会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています

最終回 「日本の食が危ない!」は正しいのか?『まとめの感想』【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】

特集

国民は専門家のウソを見抜けない。農業の従事者でも複雑な農業政策についてほとんど知らない。日本の農業保護が少ないなど、直感や常識からすれば間違いだとわかるはずなのに、農業経済学者の中にも信じている人がいるのだ。

これまで、鈴木氏は誤った主張を繰り返してきた。私が不思議なのは、農業経済学界の中に、これを正そうとする人がいないことだ。そんなことをしても、学者としての業績にプラスにならないと思っているのだろうか? 学界の中で論争が起きると、農業村の一員としての団結に亀裂が生じるとでも思っているのだろうか? 私は、若手には前者の、指導的な立場にある人には後者の認識があるように思う。農業経済学界の門外漢である私が、その役割を果たさなければならないのは、おかしな話だ。

より深刻だと思うのは、誤ったことを教えられる東大農学部の学生たちについてだ。彼らは、教授の言っていることを正しいと思うだろう。彼らが農業界の指導者になれば、間違った知識や主張が拡散してしまう。農業経済学界のリーダーの地位にある人たちは、社会に対する責任を自覚すべきだ。

鈴木氏とだぶるのは、戦前“小農主義”を唱えた東京帝国大学教授の横井時敬だ。小農を維持すべきだとする彼の“小農主義”は、貧しい小農を擁護するものではなく、それを圧迫していた地主階級擁護の主張だった。小作人が多く、その耕作規模が小さいほど、農地当たり多くの労働が投下されることになり、単収(土地生産性)は向上し、収量の半分に当たる地主の米納小作料収入が増加する。小作人を減少させたくない横井は、農民が農村から都市に行かないよう、高い教育を受けさせてはならないと主張した。これには、農業収入を少なくして兼業に依存せざるを得なくさせ、大資本へ安価な労働を提供するという意図も隠されていた。逆に小作人からすれば、小作人が多いほど一人当たり耕作面積が少なくなり、収入は減少する。

耕作農民の立場に立つ柳田國男は地主制と対峙した。農家を貧困から救うためには、他産業への移動などで農家戸数を減少させて農家当たりの耕地面積を拡大するしかない。柳田は、小農が家族のいる農村から離れて都市や海外に出ていくのは、土地が狭くて農業では生活できないからであり、彼らを節操がないと批判するのは極めて思いやりのない人だと、農学界の大御所横井を痛烈に批判した。

戦後、小農主義は地主階級に代わって台頭したJA農協という農業勢力と結びついた。柳田の後継者は少ないが、横井時敬の後継者は多い。

ある農業経済学の泰斗は亡くなる前、私に「日本農業をダメにしたのは農業経済学者だ。山下さん、何とかしてほしい。」と繰り返し言っていた。農業経済学界の現状を憂いたのだろう。

柳田國男や東畑精一など、農業経済学が輝いていた時代の人たちは、農業だけの狭い利益を考えていたのではなかった。「経世済民」は常に彼らの念頭にあったことだった。農産物価格を上げて農家所得を増加することは、国民消費者に負担をかけるので、最もやってはいけない政策だとされた。一部一階級の利益を追求することは、柳田國男が最も忌み嫌ったことだった。

減反がやってはいけない政策だということは、経済学を少し勉強すればわかるのに、減反廃止を唱える農業経済学者はいない。日本の農業経済学者は経済学を勉強していないようだ。

農業経済学者に農政トライアングルの奉仕者とならないことを請いたい。もう一度、柳田や東畑のような農業経済学者を見たいものだ。そうでなければ、日本の農業経済学は、その泰斗が心配したように、ただ消えゆくのみ”just fade away ”だ。

 

参考文献

伊藤淳史 『PL480タイトルⅡをめぐる日米交渉』農業経済研究第92巻第2号、2020年
日本農業研究所編纂『農林水産省百年史』下、1981年
柳田國男『中農養成策』柳田國男全集第29巻ちくま文庫所収、1904年
山下一仁『詳解WTOと農政改革』食料・農業政策研究センター、2000年
山下一仁『食の安全と貿易WTO・SPS協定の法と経済分析』日本評論社、2008年
山下一仁『いま蘇る柳田國男の農政改革』新潮選書、2018年
山下一仁『国民のための「食と農」の授業 ファクツとロジックで考える』日本経済新聞出版、2022年
山下一仁『日本が飢える! 世界食料危機の真実』幻冬舎新書、2022年
OECD “Agricultural Policies in OECD Countries : A Positive Reform Agenda ”, 2002

【第1回はこちら

 

【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧

筆者

山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

続きはこちらからも読めます

※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載

  会員を募集しています 会員を募集しています

関連記事

検索

Facebook

ランキング(月間)

  1. 1

    第50回 有機農業と排外主義①【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

  2. 2

    日本の農薬使用に関して言われていることの嘘 – 本当に日本の農産物が農薬まみれか徹底検証する

  3. 3

    【特別セミナー】グリホサート評価を巡るIARC(国連・国際がん研究機関)の不正問題  ~ジャンク研究と科学的誤報への対処法~

  4. 4

    【誤り】検証内容「豚のへその緒に(ラウンドアップの主成分グリホサートが)蓄積するということは、人間にも起こりうることを意味する。もし妊娠している女性が摂取すれば、へその緒を介して胎児にも深刻な影響を与えかねない」山田正彦氏(元農水大臣)

  5. 5

    VOL.22 マルチ食品の「ミネラル豚汁」が被災地にやって来た!【不思議食品・観察記】

提携サイト

くらしとバイオプラザ21
食の安全と安心を科学する会
FSIN

TOP
CLOSE