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第44回 種苗法改正反対の現在地② 『子どもを壊す食の闇』の闇④【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

今だけ、金だけ、自分だけ。
身勝手で強欲な政府と大企業の手で、日本の食の安全は、今まさに売り渡されようとしている。

自家採種が禁止されたことで、農家はこれから、多国籍企業から種子を毎年購入せざるを得なくなる。その価格は年々釣り上げられ、農家の経営を圧迫する。これに逆らって自家採種を続けるような農家は逮捕され、厳しい刑罰が待っている。そのための監視と取り締まりが、これから強化されていくだろう……。

『子どもを壊す食の闇』第5章「日本のタネを守ろう」は、読者が種苗法改正についてこんな不安を抱くように構成されている。

さらにその先には、企業が指定した農薬と肥料をセットで買うことが義務付けられる未来や、遺伝子組換え・ゲノム編集の種子に侵食される未来までが示唆される。

だが、一見ひと連なりに見えるそれらの情報を解きほぐし、ひとつひとつを検証していくと、まるで違った実態が浮かび上がる。

種とりをする農家を、国家と企業が監視する未来

ここでは、特に力を入れて書かれている「監視と取り締まりの強化」についての真偽を確認していこう。
種とりをする農家を、国家と企業が結託して取り締まり、逮捕する。
そんな日は本当に訪れるのだろうか。

前回の記事で紹介したように、まずは枕としてP.107で【農水省が農家の自家採種について密かに調べている】という根拠不明の噂話を持ち出し、不穏な気配を匂わせる。
そして矢継ぎ早に、このような情報が展開される。

2022年7月9日の日本農業新聞にも次のような記事が掲載されています(中略)国が弁護士も雇い入れ、種苗が違法に自家採種されていないかどうか監視するための機関を設置するとのことです(P.107)

不穏な気配が、まさに現実のものになろうとしている。
そんな予兆を感じさせる流れだ。
しかも今度は、日本農業新聞という具体的な情報源が明示されている。
確認してみると、確かに該当する記事が見つかった。

『保護機関 来年度にも 農水省検討会 海外での品種育成者権』

これは同年7月8日におこなわれた、「海外流出防止に向けた農産物の知的財産管理に関する検討会」で発表された、中間とりまとめの内容を伝えたものだ。

ではやはり山田氏の懸念は現実のものなのか、と不安に感じたなら、もう少しだけ踏みとどまってほしい。

新聞記事の情報源となっている「中間とりまとめ」の本文も、検討会に参加した委員名簿もウェブ上で公開されており、誰でも見ることができる。

せめてそれを確認して、山田氏の文章との落差を確かめてからでも、怖がるのは遅くないはずだ。

「育成者権管理機関」とは何か

まず、この検討会を通じて新たに設置を目指しているのは「育成者権管理機関」と呼ばれる組織だが、実は、これにあたるものは欧米では古くから設立されている。
育成者権のライセンス管理から収益を上げるビジネスモデルが各国で確立されており、日本独自の新しい考え方というわけではない。
音楽でいうところのJASRACのような存在と例えればわかりやすいかもしれない。

欧州の事例を調査した「海外における知的財産管理機関に関する調査報告書」が2024年1月に公開されているので、興味のある方は参照してほしい。

つまり、ここで主眼とされているのはあくまで日本の新品種が海外で適切にライセンス管理され、しかるべき収益が開発者(育成者権者)や生産者に還元される仕組みづくりである。

農研機構(国立の研究開発機関)や都道府県、中小企業、個人育種家らが、開発した新品種を守るためにライセンス管理を行おうとしても、そのための人手や予算を潤沢に用意することは簡単ではない。
農研機構や都道府県くらいの規模ならできるのではないかと思ってしまうが、なかなかそういうものでもないらしい。

知的財産権の基本的な考え方は「保護」と「利用」の両輪である。
保護の面を担う種苗法だけではなく、「利用」に関しても欧米に倣い、権利者に代行できる機関が必要ではないかというのが、今回の議論だ。

その「育成者権管理機関」の役割のひとつに、違法事例の監視が含まれているのは事実だが、目的は海外への違法な流出を防止するためであり、対象は登録品種と呼ばれる新品種に限られる。

https://www.maff.go.jp/j/budget/pdf/r5kettei_pr29.pdf

国は農家を訴えるために弁護士を雇い入れたのか

また、【国が弁護士も雇い入れ】という言い方についても注意しておこう。
検討会の委員に弁護士が数名入っているのは事実だが、どうか真に受けないでほしい。

名簿には他にも種苗会社「サカタノタネ」や、日本種苗協会、JA全農、農研機構、福岡県などが委員として名を連ねている。

そこからわざわざ弁護士だけを抜き出して「国が雇い入れ」などと表現するのは、何らかの意図があるからだ。
おそらく弁護士が種とりをする農家に対して悪意をもって(嫌がらせや見せしめ目的に)訴訟を起こすような展開を、読者に想起させたいのだろう。

それを証明するかのように、次に山田氏は唐突に「モンサントポリス」という言葉を持ち出す。

2022年 12 月 22 日に農水省は「我が国における育成者権管理機構(原文ママ)のあり方」について検討会での意見書をまとめた(中略)モンサントポリスのような制度を公費で導入しているのでしょうか(P.110)

※日付は12月2日の誤り
※管理機構ではなく、管理機関の誤り

モンサントポリスとは山田氏曰く、かつてモンサント社が中南米等で、自社の遺伝子組換え作物の栽培状況を調査し、自家採種されていれば裁判を起こしていたという事例を指している。
種苗法改正の際にも山田氏らは、これと同じことが日本でも起きると繰り返し主張していた。

だが、公開されている資料を見れば分かる通り、今回の「育成者権管理機関」にはモンサントも遺伝子組換えも一切関連していない。

さらに言えば、ここで保護対象として念頭に置かれているのは農研機構が開発した新品種で、とりわけイチゴ、果樹、さつまいもなど国際競争力の高い(=違法に流出するリスクの高い)品目を想定している。

これらは日本国内では、ほとんどが書面上で許諾手続きさえとれば無償で自家増殖が認められている。
有償の品種でも許諾料はごく少額で、生産者の側にとってもわざわざリスクを冒してまで隠れて無断で自家増殖を行うほどのメリットもない。

また、このような背景から、現在、管理機関の設立に向けて中心になって動いているのは農研機構自身だ。
国でもなければ弁護士でもない。
「農家を狙う強欲な民間企業と、それを手引きする政府」の影を見出すのは、どれほど想像力を逞しくしても難しい。

猶予措置が終わると半数以上の農家が逮捕されるのか

これらの全体像や背景事情に全く触れることもなく、「種苗が違法に自家採種されていないかどうか監視するための機関」とだけ紹介するのは、悪質な切り取り行為と言われても仕方ないだろう。

一連の「管理機関」についての描写の途中には、こんな一文も差し込まれている。

本来ならば、半数以上の農家を逮捕しなければならなくなります。国が今年取り締まりをしなかったのは、ほとんどの農家が登録品種を自家採種しているか否かをわかっていなかったので、1~2年の間、激変緩和のための猶予措置をとったのでは(P.107)

この「半数以上の農家を逮捕」も「猶予措置」についても本の最後まで、一切まともな根拠は示されない。
だが、読者の不安を増幅させて「日本版モンサントポリスの設立」という空想上のラスボスまで導く上では、効果的に情報を配置したつもりなのかもしれない。

(どうでもいいけど、読者がいつ手に取るかわからない書籍で突然「今年」とか書くのはやめた方が良いと思う。)

タネを守りたい、と思う人こそ

そろそろ、山田氏の活動に共感を持っていた人であっても、少しくらいは「何かおかしいな」と思ってもらえたのではないだろうか。

情報の全体像は読者に与えないまま、しかし「完全に嘘や間違いとまでは言い切れない」程度に細切れにした情報のピースを恣意的につなぎ合わせ、恐ろしい未来を想起させるストーリーに編み上げて畳み掛ける、というやり方がずっと繰り返されている。

仮に種苗法改正にどうしても反対を表明し続けたいのだとして、このように全くアンフェアなミスリードと印象操作された情報しか提供しないのであれば、健全な議論を育てる意志など最初からないという表明であり、それは「タネを守る」ことに本気で関心を持っている全ての人に対して侮辱的だ。

今でも種苗法改正に反対する人は、山田氏のこうした態度にもっと批判的になっても良いのではないだろうか、と思う。
議論することの価値が、ここでは果てしなく軽んじられている。

(続く)

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】記事一覧

筆者

間宮俊賢

 

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