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「悪役」の農薬がなくなれば、私たちの食生活は本当に健康的になるのか?【コラム】

コラム・マンガ

私たちの健康的な食生活とは、安全性が保証された食べものが十分に供給されていて比較的リーゾナブルな価格で手に入り、多様な食材・加工品の選択肢が用意されていることです。現在日本で流通する食べものは、安全性が保証されていますが、安心できない消費者があとを絶ちません。それは農薬に関する危険情報が主にインターネット上に溢れ、私たち消費者はそれに不安を感じているからです。また無農薬農産物やオーガニック製品が、「意識が高い人」や「こだわっている人」の代名詞になっており、無農薬やオーガニックが「上」、農薬を使った農産物が「下」という意識が植え付けられてしまっています。

最初に断っておきますが、有機農家や、オーガニック製品を選ぶ消費者を否定するつもりは全くありません。また化学物質や農薬を好きではない人に「農薬を好きになってください」と言うつもりもありませんし、「農薬などの化学物質は安全です!」と主張したいわけでもありません。農薬は化学物質です。農薬だけでなく、野菜や果物が本来持っている「天然の化学物質」を含めて化学物質は、「多量なら危険、少量なら安全」という「用量作用の関係」があります。

しかし農薬が適正基準で使用されている場合、つまり私たちの体に影響がない量を、影響が出ない方法で、農家が正しく使っている場合であっても、農薬は危険だと「悪役」になることが多々あります。「消費者のために農薬がなくなればいい」といった主張もよく耳にします。ではこの悪役がなくなれば、世の中に世界平和が訪れるのでしょうか? ここでは皆さんと一緒に、「農薬がないと、どのようなことが起こるの?」、「農薬のない世界は、本当に消費者のためになるの?」という視点で考えていきたいと思います。

日本では健康的な食生活を維持できる

私たちが生きていくには、食べものが必要です。日本人の食事摂取基準2020年版(厚生労働省)によると、日本人が1日に必要な推定エネルギー必要量(kcal/日)は、18〜29歳の一般的な運動量の男性で2650 kcal、女性で2,000 kcal、30〜49歳の一般的な運動量の男性では2,700 kcal、女性で2,050 kcalです。あらゆる食べもの=農作物がいつでも手に入る日本で暮らしている私たちにとって、この数字は健康的な食生活を維持するための基準とされています。

世界に目を向けてみましょう。2019年は、食事エネルギー摂取量が必要量に足りていない状態で生きている人々、いわゆる「飢え人口」は9人に1人以上でした。アフリカでは国民の35%以上が飢えている国もあります。この飢え人口は、「栄養不足人口」や「食料不足人口」とも呼ばれます。

2018年〜2019年の全世界における米の消費量は、4億9000万tで、生産量は同年で、4億9500万tです。小麦は消費量が人間の食用で6億200万t、家畜用1億4100万tの合わせて7億4300万tなのに対して、生産量は7億3400万tと、不足傾向にあります。農作物は、農家が時間とお金をかけて栽培するもので、すぐにできるものではありませんし、現在の供給量は、世界の状況からみても十分ではありません。

私たちの食生活は科学技術の進歩で成り立つ

では1人を食べさせるためには、どの程度の農地面積が必要なのでしょうか? 1960年には、約12億8000万haの農地で30億人を食べさせていました。つまり1人あたり0.43ha程度かそれ以上の圃場が必要でした。言い換えると、東京ドーム1個分の面積で10人が1年間食べていました。

現在は、技術の進歩で収穫量が上がり、約17億5000万haで75億人の人々を食べさせています。これは1人あたり約0.23 haで、1960年の約半分の面積です。つまり東京ドーム1個分で20人を1年間食べさせているわけですが、まだ飢えている人たちがいることも忘れてはいけません。。

今後、ゲノム編集などの技術をさらに活用すると、2100年には平均0.16 haで1人を食べさせることができるようになると見込まれています。東京ドーム1個分で30人です。

このように1人が食べていくために必要な農地の面積の減少には、農薬だけでなく、肥料、灌漑システム、新品種、栽培技術と育種技術など、幅広い科学技術の進歩が大きく貢献しています。

農薬のメリット

次に農薬について考えてみましょう。「農薬は悪い」「農薬は危険」というイメージを持っている方も多いと思いますが、私たちに悪い影響しか与えていないのでしょうか? メリットになることはないのでしょうか?

図1から分かるように、農薬の使用量は1960年から増加しています。同時に作物の生産性も上がっていることが分かります。とくに米、トウモロコシ、小麦など私たちのエネルギーとなり、必須の栄養素に関わる作物の収穫量が増えています。

図1:1960年〜2004年における、小麦、米、トウモロコシの単位面積当たりの世界平均収量の開発と同時期の農薬の販売数

グラフ1出典:Oerke, 2006, Crop losses to pests

先進国に暮らす私たちだけでなく、発展途上国に暮らす方々にとって、この収穫量の増加は大きな助けになりました。収穫量が上がったことで、消費者が穀物を買う価格が下がり、食料不安も減少しました。実際に1960年から1990年代半ばまでは、発展途上国における栄養不足の人口比率は減少し続けていました。しかし90年代半ば以降、農業部門への支援(科学技術や資材)が減ったことにより米と小麦の収穫量の伸びが大幅に鈍化した結果、飢え人口も栄養不足人口も逆戻りしてしまい、現在に至っています。

現代の科学技術を使って、収穫量を増やすことは、多くの人が食べていけるようにするという側面もあります。そのために農業技術や資材が日々研究、技術開発をされているということも消費者として覚えておく必要があります。

農薬を使用しない栽培は可能か?

ではもし、除草剤、殺菌剤、殺虫剤などの農薬や作物保護剤が禁止された場合、私たちは今までの食生活を維持することができるのでしょうか?

農産物の損失について研究をしているドイツ・ボン大学のOerke博士の研究では、農業分野における農作物の損失は、主に雑草や病原体、ウィルス、動物の害虫によるものだと説明しています。

Oerkeの定義:
「潜在的損失」農薬などを使用せず作物を保護しない場合の農産物損失の総量
「実際の損失」農薬もしくは代替手段が使用された場合の損失

世界的に「潜在的損失」と「実際の損失」は、作物や地域によって異なりますが、「実際の損失」は、米とジャガイモで約40%ですが、農薬などを使用せず作物保護を行わない場合の「潜在的損失」は80%に跳ね上がります。小麦に関しても、「実際の損失」は、30%なのに対し、「潜在的損失」は、55%です。つまり農薬なしで栽培すると、収穫量は大幅に減ってしまうのです。

図2を参照してもらうと、その差は明らです。さらに気候変動により今後、世界の平均損失は10〜25%増加すると予測されています。

図2:雑草、病原体、動物の害虫、ウィルスが「潜在的損失」と「実際の損失」に及ぼす影響(Oerke, 2006)

グラフ2

出典:Farming without plant protection products-Can we grow without using herbicides, fungicides and insecticides?/ European Parliamentary Research Service

Oerke博士のレポートでは、日本を含む東アジアでは、農薬を使わなかった場合、現在より49%もの損失増加が起こると想定されています。日本国内の状況に関しては、(社)日本植物防疫協会が1992年と2004〜2006年に試験を行い、水稲で20〜40%、大豆は30%程度収穫量が減り、葉菜類にも大きな被害が出ました。またリンゴやモモなど果樹にいたっては壊滅的な状態でした。

もちろん農薬や作物保護がなくても、栽培することはできます。しかし収穫量と販売量は大幅に減少し、農家の負担も増大します。当然、私たち消費者としては、供給量が減ってしまうため、農作物の価格上昇を覚悟しなければならないでしょう。

農家にとって除草剤の活用は現実的な選択

図2の農作物の損失を見ると、とくに雑草による農産物の損失が大きいことが分かります。そのため除草は農家にとって絶対に欠かせない作業です。除草では、機械や手作業で行う方法もありますが、除草剤の使用が一般的です。

アメリカの民間研究機関である全国食糧農業政策センター(NCFAP)によると、アメリカ国内の作付け面積の約85%で除草剤が使われています。そう聞くと、除草剤などの農薬を禁止して、手作業で草取りをすれば良いと考える方もいるかもしれません。でもよく考えてください。日本の各地域にある一般的な公園の面積は0.25ha程度ですが、農地は日本であっても平均3ha程度で、畑作をしている北海道は約28ha平均で、アメリカにいたっては100ha以上です。地域の公園の草むしりですら作業は大変ではありませんか? 公園よりずっと広い農地の除草で、そのための労働力と時間はどこから調達すれば良いのでしょうか?

またアメリカでは1940年代から1950年代初頭に、労働者が農村部から都市部に流出し、労働力不足に陥りました。同時期に農業経営者が労働者に支払う賃金は約4倍になりました。少ない人数かつ、低コストで除草をしなければならなくなったのです。この労働力不足と高コストは、現在日本でも起こっている現象です。少ない労働力で、省力化や低コスト化を図りながら、農業を続けていく努力をしている農家に対して、手間暇かけて手で除草をすれば良いとはとても言えません。手作業で除草ができる規模の小規模農家の存在も大切でしょうが、現実にその方々の収穫・販売量だけでは私たちを食べさせることはできないのです。また他の除草方法もありますが、例えば機械での除草は、現段階では雑草を制御できる期間と、機械の稼働時間や燃料の消費量、二酸化炭素の排出量を考えると、コスト面でも環境への負荷の面でも課題が残ります。防草シートやグランドカバープランツを使用する農家もいますが、その場合も除草剤と組み合わせて使うケースが一般的です。

農薬の使用禁止で10億人が飢える未来

「農薬の使用によるリスク」に関する主張を耳にしますが、「農薬の使用禁止によるリスク」についてはあまり語られていません。農薬を使用禁止にすることで、起こりうるリスクはないのでしょうか?

欧州議会調査サービスによる「Farming without plant protection products-Can we grow without using herbicides, fungicides and insecticides? (植物保護剤なしの農業―除草剤、殺菌剤、殺虫剤なしで栽培ができるのか?/2019年3月)」というレポートを元に考えてみましょう。

同レポートでは、農薬がなければ、収穫量は小麦で19%、ジャガイモで42%減少することが報告されています。つまり、もしも農薬がない未来では10億人が食べられなくなるという警告です。世界の人口は現在77億人で、2030年には85億人に達すると予測されています。その内の10億人が食べられなく未来を想定すると、決して他人事ではありません。

さらに農薬の使用が制限、禁止された場合、食料価格の上昇が予想されます。農作物の価格が上昇すると、エネルギー摂取のために、果物や野菜からではなく、より安価な高脂肪分や砂糖食品に切り替わる可能性があります。とくに低所得者層は、野菜や果物を購入できなくなります。私たちの健康的な食生活の維持における、野菜や果物の摂取不足というリスクと、適正に使用された場合の農薬のリスクを冷静に比べてみてはいかがでしょうか。

農薬を嫌いな人のためにも、選択の自由を守る

世界中の多くの人が食べていくためには、農薬は重要な存在だということが分かりました。つまり農薬がなくなったら平和が訪れるとは限りません。さらに農薬を使わないことによって生じる農産物の微生物汚染のリスクや、野菜や果物が食べられなくなるリスクなど、また違うリスクが顔をのぞかせています。そのため生きている限り、私たちが「リスクがゼロ」であり続けることは難しいです。

しかし農薬に関して考える時、農薬は化学物質であることを忘れてはいけません。すべての化学物質は「多量」に摂取すれば毒性があります。私たちの身近にある食塩(塩化ナトリウム)であっても、多量である200g を摂取したら死んでしまうと言われています。

そのため農薬や化学物質に対して、「どの量であれば安全か?」を調べて守る仕組みがあります。日本でも世界でも、農薬の安全性は、食品中の残留基準で守られています。残留基準とは、「一生の間、毎日食べても体に何の影響もない、極めて微量」の値です。この仕組みと考え方から分かるように、「科学的には」農薬の安全性に問題はありません。

しかし化学物質や農薬を、「感情的に」受け付けない人もいることも理解しましょう。私たちは生活する上で、「科学的事実に基づいた判断」が大切ではありますが、「感情的な判断」をないがしろにしてはいけません。そして皆が満足できる解決策が、「選択の自由」を守ることです。

例えば、嫌な人は食べなくて済むように表示があることを知っていますか? また化学物質が嫌いな人のために「有機農業推進法」という法律があり、農薬を使用しないことを基本とした農産物を購入することができます。農薬を使わない農作物を求める人のためにも、「選択の自由を確保」していくことが、これからの時代には必要です。

あなた自身が選択し、他の人の選択も認めましょう

インターネット上には農薬をはじめ、健康的な食生活に関する情報が氾濫しています。そこで大切なのは、わかりやすい情報に流されずあなた自身が選択していくことです。そして自分が嫌だという感情的な理由で、すべての禁止を主張するのではなく、他の人の選択も認めましょう。これが本当の意味で、「意識が高い人」や「こだわっている人」だと思います。

参考資料

European Parliamentary Research Service, Farming without plant protection products-Can we grow without using herbicides, fungicides and insecticides?(2019)
http://www.europarl.europa.eu/cmsdata/185760/EPRS_IDA(2019)634416_EN.pdf
Food and Agriculture Organizaion of the United Nations, 2019 the state of food security and nutrition in the world (2019)
National Center for Food & Agricultural Policy, Executive Summary the value of herbicides in US Crop Protection (2003).
http://www.ncfap.org/documents/ExecutiveSummary.pdf
OERKE E-C, Crop losses to pests, The Journal of Agricultural Science 144, 31 (2006)
Statista
https://www.statista.com/statistics/263977/world-grain-production-by-type/
厚生労働省.日本人の食事摂取基準2020年版(2020)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html
国土交通省 都市局 公園緑地・景観課.都市公園の種類
http://www.mlit.go.jp/crd/park/shisaku/p_toshi/syurui/
JAICAF. 世界の食料不安の現状. (2009)
http://www.fao.org/3/a-i0876o.pdf
農薬工業会
https://www.jcpa.or.jp/qa/a6_17.html

筆者

紀平真理子(maru communicate 代表)

編集担当

清水泰(有限会社ハッピー・ビジネス代表取締役 ライター)

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