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Vol.11 ワンオペ野菜農家が「身近なグリーンウォッシュ」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】
消費者の環境・健康意識の高まりを背景に、地球環境やヒトにやさしいをアピールする製品が増えています。総じて値付けは高いものの、エコや安心安全を求めての購入につながっています。わたしの家族がそうした消費を経験することになったきっかけは妹夫婦に子どもが生まれたからで、母にとっては初孫です。甥っ子が生まれて、元無農薬栽培農家の伯母(私=ワンオペ野菜農家の伊藤綾乃)が日常の実体験から感じたことを述べたいと思います。
甥っ子がやってきた!
2023年8月の猛暑の最中、妹夫婦のもとに待望の赤子が誕生しました。
我が母にとっては初孫なのですが、甥っ子との年齢差は「ひ孫」であってもおかしくはないほどなのです。伯母の私を含め皆、甥っ子のことをそれはそれは愛おしく思いつつ、年齢的に体力面での不利がちょっとばかりある妹夫婦を、これまたひいばあちゃんでも良い年齢の我が母、おばあちゃんでも良い年頃の私で補う子育てが始まりました。
そんな中、この小さな存在に対していかに安全な環境を整え健康に育ててあげるか、という気持ちが当然のごとく生まれてきました。
何か気になることがあれば、手元のスマホでサッと検索できる便利さもあるけれど、あまたある育児情報サイトや個人による発信の中には「根拠乏しきもの」が見受けられます。ネットに溢れる情報は玉石混交、ましてや親・家族は科学的知識に乏しく、不安を煽る内容に触れるたび、自分のしていることは正しいのかと頭を悩ませることになります。
初めての赤子との生活には不安も悩みもあって当然ですが、それよりも赤子との時間が幸せなものであって欲しいと願う子育て経験のない伯母は、妹の不安な気持ちに寄り添って話を聞き、気持ちの整理がつけられる時間を提供しつつ、様子を見ています。
魔法の言葉「オーガニック」
「オーガニック素材使用紙おむつ」
はじめにこれを購入してきたのは母でした(この一回だけではありますが)。
初孫に少しでも良いものをという、それは祖母らしい思いやりの行動なのだと思い私は静観していました。
ただ、説明書きにじっくり目を通すと、オーガニックコットンが使われているのは肌に触れるシート部分のみ、しかも素材の一部として「配合」されているだけだとわかりました。パッケージに書かれた「オーガニック」という言葉やパッケージデザインが発する「なんだか身体に良さそう」というイメージ戦略は、やはり効果絶大なのだなと、母の行動を通して改めて認識した次第です。
うわべだけ環境やエコに配慮しているかのようにみせる企業の欺瞞的な活動は「グリーンウォッシュ」と言われ、批判の対象とされます。
ふと思い立ち、オーガニックコットンが「素材の一部」でしかないのなら、それ以外の部分についてはどうなのか?という疑問が生まれ、メーカーのオンラインショップで同じメーカーの通常紙おむつ(すべてノンオーガニック素材)と両方の使用素材の詳細を確認してみました。
オーガニック素材使用紙おむつ
オーガニック素材不使用の通常紙おむつ
販売価格はオーガニック>通常なのですが、ほぼオーガニックコットンが素材に一部含まれている以外の違いが見当たりません。一応、オーガニック紙おむつでは繊維製品の有害物質規制が厳格なグローバル基準をクリアした繊維素材が使われているようではありますが、通常紙おむつの素材に残留する有害物質の量が特段多いというデータがメーカーから発信されているわけではありません。
私自身はオーガニック製品を否定するつもりは全くありません。しかし、オーガニックコットンの配合率もわからないうえ、素材の一部として配合されているかいないかの違いでしかない二つの商品の一方についている「オーガニック」という単語に漠然とした安心感を覚えて割高である商品を購入した母の気持ちを思うと、オーガニック素材使用の謳い文句に対してマーケティング先行のグリーンウォッシュ的な臭いを少し感じ、釈然としない思いを抱きました。
無農薬・無化成肥料栽培時代の黒歴史
釈然としない思いに至ったのは、過去、自分が無農薬・無化成肥料で野菜を育て、対面販売(マルシェのような販売スタイル)をしていた際の経験からでした。
オーガニック野菜を求めるお客さんの多くは、そこに「安心・安全」があるとイメージして買い物をしています。
そして、対面販売しながら交わす会話の中によく出てくるのが、「無農薬で無化成肥料だから、安心安全だね」という決まり文句です。このフレーズは、マルシェの広報、出店する農家側からもたびたび発せられていました。
心の問題である「安心」についてはその方がそう判断したのであればそれで良いとも思いつつ、では、「安全」については慣行栽培の農作物と比べて明確な差があるのかと思い、「無農薬だから安全だよね?」との問いを受ける度、答えに窮する私がいました。
というのも、やはり「安心」は個人の価値観をベースにして発生する気持ち(主観)である一方、「安全」は数値等の根拠を伴う科学的・客観的基準と、調べ物を繰り返すうちに認識するようになったからです。
お客さんからの言葉に真摯に答えようと思い、まことしやかに言われている有機栽培作物の優位性や安全性について調べていく度に、農薬や化成肥料の不安を煽る方々が発信する内容とは異なる論文やデータに触れることになりました。その結果、無農薬栽培を止める頃には「慣行栽培でも問題ありません。農薬があることで受ける恩恵はあります」と答えてしまう不思議な無農薬・無化成肥料栽培農家となったわけです。
実は、無農薬栽培を始めた当初は私も「農薬を使っていない分、安全と言えるだろう」と思い込んでいました。研修もせず農業大学校さえ通わずに、無農薬家庭菜園教室に通っただけゆえの知識不足でした。その教室からの縁で出店することになったオーガニック系マルシェや、ネットの無農薬栽培農家の発信でも、そのように語られていたことを鵜呑みにした自分の浅はかさからでした。
当時は家族にも同様の説明をしていました。今では黒歴史だと認識しています。私は客観的事実を調べることで考えを変えたわけですが、その説明を聞かされていた家族は今でも当時の私の発言が記憶にあるらしく、どうもそれが今回の母の行動につながった可能性もあります。
主観で得た情報の取捨選択
もし自分が農業に携わることがなければ、もし無農薬栽培野菜の対面販売という特殊なジャンルに身を置くことがなければ、お客さんからの質問がなければ、そしてその問いに真摯に答えようとしなければ、情報の真偽や取捨選択について真剣に考えることはなかっただろうと思います。
もしかすると、どこかの誰かがSNS上で流す根拠に欠ける「危険や不安を煽る言葉」を「そうなんだ」と信じてしまう自分になってしまっていたかもしれません。
私は化学や数学、その他諸々の学問に疎い自覚があるので、「もし不安を煽る情報を見かけたら鵜呑みにせず、ちょっと立ち止まって、それを否定する情報が存在するかどうかをチェックすること」を心がけています。
人間の防衛本能に訴える不安・危険情報はインパクトが強い。強いがゆえにメディアに取り上げられやすく、人の目に触れる機会も増え、目にした人々がそれらを取り上げてSNSで発信することで拡散していく様を度々目にしてきました。かといって赤子を抱える家庭がそうした情報に敏感になるのは止めようがないでしょうし、知りたい気持ちを制限するのも理にかなっているとは思えないのが難しいところだと感じます。誰もが自由に発信できるネットとの関わり方の難しさを、甥っ子の子育てをする妹夫婦や母の言葉から考えさせられました。
筆者伊藤綾乃(露地野菜農家) |