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学校給食を有機に!というトンデモ(前編):11杯目【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】

コラム・マンガ

渕上さんの元に届いた1通のWEBチラシ。その内容は「長崎県の学校給食を有機に!」という署名を求めるものでした。有機野菜を通じて子供たちが生産現場を学ぶきっかけになる分には悪くないでしょう。ところが、中身を追っていくと驚きのトンデモが現れてきました。このことで最終的に県庁にまで足を運んだ渕上さんの顛末です。


県の学校給食を有機に!
「有機は慣行と違って安全だから」

私の元に「長崎県の学校給食を有機に!」という署名を求めるWEBチラシが回ってきました。

うんうん、有機野菜、いいですよね。

子供たちが生産の現場を学ぶ良いきっかけになるかもしれませんね。

と、思って中身を見てみると……

「農薬! 除草剤! 子供が体調不良になる原因って?」「アトピー・肌荒れ・アレルギー・発達障害・落ち着きがない子・キレやすい子・ぜんそく・イライラ・風邪を引きやすい、その原因、食べ物にあるかも?」「日本は農薬使用量が多く、発がん性や脳への影響が明らかになっている」って、おいおい、これ完全にトンデモじゃないですか。

よくまあこんなに恐ろしい病名を並べたものですが、「身体の不調、もしかして○○が原因かも⁉」って霊感商法のやり方ですよ。いや、有機野菜を給食に出すのは反対しませんよ(費用や安定供給などの課題は一旦置いておく)。

でも「有機栽培は慣行栽培と違って安全だから」は間違いですし、問題なんです。

有機栽培と慣行栽培は安全性で優劣をつけられるものではありません。

もちろん、上で挙げたような数々の病気や疾患とは無関係です。

学校教育の現場でこれをされると子供たちが「慣行栽培はなんだか危ない感じがして怖いな」という印象を持ち、無用な偏見を刷り込んでしまいます。

「有機栽培は学校給食にふさわしいが、慣行栽培は違う」という分断につながるかもしれません。

また、地元長崎の農業の風評被害にもつながりかねません。

長崎県には農業に携わる人たちがたくさんいます。

農家のみならず、JAや自治体の担当者、流通業者や関連会社など、本当にたくさんの人たちが食の安全を守り農業を支えているのです。

それなのに、根拠なく「発がん性や脳への影響がある」と言われてしまうと彼らの献身が台無しになってしまうのです。

もう片方で、誤った触れ込みで慣行栽培との優位性を示すやり方は、有機栽培の普及にも寄与しません。

現に最近では有機農業に携わる人たちですらも「有機だから安全!」というフレーズを避けています。

一方を応援するときにもう一方を貶めるやり方は結局どちらの利益にもならないのです。

不安を煽るやり方は自己責任論にも直結

食べ物の不安を煽るやり方は、発達障害やアレルギーなどを持つ子の親たちにとって「私が与えた野菜が原因かもしれない」という自己責任論にも直結します。

私にも子供がいますが、何か変わったことがあったときはつい「自分の与えた食べ物のせいかも?」と思ってしまうことがあります。

頭では関係ないと解っていても、不安を煽られると心のどこかに引っかかってしまうのです。

これでは親たちを傷つけるだけでなく、発達障害やアレルギーなどを持つ子供たちへの誤解につながりかねません。

一見良さそうなイメージをまとった活動ですが、やっていることはイジメに近いのです。

ですので、「健康を願う純粋な気持ちで始めた運動なんだから(内容が多少間違っていても)いいじゃないか」と大目に見る話ではないと思うのです。

署名活動の主催者に連絡するも……

とはいえ、活動を始めた人たちはせっかく農産物に興味を持ったわけですから、私は抗議するよりも協力した方がきっと良い結果になるはず!と思って署名活動の主催者にメッセージを送ってみました。

「有機栽培を応援したい気持ちはわかります。せっかくなので、慣行栽培を貶めないやり方を一緒に探しませんか? 私にも活動を手伝わせてください」と。

ところが回答は「慣行栽培を否定はしません」「署名を集める手伝いをしてもらえると助かります」というものでした。

いやいや、あれだけ散々不安を煽っておきながら「否定はしません」と付け加えたからセーフ!とはならないでしょ。

埒が明かず、署名提出先へ足を運んで問題解決

というわけで、署名の提出先に連絡を入れました。

「近々提出される学校給食に関する署名、内容には気を付けた方がいいですよ」と。

すると、「県庁に来て詳しく聞かせてくれませんか?」との答えをもらいました。

私はすぐさま長崎県庁に赴き、部屋に通されました。

部屋で待っていたのは県政に携わる人たちで、普段接する機会のない人たちでしたが、私の話にしっかり耳を傾けてくれました。

「食の安全の世界で科学的根拠よりもイメージや思想が優先されたとき、どのような結果を招くのか」「長崎の農業は活動家のネタとして消費されるべきものなのか」「根拠ないトンデモが長崎の農業に与える影響」などを話し合い、今後も意見を聞いてもらえることになりました。

その日は、トンデモハンターとして初めて県に意見を述べた日になったのです。

その後しばらくして県庁に確認したところ、長崎県議会は署名を受け取らなかったことがわかりました(市民団体は予定を変更して県教育委員会に提出したそうです)。

こうして、「長崎の学校給食を有機に!」という署名活動はひとまずの区切りを迎えたのでした。

“よく知らないものを印象だけで怖がり、排除しようとする悲劇”。

私たちは長い歴史の中で多くの犠牲を払いながらもそれを克服し、認め合う世界を作ろうとしています。

農業の世界でも同じことができるのではないでしょうか。

【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧

筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

 

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