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第45回 種苗法改正反対の現在地③ 『子どもを壊す食の闇』の闇⑤【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

かねてから種苗法改正反対のオピニオンリーダーたちは、2018年に廃止された種子法と、2017年施行の農業競争力強化支援法、2022年施行の改正種苗法を並べて、「3点セット」という呼び方をしてきた。

例えば、東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏は2019年、生活クラブの取材に対し、「種子法廃止で日本の公共種子事業をやめさせ、農業競争力支援化法(※原文ママ)で国と県がつくったコメの種の情報を企業に譲渡させ、自家採種は禁止する(種苗法改定)という3点セット」と述べている。

山田正彦氏も同じく「種子法の廃止と農業競争力強化支援法の施行、そして種苗法の改正がセットになれば、農家は多国籍アグロバイオ企業から種子を買わざるを得ません」等の内容を、各所で繰り返し発言してきた。

もうひとつ、両名は共通して記事中で「総仕上げ」という言葉を使っている。日本のタネを独占して農家を潰そうと企む勢力の、最後の狙いこそが「種とり禁止」であり、ここで譲ればいよいよタネの支配3点セットが完成してしまう。その最後の牙城が種苗法改正反対運動だったということらしい。

オピニオンリーダーたちはそんな切迫した世界観を共有し、同じフレーズを使い回して足並みを揃えてきた。そこに一切の多様性はなく、議論をたたかわせた形跡を見ることはできない。

あまおうは民間企業に奪われたのか

こうした背景から、『子どもを壊す食の闇』第5章「日本のタネを守ろう」では種苗法だけでなく、種子法や農業競争力強化支援法についても多く言及されている。
そのなかにも、驚くような内容がある。

2017年に政府は、種子法廃止と同時に「農業競争力強化支援法」を制定し(中略)優良な育種知見(すなわち国と地方の知的財産権)を、「民間企業から要望があれば提供しなさい」としています(P.99)

まず、私たちはここで一度ひっくり返る。
農業競争力強化支援法の第8条第4項では確かに、公的機関の持つ優良な「育種知見」を民間に提供するよう促している。
だが本書の書き方では、まるで品種の権利そのものが民間企業の望むままに奪われてしまうかのような印象を読者に与える。
「育種知見、すなわち知的財産権」とはっきり書いてしまっているのだから無理もないが、もちろん事実ではない。

さらに続く記述に、私たちはもう一度ひっくり返る。

2022年4月(中略)情報開示申請したところ、イチゴの品種「あまおう」が会社名黒塗りのまま株式会社に提供されていたことが明らかになりました(P.100)

こちらも文脈からして、福岡県を代表するブランド品種「あまおう」が、あたかも一民間企業に権利ごと譲渡されてしまったかのように読めてしまう。

だが、言うまでもなく「あまおう」の権利(育成者権)は2024年現在、何ら変わらず福岡県が有している。
ここで「黒塗り」が伏せているのは主に提供先の会社名と担当者名だが、文書全体を読めば、福岡県の総合試験場から「あまおう」の苗を20株分譲したという、それだけの内容しか書かれていないことがすぐにわかる。

ただ単に、物理的に「苗を提供しました」という文書を、あたかも「みんなで守り愛されてきたあの品種の権利が、利益優先の営利企業に奪われた(それを国が悪法で後押ししている)」という印象にすり替えてしまっている。

そして例によって、ここから事実関係を詳細に掘り下げた解説がおこなわれることはない。
文脈を与える以上の具体的な情報は提供せず、あくまで匂わせ、ほのめかし、読み手の誤読を誘う。

山田勝彦氏の国会質問

実は、正彦氏の子息である立憲民主党の山田勝彦参議院議員(当時)が、2023年5月の農林水産委員会でまったく同じ文書を使って「あまおう」についての質問をおこなっている。

ここで勝彦議員はまず「3点セット」に言及し、「公的な種の民営化を推し進め、農家の自家採種の権利を制限し、企業から種や苗を毎年購入し続けるシステム」「恩恵を得たのは企業や外資」と、やはり判で押したような陰謀論を読み上げるが、その根拠は特に提示されることはない。

そして「こうやって種子法が廃止になったり、種苗法が改正されたりという中で、大変懸念の動きがあります」として、なぜか件の黒塗り文書を取り出し、「福岡県のブランド、福岡県民の財産とも言えるこのあまおうが、株式会社に分譲された」と言い始める。

それに対する農水省担当者の答弁はシンプルだ。
前述の通り、物理的に苗を提供したに過ぎず、品種の権利が侵害されるわけでは全くないことが示される。

すると勝彦氏は、それきりあまおうの話題には触れることなく、なぜかシャインマスカットや紅はるかの自家採種(※会議録ママ)の制限を危惧する話に移行してしまった。

陰謀論をベースに、不安な予兆だけをほのめかしてファイティングポーズを取り、その後に他者から説明される事実関係には耳を貸さずに立ち去る、という正彦氏の手法が手堅く受け継がれている。

ファイティングポーズだけが空を切る

また、勝彦氏はあまおうについての質問をおこなう際に「福岡の原竹県議から資料提供をいただいた」と話している。

そこで、該当する福岡県議会の会議録を検索してみると、2022年6月に原竹岩海県議会議員の質問が見つかった。*1

原竹議員はここで、やはりどこかで聞いたようなモンサント社、バイエル社など海外企業への懸念を述べた上で、「あまおう」の知見が民間企業に提供されることについて質問をおこなっている。

対する服部知事の答弁では、

  • 試験研究目的に限り、県の品種の種苗を大学や民間企業にも提供している
  • 研究の目的等については事前にヒアリングと審査を行っている
  • その上で、外部流出や目的外利用など、県に損害を与えた場合は損害賠償請求する条件を付している

といったことが述べられている。

勝彦氏がこの当時のやりとりをあらかじめ確認していたとすれば、なぜそこから一年近く経った農水委員会でわざわざ何の新規性もない質問を繰り返したのか、疑問が残る。
誰かに向けてファイティングポーズを取って見せること自体が目的になっていないだろうか。
巻き込まれた人々が気の毒でならない。

今も使われる「自家採種一律禁止」

ここまで見てきた通り、山田正彦著『子どもを壊す食の闇』における「不安な話」は、どれも恐ろしくふんわりとしていて、蜃気楼のように実体がない。
近づこうとすれば遠のいて、それでも「本当に恐ろしいことが起きるのはこれからだ」という雰囲気トークだけが続いていく。

なかでも第5章は、種苗法に関して「自家採種一律禁止」という決定的に誤った情報を未だに多用している点で悪質性が高い。
また、自家採種をすれば即逮捕されるかのような記述についても改正時の議論を全く踏まえておらず、不誠実だ。
おそらくは意図的に刺激の強い言葉を選んでいるのだろう。
正確な表現ではインパクトが弱く、注意を惹きつけることができない。

逆を言えば、あれほど危険性を訴えてきた「3点セット」が揃って数年が経過した今、山田氏をもってしてもなお、この程度の無理やりな懸念材料しか捻出できなかったというのがまさに「種苗法改正反対の現在地」だ。

そこはもはや袋小路のようにも見えるが、少しも楽観することはできない。

どんなに周回遅れの誤った情報であっても、それを喜んで消費する新規顧客が存在する限り、彼らはどこまでも同じセールストークを繰り返す。

自家採種一律禁止のような明らかに「終わった話」を山田氏が新著で未だにリユースし続けているのも、それが有効だと自覚しているからだろう。

地道で細やかな事実の積み重ねなど最初から欲していない人々に届く言葉を、私はまだ持つことができていない。

*1 福岡県議会 会議録検索システム 令和4年6月定例会(第11日)より 6 : ◯六十三番(原竹 岩海君)、8 : ◯知事(服部 誠太郎君)を参照
https://www.pref.fukuoka.dbsr.jp/index.php/4676879?Template=doc-one-frame&VoiceType=onehit&DocumentID=3553

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】記事一覧

 

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