も、そして今回詳しくみた開発の歴史についても、枯葉剤の開発プロセスとはまったく無関係であることが示された。

 

参考URL

 

【ラウンドアップ「枯葉剤」説の虚構】記事一覧

筆者

浅川芳裕(農業ジャーナリスト・アドバイザー/AGRI FACT編集委員)

編集担当

清水泰(有限会社ハッピー・ビジネス代表取締役 ライター)

 

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