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Vol.23 野菜農家が「それっぽい農業デマ」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】
中部地方の野菜農家SITO.です。世の中には「なんとなくそれっぽい話」が溢れています。とくに農と食の分野は、生産現場と消費者との認識のズレが大きいせいか、少しの不安と想像力が加わるだけで立派な「ストーリー」が出来上がってしまいます。全てが悪いわけではありませんが、大半は現実の仕組みや現場の合理性を無視した、かなり雑な理解の上に成り立っています。今回は最近の代表的なデマ(それっぽいストーリー)について、何がどうおかしいのかを現役農家目線で深掘りします。
「鳥インフルエンザで死んだ鶏が安く流通している!」
この手の話はその根本に「安い=怪しい・粗悪品である」という消費者の直感があると考えられます。それゆえ人は安いことには何か理由があるという前提で、ストーリーを組み立て始めがち。そこにニュースで見た「鳥インフルエンザ」という、鶏肉関連ではあるものの現実の鶏肉流通とは離れた事実を脳内で勝手に結び付け、死肉(しかも感染した)が流通しているという雑な発想の言説(デマ)が生まれるわけです。
鳥インフルエンザが発生した場合、対象農場では殺処分、移動制限、消毒などが徹底的に行われます。これは単なる努力目標ではなく、法律・制度・監視体制が一体となった強制力のある措置です。死んだ鶏を流通させるにはここで一部をこっそり持ち出す必要がありますが、現実的にはあり得ません。
対象農場からこっそり持ち出した鶏をどこの業者にどうやって運び、正規の加工・流通工程のどこで紛れ込ませるのでしょうか。また誰がいかにして検査をすり抜けるのか、その具体的な内容は一つも語られてはいません。加えて、このような「犯罪」を犯す場合、関係者の誰一人として内部告発しないのかも気になります。
実践にはかなり高度な組織的犯罪が必要で、そのリスクに対して得られる利益はそこまで大きくありません。もともと安く流通しているわけですから。組織犯罪を犯すにしては、あまりにもリスクとベネフィットのバランスが悪いのです。
こうした陰謀論は「もしかしたらできそう」という感覚だけで成立しますが、現実は「やったら誰かにバレるかもしれないし、バラされるかもしれないし、おまけに割に合わない」という合理的な思考で「あり得ない」とすぐに判断できるのです。むしろ社会として恐れるべきは「そんな危険なことが普通に行われているはずだ」と信じてしまう消費者認知の歪みではないでしょうか。
「スーパーの野菜はまがい物!」
「まがい物」とは便利でデマに都合の良い言葉です。具体性がないため、どんな不安でも自由に詰め込めます。見た目がきれいでも怪しい、安くても怪しい、均一でそろっていても怪しい。要するに「気に入らないから怪しい」という万能ワードです。
しかし実際のスーパーの野菜は、品種改良、選別、規格化、物流効率化といった、地味で手間のかかるプロセスの積み重ねによって成り立っています。涙ぐましい努力の結晶なのです。むしろ「ここまで揃えるのは大変だっただろうな」と労って欲しいくらいです。
ここでよくある消費者の誤解が、「自然=バラバラ」「均一=不自然」という思い込み(あるいは刷り込み)です。しかし農業とは、自然をある程度コントロールする技術を指します。完全放置の「自然そのまま」は食料の安定供給という観点ではほぼ役に立ちません。
もし「均一であること」がまがい物の証明だと言うなら、私たちが日常的に食べているコメやパン、卵などもすべて疑わなければ筋が通りません。そこまで徹底する覚悟があるなら話は別ですが、大抵はそこまで考えていないはずです。
スーパーの野菜をまがい物というそれっぽい言説は、説明を放棄したまま効率良く不安だけを拡散しようとする質の悪い農業デマです。
「JAは農薬の使用を強制し、従わない農家からは買取らない!」
これは「大きな組織は裏で悪いことをしているに違いない」という、古典的な物語の農業版です。そのうえ「農薬を使用しない農家を大きな悪の組織と闘うヒーロー」にすることも可能です。ただし、この話には致命的な欠点があります。農業経営の現実とまったく噛み合っていないのです。
農薬は、収量を守るため、品質を安定させるため、労力を削減するために使われます。つまり農家にとっては命令されて仕方なく使うものではなく、使わないと困るから使うものです。逆に言えば、農薬なしで同じ水準の収量や品質が確保できるのであれば、誰に言われなくてもそちらを選びます。農家は思想ではなく収支で動く職業です。昨今の農薬は非常に高価で、おいそれと無駄遣いできるものではないのです。
また、JAが農産物を扱う際の基準は、品質・規格・安全性などです。「農薬を使ったかどうか」だけで機械的に排除するような仕組みは、ビジネスとしても合理性がありません。そんなことをしていたら、むしろ自分たちの取扱量を減らすだけで自分たちの首を絞めることになります。
このそれっぽいデマの本質は「複雑な現実を陰謀で説明すると気持ちいい」という点にあります。しかし農業の現場は、陰謀よりもはるかに単純で、そして厳しい。要するに「儲かるかどうか」に尽きるのです。
慣行農家は自然農の危険なイメージを利用して商売している!
このそれっぽい話は対立構造がはっきりしているため、物語として非常にわかりやすいのです。悪役と被害者が揃っているので、感情移入もしやすいのでしょう。ただし、現実はそこまでドラマチックではありません。
日本の農作物生産を支えている慣行農家が日々考えているのは、「今年の収量はどうか」「資材費の高騰にどう対応するか」といった、極めて現実的な問題です。他の農法のイメージ戦略をどうこうする余裕があるなら、まず自分の畑をどうにかします。また、実際の農業は「慣行」「有機」「自然農」といったきれいな区分で分かれているわけではなく、技術や考え方は相互に影響し合っています。土壌管理や生態系に関する知見は、慣行農業にも当然取り入れられていますし、その逆もしかりです。
「誰かが誰かを貶めている」というストーリーは単純でエンターテインメント的には魅力的かもしれませんが、現場にいる人たちはそんな劇を上演している暇はありません。ほとんどの農業は、思想の戦いなどではなく試行錯誤の積み重ねに注力しています。
「リンの輸入が止まれば日本は砂漠になる!」
これは今回の中では比較的“それっぽさ”のレベルが高いデマです。リンは重要な肥料成分であり、日本が輸入に依存していることは事実です。問題は、その先の飛躍です。「輸入が止まる→即砂漠化」というのは、さすがに展開が急すぎます。
農地は、肥料が一度止まっただけで突然砂になるような繊細な存在ではありません。土壌には蓄積があり、有機物の循環もあります。さらに現実には、家畜糞尿、食品残渣、下水由来のリン回収など、ある程度の代替・補完手段も存在しています。もちろん輸入が止まれば影響は大きく、生産性は低下します。しかしそれは「即終了」ではなく「じわじわ効いてくる問題」です。
この手のデマは、「重要なもの=失うと即破滅」という極端な図式に依存しています。しかし現実の農業は、単一要因で一気に崩壊するほど単純ではありません。むしろ驚くほどしぶとく、代替手段を探しながら持ちこたえる性質があると考えます。
【結論】農業デマは“雑な単純化”でできている
いかがでしたでしょうか。ここまで見てきたように、農業に関するデマの多くは複雑な仕組みを意図的に単純化し、それを消費者の不安という感情にダイレクトに接続させ、陰謀や対立の物語に仕立てることで成立しています。
しかも厄介なことに、完全な嘘ではなく「一部の事実+大きな飛躍」で構成されているため、妙に説得力が出てしまいます。しかし繰り返し強調しますが、農業は消費者のみなさんが思っている以上に現実的で制約が多く、地味な積み重ねで成り立っています。
陰謀が入り込む余地はゼロではありませんが、少なくとも「ドラマとして成立するほど単純」ではありません。農業への無理解に端を発した、面倒な現実よりもわかりやすい物語を信じたくなる人間の性質こそがデマを生み育てる最も肥沃な土壌なのかもしれません。
筆者SITO.(露地野菜農家) |



