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農業に関するデマで打線組んでみた!〈パート31〉 種苗法(前編)【ナス農家の直言】
2021年の種苗法改正の際に、種苗や農業に関するお粗末なデマがたくさん流れました。
少しでも種苗法や農業について知ってほしい!
ということで今回は、
「農業に関するデマで打線組んでみた!〈種苗法編〉」
をテーマに、農家の私が種苗法に関しての誤解を紹介していきます。
1.(中)種子法を廃止するな!
まず種苗法と混同しがちなのが、名前が似ているけど別物の、種子法です。
1952年5月に制定された種子法は、戦後の食糧不足解決のためにできた法律で、この時代の主食であった米・麦・大豆などを安定生産することを目的としていました。
具体的には種子法は、農作物の原種(種子の親種)や原原種(原種の親種)などの生産を全ての都道府県に義務付けていて、その結果、各都道府県では高品質なブランド米の開発・提供が積極的に行われてきました。
しかし法制定から60年以上経過した現代では、米の供給不足も解消されて、種子の生産技術や品質も向上しました。
加えてコシヒカリのような高ブランド米以外にも、中食や外食向けの低コスト品種や多収量品種の需要が高まってきました。
多様化する作物生産の需要への対応が、求められるようになってきたのです。
そこで都道府県のみならず民間の種子生産事業者への参入も促し、多様なニーズに応じた種子の供給体制を構築するために、種子法は2018年4月に廃止されたのです。
国や都道府県に加えて民間企業の努力や連携が加われば、品種改良はさらに進展していくのは想像できますよね。
2.(二)種子法を廃止したら種子が安定生産できなくなる!
多様な種子生産のニーズに応えるために廃止された種子法ですが、
「種苗法を改正するだけで、種子法を廃止する必要はなかった!」
「種子法が廃止されて種子が安定生産できなくなり、日本は食糧危機になる!」
との批判がありますが、これに対してはちゃんと反論があります。
主要農作物については種子法廃止後に、一部の都道府県において地域の状況に応じた種子の増殖に係る独自性のある条例が制定されているのです。
例えば主要農作物種子法で定められていた稲・麦類・大豆以外の品目の種子についても増殖の対象とする条例もできました。
多様化するニーズに対してどのような措置が必要かを、それぞれの自治体が判断して講じられているのです。
品種開発が活性化されれば、品種選択の幅が広がることになるので、農家にとってもプラスなのです。
3.(三)種苗法って何だ!
今回のテーマである種苗法を簡単に説明すると、「種子生産の著作権」のようなものです。
農産物の品種改良をした人の努力に報いるため、農作物の品種を育成者(特定の農作物を開発した人)の許可なく栽培や増殖させない目的があります。
農林水産省に品種登録を出願し承認された場合、育成者権を得ることができ、品種登録された農作物の栽培・増殖をする権利を専有できます。
音楽の「海賊版コピー」が製作者の許可なく出回ると損害が出るように、長い年月と多額のコストを費やして開発した優良品種が海外流出してしまうと、日本の農業市場の健全な発展に損害が生じるのは容易に想像できますよね。
4.(一)品種流出の被害なんて大したことない!
日本の優良品種が海外で無断で栽培されることによる被害は、大したことないなんて言える額ではありません!
最たる例が、シャインマスカットの苗木の、韓国や中国への流出です!
韓国や中国で生産されたシャインマスカットは、名前を変えて第三国で販売され、日本のブドウの海外市場獲得のチャンスを奪っています。
イチゴも韓国に無断で栽培されて、現在では韓国の9割のイチゴは日本の品種を改良して作られてしまったものだとされています。
シャインマスカットの被害額は推定で100億円以上、イチゴの被害額は推定で220億円以上!
取り返しがつかない被害額……。
このような育成者権の侵害を立証するには、品種登録した時点の種苗と比較して栽培をする必要があるなど、育成者権の効力が発揮されづらい事態も生じていました。
育成者権の効力が発揮されないと、国内の品種開発の促進や新品種の保護の妨げになります。
育成者権の効力が適切に発揮され、海外流出を防ぐためにも、種苗法の改正が実施されたのです。
5.(左)種苗法改正で、家庭菜園でも逮捕される!
2021年4月から種苗法が改正されたことにより、登録品種を自家増殖する場合、育成者権を持つ人の許諾が必要となりました。
新品種が海外に持ち出されないようにする手段として、品種登録をした者(育成権者)の許諾を必要としたのですが……
「自家増殖の制限」という言葉だけを切り取って、一部の活動家はネガティブキャンペーンを始めました。
それが、
「家庭菜園だとしても、全ての品種は種取りや自家増殖したら逮捕される!」
というものです。
いやいや、一般品種であれば種取り自由ですよ?
それに登録品種であっても許諾性なので、許可を取れば種取り可能なものもあります。
さらに言えば、育成者権を持つ人が増殖の許諾を求めないことを公表している登録品種は、許諾の手続きを実施せずに増殖してもいいのです。
「意図せずに種が落ちて野菜が増殖しても逮捕される!」
という被害妄想を膨らませている方もいますが……
勝手に登録品種の種が落ちて芽吹いたのなら、売らずに家で食べればいいだけです。
登録品種の野菜は販売せずに自家消費される分には制限はありませんし、しようがないでしょう。
この「全ての品種は増殖禁止になる!」というようなデマを、某有名議員や現職議員が流しているのだから、タチが悪いですね。
6.(右)種苗法に違反したら、罰金や逮捕もある!
種苗法に違反したら、逮捕される可能性があるのは本当のことです。
登録品種を許可なく増殖して販売した場合には、侵害の罪として、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金になることもあります。
〈農水省のHPより抜粋〉
ネットで調べてみると、つや姫を許可なく増殖させて販売した人が逮捕起訴されて、地方裁判所により懲役1年6月、執行猶予3年、罰金50万円の有罪判決を受けたというケースがあるようです。
SNSやフリマサイトでも、紅はるかの苗を許可を取ったのか取ってないのか分かりませんが、明らかに農業関係者以外の素人が売っているようなケースも散見されますね。
以前サツマイモの登録品種「紅はるか」をフリマサイトで販売していた方は、種苗法違反ではないかという農家の指摘に対して、
「ビジネスの邪魔をするな! 農家は既得権益をむさぼっている!」
などと苦し紛れの言い訳をしている方もいましたが、それは論外です。
紅はるかなどの登録品種ではなく、一般品種であれば許可がなくても増殖可能です。
さらに、紙一枚書けば許可が取れる品種もあります。
音楽の無断アップロードが罰せられるように、登録品種の無断増殖はこれからは罰せられるので、注意してください!
7.(捕)許諾料が高くなって種が買えなくなる!
「いままでは自由に自家増殖できたのに、新しく許諾や許諾料が必要となるのは、農家の負担を増やすものだ!」
という、許諾料の支払いで農家経営が圧迫されるのではないかという不安の声も上がっています。
たしかに法外な許諾料が設定される可能性は、ゼロではありません。
しかし許諾料が高すぎればその品種は農家から選ばれないでしょうし、買われなかったら育成者は許諾料を大して得られません。
そのあたりのバランスを考慮すれば、法外な許諾料を設定することは考えにくいのです。
登録品種の許諾料は適正な価格に落ち着くと考えられていますし、現在でも巨額の許諾料が発生している品種というのも聞いたことがありません。
なんなら無償のものもあるのです。
ちなみにシャインマスカットの育種者権をもつ農研機構は、シャインマスカットの許諾料を穂木1本当たり100円としています。
格安!
10aに10本植えたとしても、1000円にしかならず、ほとんど経営に差し障りありません!
ちなみに農林水産省は許諾料の設定に関して、許諾に係るガイドラインで、
- 農業者の経営に支障とならないように農業者の労務および経費の負担に配慮する
- 種苗法の改正にともない、許諾料を引き上げたり一方的に自家増殖を禁止したりする対応は望ましくない
としています。
そもそも種苗法の改正は、育種者種者苗費で収益を上げるためではなく、新品種を保護することを通して農業の発展を推進することが目的ですからね。
8.(遊)許諾申請の手間が農家にとっては負担になる!
「許諾料は安くても、申請のための手続きが増えるから、農家にとっては大変だ!」
と心配してくれる方もいますが、ご心配なく。
農水省申請の手続きに関して、
- 登録品種の許諾の手続きは、農業者の事務負担を増やさないために農業団体が一括して実施可能である
としています。
許諾料の支払いも、農業団体が取りまとめて支払うものもあります。
個人の申請だとしても、紙一枚書けば許可を取れるものもありますので、農家の負担を過度に増やすものではありません。
9.(投)多くの農家が登録品種を自家採種している!
「日本では 52.2%の農家が登録品種の自家増殖している。」
某元議員の方の発言ですが、ミスリードです。
農水省のデータによれば、作物にもよりますが、農家の多くは登録品種を栽培していないですね。
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/syubyouhou/attach/pdf/index-18.pdf
それに、農家全体の52.2%が種取りをしているというのも、現場の農家からすれば、実態とかけ離れています。
以下の図は「自家増殖している農家に対して、登録品種の自家増殖をしているか」を聞いたアンケートです。
図の中の52.2%という数字だけを切り取って、「農家全体の半分が登録品種の自家増殖をしているから種苗法を改正したら大変だ!」と主張しているのでつじつまが合わないのです。
(DH).農家は自家増殖していないかを監視されて訴えられるようになる!
某元議員の著書に、
「国が弁護士も雇い入れ、種苗が違法に自家採種されていないかどうか監視するための機関を設置するらしい!」
という趣旨の記述があります。
9番の「農家の半分が登録品種の自家増殖をしている」という誤解を発展させて、「農家の半分が逮捕される可能性もある!」と持論を展開しているようです。
農水省に問い合わせたところ、たしかに「育種者権管理機関」は設立に向けて整備されているようです。
これだけ聞けばまるで農家は国からバンバン訴えられるかのような不安を感じますが、中身に関しては誤解があります。
育成者管理機関は、
①公的機関等で開発された優良な品種について、育成者権者に代わり、知的財産権を適切に保護・活用し海外流出を防止する
②海外からの許諾料収入を新品種開発に投資し国内農業振興に資すること等を目的にする
を目的に設立されるのであり、国内管理については、これまで権利者が行っていたことを育成者権管理機関が権利者に代わって行うだけです。
つまり、国内の農家が訴訟を連発されるという事態は想定されていないのです。
それに密かに自家増殖なんかせずとも、一般品種を使うなり許諾を取れる登録品種を使うなりすればいいだけです!
紅はるかの許諾料は、無料なのですから!
某元農水大臣は育種者権管理機関のことを、海外の農家がバイオメジャー企業に訴訟されたケースに例えて「日本版モンサントポリス」と呼んでいますが、不適切です。
著作権を守る「JASRAC」に近いというほうが正確でしょう。
まとめ
「種苗法改正以降、農業経営で大損害を被った!」
という農家さんを、農家の私は1件も聞いたことがありません。
もし種苗法改正で被害を受けた農家さんがいるのであれば、ぜひ純粋にお話を伺いたいですね。
文字が多くなり過ぎたので、続きは種苗法後編で!
とにかく前編で言いたいことは、「全ての種の自家増殖が禁止!」って言っている人のことは信じないようにしてください!
【後編へ続く】
筆者ナス男(ナス農家&サイト「農家の決断」管理人) |