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Vol.17 元ポケマル運営会社社員が「産直ECの意義と課題」を語る 後編【農家の本音 ○○(問題)を語る番外編】
前回に引き続き、後編の今回も番外編として元産直EC会社社員の岸本華果氏が登場し、産直ECの課題と食品流通のこれからについて語ります。学生時代に「ポケットマルシェ」を運営する株式会社雨風太陽のインターンを務め、2022年4月に新卒入社した岸本氏。彼女は産直ECのこれからをどう捉えているのでしょうか。
物流がネックで生鮮食品販売の危機?
課題の一つ目は物流問題です。「物流の2024年問題」と言われるように、2024年4月よりトラックドライバーの労働規制が強化され、これまで通りにモノが運べなくなる可能性が懸念されています。不足する輸送能力の割合は、2024年には14.2%、2030年には34.1%にも及ぶと試算されており*1、配達日数の長期化や運賃値上げなどの可能性があります。実際、ヤマト運輸では2023年6月から一部のエリアで配達日数が伸び*2、2024年4月からはヤマト運輸・佐川急便ともに運賃が値上げされました*3*4。なお、運賃値上げについては、燃料費高騰も理由の一つです。
産直ECは主に首都圏の消費者が利用しているため、北海道や九州など首都圏から離れた生産地ほど影響を受けやすくなります。特に生鮮食品の場合は配達日数が1日伸びただけでも影響は大きく、鮮度の良さを売りにすることや、販売自体が難しくなることも考えられます。送料自体は消費者負担ですが、商品価格に比べて送料が割高になり、それでも購入したい商品や関係性でないと、売れなくなることも考えられます。
市場流通の場合はJAグループが物流を持っているため、中継地点の設置やパレット化による荷役の改善など、2024年問題を見据えた環境整備が進められています*5。一方で、産直ECの場合は宅急便を利用しているため、産直EC運営会社としては積極的な対策はできず、上記のような運送会社の決定に左右されてしまう状況にあります。
環境への取り組みは必須
二つ目は環境問題です。産直ECは生産者から消費者へ個別に配送するため、温室効果ガス排出などの輸送に伴う環境負荷が大きくなりやすいです。しかも、段ボールや包装、緩衝材、保冷剤などの梱包資材も個別に必要となるため、その生産・廃棄に伴う環境負荷も生じます。環境負荷の大きさは、商品や量、輸送距離にも依りますし、市場流通の場合の販売先の店の照明や冷暖房などの設備、売れ残りやロスの廃棄、消費者が小売店まで買いに来る交通手段など、何をどこまで考慮するかでも変わってきます。そのため、市場流通等との比較は一概にはできませんが、地産地消は環境負荷低減に効果があると言えそうです。
<参考:農水産物の流通に伴う環境負荷を分析した研究一例>
・地産地消を担う農作物直売所におけるCO2排出量の表示とその効果分析
・生協店舗および流通過程におけるCO2排出量試算
・消費者の商品購入方法の変化に伴うCO2排出量削減効果
温室効果ガスによる気候変動は、高温障害・感想、海水温上昇による稚貝や養殖魚の大量死など、生産現場にもすでに深刻な影響を与え始めています。気候変動対の視点を織り込んだ経営(脱炭素経営)は企業の社会的責任となりつつありますが、今後は産直EC運営会社についてもそうした経営・取り組みが求められると思います。
事業多角化を図る産直EC今後のカギは地域か
ここまで、産直ECの意義を「売り方の幅が広がった」「消費者の生の声がダイレクトに届く」「消費者の食体験が豊かに」、課題を「物流問題」「環境問題」と整理してきました。今後、産直EC・農水産物の流通はどうなっていくのでしょうか。
個人的には、現在のように市場流通などの大規模流通と産直ECなどの小規模流通が併存する状態が続くだろうと考えます。ただ、産直ECのサービスが今後も同様に在り続けるとは限らないと思います。ポケットマルシェを運営する雨風太陽は1.82億円(2023年12月期)の赤字*6、食べチョクを運営するビビッドガーデンは6.65億円(2022年10月期)の赤字*7と公表されています。産直EC拡大の背景となった新型コロナは落ち着いてきており、農林水産省や地方自治体からの新型コロナ関連の補助金も減少またはなくなっています。今後は前述のように物流等の外部要因で販売が伸び悩むことも考えられます。
とはいえ、2社とも想いがあって始めたサービスなので、状況が厳しいからといって撤退するのではなく、持続するようにミッション・ビジョンも踏まえて試行錯誤していくのではないかと思います。実際、両社とも地方自治体や企業との連携事業を盛んに行っていますし、雨風太陽については2022年から旅行事業も新たに展開しています。
また、産直ECはこれまで主に都市(首都圏)の消費者と地方(首都圏以外)の生産者をつなぐ役割を果たしてきましたが、物流・環境問題の根本的なところを踏まえると、今後は地方都市と地方農村をつなぐ地域流通や地域自給・循環の仕組みが重要になってくると考えます。個別に長距離輸送となるとどうしても物流や環境に負荷がかかってしまうので、できるだけ共同で近距離でという方向性です。実際、地域の共同配送システム「やさいバス」など、すでにそうした仕組みが各地で生まれています。
*1 公益社団法人全日本トラック協会
*2 ヤマトホールディングス株式会社
*3 ヤマト運輸株式会社
*4 佐川急便株式会社
*5 JA全農ウィークリー
*6 株式会社雨風太陽
*7 官報ブログ
筆者岸本 華果(元産直EC運営会社社員) 1996年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。 |