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第22回「どっちもどっち論」をこえてゆけ【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

国のみどり戦略と東京の農業とを絡めたトークイベントに組織の立場で登壇した間宮さん。継続的な催しの延長線上だったこともあり、参加者を含め、高い熱量で盛り上がったといいます。そうしたなか、なんらかの現象(意見)があったとき、それを現象と特定個人の意見とに切り分けて整理することが、人を憎まずに争いだけを鎮めるうえで重要だと認識するのでした。

東京をオーガニックシティに?

「みどりの食料システム戦略と東京農業」をテーマに開かれたトークイベントに登壇したのだが、感慨深い時間になった。
これは6月15日開催の『TOKYOをオーガニックシティに?/みどりの食料システム戦略、はじめの一歩』というもので、今回は個人名義ではなく、「次代の農と食をつくる会」事務局長として登壇した。
様々な方の尽力で実現した企画ではあるが、最初に呼びかけたのは、会場「東京農村」オーナーで農家の中村克之さんだった。

実は、本連載にも第9回「『地元産か有機か』のジレンマ」ですでに登場している。

当時、僕が店長を務めていたオーガニックカフェ「カフェスロー」で、地場産の慣行農産物を扱うきっかけを与えてくれた農業者こそ、中村さんだった。
なぜか実名を伏せて書いてしまったが、深い意味はない。

勉強熱心で行動力のある中村さんはそれ以来、有機農業にも高い関心を持つようになり、カフェを離れた僕のことも何かと気にかけてくださった。

そんな経緯もあり、中村さんとは幾度となく、「有機だの慣行だのという垣根をのりこえて集い、農業全体で環境負荷を引き下げ、持続可能性を高めるにはどうしていけばいいのか、議論する場をつくっていきたい」と夢を語り合ってきた(ような気がする。大体お酒の席だったので、少し記憶が怪しい)。

それがまさしく実現した、というか、中村さんと東京農村の皆さんにほとんど丸ごと叶えていただいたのが、今回のイベントだ。
口だけでモタモタと何も動かない僕は、その勢いに引っ張られただけだった。

僕だけではなく、メインで登壇した「次代の農と食をつくる会」代表の有機農家・千葉康伸さんも、有機農業の優位性を過剰に主張したり、農法を分けて貶めるようなことは一切なく、「同じ農業」という目線で参加者に語りかけ、「一緒に考えよう」という会場との一体感を見事につくりあげた。

もちろん一回限りの短いイベントだけで議論が深まるまでには至らないものの、ディスカッションから懇親会に至るまで熱量の高い場になった。
その背景には、これまで東京農村で「都市農業を語り合う場」として「東京農サロン」が毎月企画され続けてきた実績がある。
そうして育ってきた主催者への信頼感や安心感、それに参加者の層の厚さがあってこそのレスポンスだったと思う。

数値目標に踊らされる前に

後半、参加者からの問いかけで「みどり戦略では2030年以降、急激な上昇カーブを描いて有機農業の耕作面積が広がるビジョンが示されている。【81ページ参照】このような変革が実現するためには社会の個々人にどのような行動変容が求められるのか」というものがあった。

急上昇カーブ自体への突っ込みはひとまず横に置いて、このように答えた。

「私たちが生き延びるために、今できる最善手によって社会全体の環境負荷をおさえていくことがまず必要で、有機を増やす、農薬を減らすというのは数ある手段の一部でしかない。

みどり戦略もその数値目標も、国の指針である以上はそれなりのインパクトがあり、議題設定効果は高いが、正解を教えてくれるものではない。

そもそもどんな社会を望むのか、そのグランドデザインは私たち自身の手でつくらなければいけないし、それは日々少しずつでも足元の実践から始めていける。

たとえば消費者との距離が近い都市農業は、有機農業が当初描いていた理想(生産と消費がともに支え高め合う関係づくり)を先取りできる可能性を持っている。
その可能性を農法の壁で隔ててしまうことは無意味。

人の多い東京でこそ今日のような場を持ち、当事者同士で相互理解を深め、農業や食への解像度を高めていくことが、結局は近道ではないか」

本当はもっとだらだらモゴモゴ話した気がするが、恐縮ながら記事化にあたりちょっと整理した。

「コップの中の嵐」を見下ろす人たち

かたやSNSを見れば、今も日々様々に「怒り」が飛び交っている。
久松達央さんの記事『有機農業vs慣行農業の不毛な痴話喧嘩』を前回も引用したが、そこで久松さんはSNS上の「有機vs慣行」の論争を「小さなコップの中の嵐」に例えることで俯瞰的な視点を提供し、その上で「自身の嫌な体験をその対象全般に広げて偏見の目で見るのでは、それこそ偏見で他者を批判している相手と変わりなくなってしまいます」と冷静に諭している。

有機の生産者である久松さんからこのような声が上がることには大きな意味がある。
だがなぜかそのあと、農業者ではない方々が記事に同調する格好で「そうそう。あれって、どっちもどっちだよね」という感じの意見を表明するのを、幾度か目にした。
それが魚の小骨のようにひっかかってなかなか忘れられないので、書いてみる。

たとえば、2022年5月18日の高橋博之氏のツイート。
「有機農業と慣行農業の不毛な言い争いは、国政における与野党の足の引っ張り合いに似ている。内ゲバしてる間に、有権者や消費者からそっぽを向かれてしまった。エネルギーぶつける相手間違えてませんかーって言いたくなる。コップの中じゃなく、外に向けた方がいいですよ。」

https://twitter.com/hirobou0731/status/1526895185741123584

不毛な言い争いが無益なのは確かだが、久松さんは単に高所から「どっちもどっち論」を展開したわけではない。
むしろ、「SNS上の嘘を侮って放置していいということは全くありません。デマを流す人も、それに騙されて拡散する人も容認されるべきではない」と書き添えている。

デマによって貶められているのは、農法や大小を問わず、常に農業者の尊厳そのものだ。
当事者が怒りを表明する権利はある。
だが一方で「不毛さ」を回避するためには、SNSという土俵の性質を理解し、踏まえる必要がある。
SNSで発言しているつもりで「SNSに言わされて」いないか、自己点検していこうという話だと理解している。

足を踏まれて痛いと声を上げた人を見おろして、「ほらまた怒った。どっちもどっちだよ」と冷笑するような仕草は、べつに何も解決しない。

それを、真(まこと)の名で呼ぶならば

状況を正しく看破できる隻眼をお持ちの方にお願いしたいのは、冷笑的態度の表明ではなく、解決のための正確な分析だ。
今起きている現象を整理し、適切な名前を与えること。
不毛というならば、精神論ではなくどう脱するのか提案してほしい。

『災害ユートピア』『説教したがる男たち』などの著書で知られるアメリカの作家、レベッカ・ソルニットの近著『それを、真(まこと)の名で呼ぶならば 危機の時代と言葉の力』は、時事問題を取り上げたエッセイ集の形をとっているが、書名の通り「名付け」がテーマとなっている。

――ものごとに名前をつけるのは、解放(リヴェレーション)の過程の第一歩だ。(グリム童話に登場する小人の)ルンペルシュティルツヒェンは、自分の真の名を当てられて激昂し、自分を引き裂いてしまう。そのおかげでヒロインは小人の脅迫から自由になる。(中略)真の名前をつけることは、どんな蛮行や腐敗があるのか―または、何が重要で可能であるのか―を、さらけ出すことである。そして、ストーリーや名前を変え、新しい名前や言葉やフレーズを考案して普及させることは、世界を変える作業の鍵となる。(まえがきより)

名付けることには、現象と特定個人を切り分ける力がある、と思う。
的確な名付けをおこなうことで、複雑に絡み合った問題同士を切り分け、視界を明るくひらき、人を憎まず「争い」だけを鎮めることはできるだろうか。

僕ひとりにはとてもそんな力はないので、今は地道に汗をかき、ささやかな発信を続け、仲間たちと対話の場をつくり重ねていくのみだ。

参考

東京農村(東京農サロンの今後の開催情報もこちらから)
国分寺中村農園
次代の農と食をつくる会

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

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