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「タネを守ろう」と声を上げた人々【まずは知ることから始めよう編】:18杯目【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】

コラム・マンガ

植物の新品種の知的財産権について定められた法律「種苗法」が2022年4月から一部改正になります。種苗法とは、ざっくり言うと植物の著作権みたいなもの。「誰かが開発した新品種を勝手に増やして(海賊版の種や苗)を使って商売したらいけないよ」という法律です。普通の消費者は気にしなくて良い法律にも思えますが、一部の活動家は「大変なことになる!」「みんなで声を上げよう!」と熱心に呼びかけていました。彼らは何を考えて活動をしていたのでしょうか? 私もあるとき、「タネを守ろう!」という趣旨のグループに誘われ、参加していました。今回のコラムは、そこで見聞きした感想を述べたいと思います。

グループに参加するも想定とは違う実態

グループに誘われたのは「タネを守るために、一緒に声を上げましょう!」「まずは知ることから始めよう!」のような呼びかけがきっかけでした。

私は、種苗法について『声を上げる』ほどの見識はありませんでしたが、『まずは知ることから始めよう!』という言葉には共感したので、グループに参加してみることにしました。

『知ることから始めよう!』とは、みんなで必要な知識を共有して理解を深めていくことに違いないと思ったのです。

しかしながら、グループの実態は私が思っていたものと違う点がありました。

最も違った点はメンバーの興味の方向です。

グループのメンバーは、種苗法の条文や、登録品種とは何か? 法改正の点は何か? 今までと何が違うのか? 品種の知的財産権とは何か? といった基本的かつ必要不可欠な情報・知識に興味を示しませんでした。

代わりに関心が寄せられていたのは「種苗法改正はこんなにも危険!」という数々の(ほとんどは突拍子もない)ストーリー。

グループでは「農家が(共謀罪などで)逮捕されるかも!」「悪の大企業にタネが支配される!」「重大な真実が報道されずに隠されている」というショッキングなストーリーが次から次へと披露されていました。

それらは、法律を(多少なりとも)学ぼうとしている私にとっては「どこをどうしたらそうなるんだ?」と思える珍妙なものばかりでした。

私は、「せっかくなのでまずは条文を読みませんか?」「隠された真実もいいけど、農水省が普通に公開している情報を参考にしませんか?」と呼びかけましたが全く歓迎されませんでした。

結局、こうした怪しいストーリーは検証されることなく拡散され続けました。

余談ですが、メンバーの多くは風変わりな健康法に熱心で、天然の塩は健康に良いからたくさん摂ったほうが良いと大量摂取を勧めたり、予防接種を拒否することを勧めたりと、ちょっとアレな情報が飛び交っていました。

種苗法改正で大変なことになるということを知らない人が多くて愕然、というグループ側の発言

このように、基本的な情報に関心の薄いグループでしたが、メンバーの多くは「知っている立場」から「知らない人」に向けて発言しており、「(種苗法改正で大変なことになると)知らない人が多くて愕然としました」という言葉をよく耳にしました。

「知らない人」の中には、本職の農業関係者も含まれています。

ちなみに、普通の農家は違法に増殖された海賊版のタネを使わないため、種苗法改正に危機感を抱く理由が基本的にはありません。

また、種苗法改正は本職の農家が多く参加し、何年もかけて話し合われてきました。

知らないからではなく、種苗法改正は問題ではないと判断して騒ぎに参加しないのです。

そうした実情を全く理解しようとせず、「みんなは知らないから、気づきのきっかけを与えよう!」と啓発する側に立とうとするメンバーの姿には共感できませんでした。

グループは次第に「長崎のタネを守るために条例を作ろう!」「県議会議員さんにも動いてもらおう!」と活動を加速させましたが、動かされる議員さんのことを思うといたたまれない気持ちになりました。

よく知らない事柄を調べもせず、警鐘を鳴らす行為はデマの拡散と同義

私は、種苗法改正に賛成でも反対でもどちらでも良いと思います。

ですが、自分たちはスマホでポチポチ記事を集めてなんとなく“真実”を知った気分になって、本職の人たちに「知っている立場」からものを言い、「あとのことは議員さんが働いてくれたらいいなあ」という活動は、あまりにもプロに対しての敬意を欠いたもので、他人任せだと思います。

また、種苗法に限りませんが、よく知らない事柄をろくに調べもせず、大変だ!危険だ!と“警鐘を鳴らす”行為はデマを拡散しているのとほとんど同じです。

どんな仕事にも、それに取り組んだ人たちがいます。

種苗法改正に取り組んだ人たちは「悪の大企業」や「無知な人たち」なのでしょうか?

農業の発展を願い、仕組みを確かなものにしようと知恵を出し合ったプロフェッショナルたちではないでしょうか?

「声を上げる」前に、自分たちの掲げる「まずは知ることから始めよう!」というスローガンは生かされなかったのでしょうか?

私は、知らないことを悪いことだとは思いません。

私自身も素人ですし、一般消費者が種苗法を詳しく知る必要もないと思っています。

ですが、グループでは「まずは知ることから始めよう!」に続き、「知らないことは罪!」という厳しい言葉をたびたび耳にしました。

彼らの容赦ない有罪判決は、いったい誰に下されたのでしょうか。

【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧

筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

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