会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています

農薬を落とすというナントカウォーターの勧誘を受けてみた(後編):64杯目【渕上桂樹のバーカウンター】

コラム・マンガ

【前回までのあらすじ】
ミネラル豊富で健康促進、消毒殺菌、水質浄化、畑に使えば野菜がおいしく育って、野菜を洗えば農薬を落として味までも良くなる! というすごい水「ナントカウォーター(仮)」の勧誘(マルチ商法)を受け、最後に実験(のようなもの)を見せられて「どうですか?」との問いに、正直に答えることにしたのですが……。

ミネラル不足で発達障害増加の営業トーク

私は「では、思ったことを述べます」と切り出しました。「ミネラル豊富なのがウリなのはわかりました。しかし、ミネラルが不足する場合の不安を煽るやり方は正しいのでしょうか? 私がどうしても気になるのは、『発達障害が増えているのはミネラル不足が原因では? ミネラルで発達障害が改善』というクダリです。発達障害の診断が増えているのは問題なのでしょうか? 診断は当事者が適切な支援や教育を受けるためにあるのでしょう? 実際に発達障害がある子供たちの支援をしている人たちは『ミネラル不足が原因かな?』なんて言っていませんし、そもそも『原因はなんだろう? 何の食べ物だろう?』なんて言っていませんよ。勧誘したいからといってそんないい加減なことを言っていいんですか? おかしな偏見を助長しませんか?」と問いました。

相手側の男性一人は「差別も偏見もありません。自分の身内にも発達障害当事者がいます」と言いましたが、私は「身内に当事者がいるかどうかは関係ない」という自分の考えを伝えました。

私はこう続けました。「“最近の野菜に栄養(ミネラル)が足りない”というのは正確な情報でしょうか? 示されたデータは1950年代の野菜との比較ですが、当時とは測定方法からして異なるので比較データに意味があるのかわかりません。また、池上彰さんの番組で“現代型栄養失調”というテロップが出たキャプチャ画像を見せてくれましたが、たしか現代型栄養失調とは野菜の栄養素というより主に食生活の偏りなどの問題ですよね? 見せていただいた写真にはたしかに“現代型栄養失調”の文字はありましたが、番組では本当に『最近の野菜の栄養が少ないから』という文脈で話していたんですか? それなら少なからず番組にツッコミがあったはずです。それとも、そうは言っていないけど、“現代型栄養失調”と表示された部分を切り取ってあたかも池上さんが『最近の野菜に栄養がない』と言っているかのように印象付けたんですか?」と問いました。

それに対して男性は「どっちかはわからない」と答えたので、「では、この番組の写真をこれからも使いますか? 現代型栄養失調という言葉を使いますか?」と問いかけたところ、「写真も現代型栄養失調という言葉も使わないようにする」と答えてくれました。

残留農薬を落とせて味も変わる⁉

次に農薬の話をしました。「農薬を落とすと味が変わると言いましたが、何の農薬ですか? 残留農薬なんて0.00000何パーセントとかいうレベルの話なので、味で違いがわかるなんて私にはとても信じられません。検出する機械以上の精度の舌を人間が持っているんですか? そして、水で洗っても落ちないけど、ナントカウォーターで洗えば落ちて、それが味の違いでわかる。もしそんな農薬があるなら私はその農薬の方に興味があります」と問いました。

男性は「私たちは農薬を否定していません」と答えました。

私は「あなた方が農薬を否定しているとは言っていないし思っていません。なぜなら私もあなたも農薬の恩恵にあずかっていて、安全で安定した農産物の供給を享受しているからです。その恩恵を手放すつもりも余計なコストを支払うつもりもないこともわかっています。私が気になるのは、『農薬の恩恵にあずかりながらウソでワルモノ扱いして良いんですか?』ということです」と問いました。

男性は「そんなことはない。農薬と共存するためにこのナントカウォーターがあるのです」と答えました。

私は「農薬と共存するためとは何を目指しているのでしょうか? ナントカウォーターなしでそれは成しえないのですか? 今は共存できていないのですか? もしそうなら、ナントカウォーターを使っていない人が多い現状はかなり問題だということになります。あなたが見せてくれたグラフによると、日本は農薬の使用量が世界一多いんですよね? そんなに危険な世の中なら、ナントカウォーターを売っている場合ではないのでは?」と問いました。

男性は「ちょっといいですか? 実は私、農薬を危険だなんて言ってないんですよ」と返してきました。

私は「え? そうなんですか?」と拍子抜けしてしまいました。

男性は「それと、ミネラル不足で現代型栄養失調になるとも発達障害になるとも断言していませんし、ナントカウォーターに改善の効果があるなんて断言していません」と続けました。

私は「……え、ホントですか? じゃああの話は……?」と尋ねました。男性は「話を思い出してみてください。私たちは農薬が危険だともナントカウォーターに効果があるなんて断言していないはずです」と力強く答えました。

煽りトークの封印確約

私は確認しました。「では、これまで見せられたものは何だったんですか? 日本の農薬使用量は世界一というグラフ、農薬を落として食べる青じその実験、ミネラル不足と現代型栄養失調の話、ミネラル不足と発達障害の話、汚れた水道管の話は何だったんですか? あれを見せられたらみんな『市販の野菜って残留農薬で危ないのかな?』とか『最近の野菜は栄養が足りなくて現代型栄養失調になるのかな?』とか、『ミネラル不足が発達障害の原因かな?』とか、『水道水を飲むのって不安だな』と思いますよ。そこでナントカウォーターを見せられたら『これを飲まないと!』と思ってしまいますよ。それは全部聞き手の勝手な判断なんですか? 野菜を作る人、農薬を作る人、水道インフラを維持する人の身にもなってくださいよ」と。

男性は「私たちは薬機法でツッコまれないため、効果効能があると言わないようにしています。そのあたりは勉強会で詳しく教わっているのです」と教えてくれました。

私は「いや、薬機法的にセーフとかいう話ではなく、真面目に働いて暮らしを支えている人の仕事をそんな風に言っていいんですか? って話なんですよ。野菜だって農薬だって水道だって、その仕事の先には人がいるんですよ。ナントカウォーターだって同じように言われたらイヤでしょう?」と考えを述べました。

私はさらにつづけました。「たしかにあなた方は『市販の野菜は残留農薬のせいで危険だ』とも『ナントカウォーターには効果がある』とも断言していないかもしれない。でも、恣意的に切り貼りした資料を見せて、あたかもそうであるかのように印象付けた。『でも、断言はしていないし、効果があるとは言っていないので』と言われても、『そうか~。じゃあ薬機法的にはセーフだな。よし、ナントカウォーターを買おう!』とは思わないでしょう? むしろ自分が信じたことを自分の言葉で、自分の責任ではっきり言ってみたらいいじゃないですか。『市販の野菜も水道水も危険なんです! でも、このナントカウォーターを飲めば健康になるんです! 確かに効果があるんです! これがないとダメなんです!』と。いろいろ間違っているし、そう言われたからと言って買わないけど、人間的にはまだ信頼できる。責任を巧みに回避しながら、自分でも信じていないことを信じさせようとするよりもね。あなた方は倫理を大切にする人だと聞いています。あなた方のやり方は、あなた方の倫理感ではセーフですか? 私の倫理では完全にアウトだ」と問いました。

男性は「確かに仰る通りですね。今回は大変勉強になりました。私たちももっと改善していかなくてはなりません」と答えてくれました。

私は「理解していただきありがとうございます。農薬使用量世界一とかいうグラフ、現代の野菜に栄養がないというクダリ、発達障害と関連付ける話などは、これからも使い続けますか? それとも使いませんか?」と尋ねました。

男性は「もう使いません」と答えてくれました。

私は「では、ナントカウォーターの社長のところにこの改善案を持って行きましょう。あなた方お二人は社長と仲が良くて、私も会わせてくれると言ってくれましたよね? 会社がもっとよくなるために一緒に提案しにいきませんか?」と尋ねました。

しかし、「あなたが一人で行くならいいけど一緒には行けない」と断られました。

最後に女性が「でもね、この水で淹れたコーヒーはとても美味しいのよ」と言ってくれました。私は「素敵ですね。それを味わいたかったです。農薬を落としたという青じそよりも」と答えました。女性は「いつか淹れてあげましょう」と笑ってくれました。私は「ナントカウォーターは美味しいんですよ! と美味しさをアピールするのはどうですか? 私はそっちが好きです」と提案してみましたが、男性は資料を片付けながら「それはできないんです……」と残念そうに言いました。

私は3杯目のビールを飲み干すと、ごちそうになったお礼を述べて2人を外まで見送りました。店内に戻ると、居合わせたお客さんから「面白かった!」と感想を聞かせてもらいました。私は頭を下げて、仕事に戻りました。

後日、女性から丁寧なお礼のメッセージを頂きました。私は今回真っすぐ話しました。真っすぐ話せば、思いはきっと伝わると思います。

 

【渕上桂樹のバーカウンター】記事一覧

筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

 

 会員募集中! 会員募集中!

関連記事

記事検索
Facebook
ランキング(月間)
  1. 1

    農薬を落とすというナントカウォーターの勧誘を受けてみた(前編):63杯目【渕上桂樹のバーカウンター】

  2. 2

    農業に関するデマで打線組んでみた!パート24〈ネオニコチノイド編〉【ナス農家の直言】

  3. 3

    Vol.6 養鶏農家が「国産鶏肉と外国産鶏肉」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】

  4. 4

    渕上桂樹(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

  5. 5

    Vol.36 煮つめるほど体に入りやすくなる? 白湯の不思議言説をウォッチ【不思議食品・観察記】

提携サイト

くらしとバイオプラザ21
食の安全と安心を科学する会
FSIN

TOP
会員募集中
CLOSE
会員募集中