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第9回 政治家の「コメ価格誘導発言」を禁じる法制化を!……鈴木新農相の”価格コミットしない”原則を一過性で終わらせない【浅川芳裕の農業note】
「価格はマーケットで決まる」。この当たり前の原理が、ようやく日本の農政の中心に戻ろうとしている。
鈴木憲和新農相の就任演説は、長年の政治的な価格介入に終止符を打ち、市場メカニズムを尊重する明確な姿勢を示した。
だが、この転換を一過性で終わらせず、制度として定着させるには、政治家による価格誘導発言を明確に禁止する法的枠組みが不可欠である。
価格は市場が決める:新農相の正論
鈴木新農相は2025年10月22日就任演説でこう述べた。
「農林水産省が価格にコミットすることは、政府の立場もあってすべきではない」
「価格はマーケットの中で決まるべきもの」
https://www.maff.go.jp/j/press-conf/251022.html
さらに10月28日の記者会見では、次のように明言している。
「価格というのは、まさに需給のバランスとマーケットで決まるものですから…私から推測や、こういうふうになるのではないかというようなことは、申し上げるべきでもないと思っています」
「大臣の立場で高い、もしくは安いというふうには申し上げません」
https://www.maff.go.jp/j/press-conf/251028.html
この発言は、価格が需給によって自律的に形成されるという市場メカニズムを明確に尊重するものであり、日本の農政が「政治による価格誘導」からの脱却を志向し始めたことを象徴する。
鈴木新農相は「コメの適正価格」に一切言及せず、市場発言がシグナルとなる危険性を理解した上で沈黙を守っている。これは、極めて戦略的な姿勢である。
政治主導の価格誘導:過去の誤りを繰り返すな
この市場原理の尊重は、過去の「政治的価格介入」との明確な決別を意味する。
近年の日本農政では、与野党を問わず政治家が「望ましい価格水準」や「適正価格」を口にし、事実上の市場誘導を繰り返してきた。
小泉元農相であれば、「備蓄米を5キログラム2000円台で店頭に並べたい」「(5キロ)2000円が生産者にとっての適正ではない」といった発言である。
小泉農相の言動が引き起こす農家の動揺と混乱 こんなコメ農家のX投稿が目に留まった。 これから始まるであろう米農家の地獄 主食用米の生産を増やすver. 余るから買取価格下げます(赤字) 主食用米の生産量を減らすver. 国産は高いって声が多いから 輸入米を増やします どのみちハシゴ外されんだ 農家を守ろうと思うなら 秘技・ハシゴ外しは辞めてください 怖くて増産する覚悟出来ない https://x.com/minorinfarm/status/1931289962475094155 小泉農相の一連の価格介入にかかわる言動に対して、稲作現場の怒りと落胆、将来への絶望
与党側の価格発言:政治による市場シグナル
石破茂元首相(自民党)は国民民主党の玉木雄一郎代表との党首討論国会で次のように述べた。
「(5キロ当たり)3000円台でなければならない。4000円台などということはあってはならない。一日でも早くその価格を実現する」
さらに、次のようなやり取りが交わされた。
玉木代表「5kg3,000円台に下がらなければ総理として責任を取るか」
石破総理「責任を取っていかなければならない」
この「5kgいくら」という数値のやり取り自体が、政治が市場に価格目標を示し、暗黙の“指値”を投げかける典型例である。
政治家の発言がコメ価格形成に影響を及ぼす構造は、まさに市場の健全性を損なう。
森山裕幹事長(自民党)も、
「(5キロで)3000円から3200円が適正な価格だと思う」と発言しており、与党幹部の発言として市場水準を数値で提示したことは、事実上の価格誘導である。
政策の一貫性確保と農業経営リスクの軽減
鈴木新農相が就任当初から一貫した発言の背景には、農水省の政策や歴代大臣の発言が頻繁に変化し、それ自体が農業経営における重大なリスク要因となってきたという点がある。
こうした政策や発言の変動は、制度的不確実性(policy uncertainty:制度・政策・発言の変更による予測不能なリスク。農家への心理的な影響も含む)として、長期的な農業経営判断を困難にしてきた。
農業現場は、「価格変動リスク」に加え、政府が導入・廃止する交付金や補助金の変動による「交付金変動リスク」、そして価格変動及び政策変更による大規模投資の回収不確実性という「投資回収リスク」という三重の課題を抱えている。
とりわけ水田農家は、主食用米・加工用米・飼料用米・麦・大豆・そば・なたね・青刈りトウモロコシなど、多様な作物の中から、これらのリスクを総合的に判断して作付けを決定している。
ゆえに、政治家による価格誘導発言は、この複雑な経営判断の前提を根本から崩壊させる行為にほかならない。
鈴木新農相が「コメの適正価格」について一切言及しないのは、大臣の発言が市場介入やシグナル効果(要人の発言が市場や農家の行動に影響を与えること)を招くことを避けるための、極めて慎重な姿勢である。
同氏が「ぶれない、猫の目農政と言われない将来が見通せる農政を皆さんと一緒に作っていきたい」と語ったのは、まさにこの制度的不確実性を是正し、政策の一貫性を確保することで、農業経営の予見可能性を高めようとする意思の表れである。
欧米に学ぶ「価格介入禁止」制度
しかし、鈴木農相の退任後、別の大臣が価格介入主義にもどっては元の木阿弥だ。同氏の原則を一過性のものとしないめに、コメ価格誘導発言の禁止を法制化すべきである。
これは、日本の農業政策の透明性と予見可能性を確保し、農業経営者のリスクを軽減するために不可欠である。
価格誘導発言を禁止することは、日本だけの特殊な提案ではない。
欧米では、政治家や行政官による価格誘導的発言を「市場歪曲行為」とみなし、厳格に制限している。
英国では、政府広報サービス規範に基づき、公務員や大臣に対して、市場行動や投資判断に影響を与えかねない発言を避けることが倫理規定として徹底されている。
アメリカの連邦農業法では、農業行政官が価格支持のレベルを法定の枠組みを超えて設定することを禁じている。
農務長官が裁量的な目標価格に言及することは、権限逸脱や市場の信頼性を損なう行為と見なされ、明文の禁止規定がなくとも実務上は事実上禁じられている。
さらに、欧州連合(EU)では、共通農業政策(CAP)の基本原則に基づき、「加盟国は市場価格の形成を歪めるおそれのある措置を講じてはならない」という原則が厳格に運用されている。
EUの法令は、公的介入(備蓄や参照価格の設定など)の決定に政治的裁量が極力入らない仕組みとなっており、この裁量の排除が、政治家や官僚による価格誘導的な発言にまで倫理的な制約を与えている。
発言によるシグナル効果も市場を歪める「措置に準ずる行為」と見なされるためである。
これらの原則は、政治家や行政官が農産物価格に言及することで、市場や生産者の意思決定を意図せず歪曲することを防ぐための、先進国共通の倫理的・法的制約である。
新食糧法への条項追加による法的な歯止め
鈴木新農相の市場原理を尊重する方針を確固たるものとし、日本の農業行政を透明性・客観性・証拠に基づく政策運営へと移行させるため、「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」(新食糧法)に以下の条項を組み込むことを提案する。
(市場価格形成の尊重及び公的発言の制限)
第〇条 農林水産大臣、農林水産省の職員及び国会議員(以下「公的関係者」という。)は、主要食糧の価格が需給の均衡を通じて形成される市場メカニズムを尊重しなければならない。公的関係者は、その職務の遂行に当たり、主要食糧の市場価格の形成を歪曲するおそれのある特定の価格水準、目標価格又は期待価格に関する言及、示唆又はその他の行為をしてはならない。
(価格関連情報の公表の客観性)
第〇条の二 農林水産大臣は、主要食糧の価格及び需給に関する公的な情報を公表する際には、客観的な統計データ及び科学的知見に基づき、特定の価格水準を誘導する意図がないことを明確にしなければならない。特に、価格支持水準又は補償水準の設定及び変更は、本法及び他の法令に定められた客観的な計算式及び法定の範囲に厳密に従い、その枠組みを超える価格目標に関する言及を伴ってはならない。
(法令遵守及び違反時の措置)
第〇条の三 公的関係者は、前二条の規定を遵守しなければならない。農林水産大臣及び国会は、公的関係者がこれらの規定に違反し、市場の公正な形成を著しく損なったと認められる場合、行政組織法及び国会関連の倫理規定に基づき、適切な調査及び措置を講じるものとする。
これらの条項を設けることで、日本の農業行政は政治家の感情や短期的な世論によってコメ農家の経営判断が揺さぶられるリスクを軽減できる。
この法制化は、かつての「食管法」など、古い統制経済的な発想からの脱却を意味し、日本農業の発展とその予見性確保に直結する大きな意味を持つ。
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編集部註:この記事は、浅川芳裕氏のnote 2025年11月1日の記事を許可を得て、一部編集の上、転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は浅川芳裕氏のnoteをご覧ください。
筆者浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問) |



