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VOL.24 「陰謀」を食べたくない女~前編~【不思議食品・沼物語】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。今回からの3回シリーズでは、驚くべき言説によって「陰謀」とされる食品に振りまわされる女性の顛末を、物語の形式でお届けします。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は一部現実に存在しますが、一般的に支持されている情報ではなく「デマ」が多数含まれます。あくまで物語のエッセンスとしてご理解ください。

街で遭遇した抗議デモ

「牛乳捨てさせ、コオロギ食えとは何事だ!」
「コオロギ食べると体が電池化! 5Gで操られる!」
「シュプレヒコ――――ル! 昆虫食、はん、たーーーい!!」

突然大音量で聞こえてきたかけ声に、千絵は驚いて立ち止まった。周りを見渡すと、外国人観光客のグループもデート中のカップルも、ポカーンとした顔で車道を振り返っている。声の主は20名くらいの団体。中高年と思しき人たちで結成された団体が、休日の新宿で昆虫食に抗議するデモを行っていた。

「昆虫食って何??」

横の若いカップルは、顔を見合わせている。一方、千絵は、昆虫食がSDGsの文脈で注目されるようになってきた食材であることくらいは知っている。なにせ千絵は、重度のネット民なのだから。日中は派遣の一般事務員として働き、休憩中はSNS観察でリフレッシュ。帰宅してから寝るまでも、だいたいスマホをのぞいている。昆虫食騒動もネットニュースでチラリと見かけていたので、デモが行われることになった発端もなんとなくは予想がついた。確か、地方の高校で、給食にコオロギが使われたことが炎上騒動に発展したとか何とか……? おぼろげな記憶を手繰り寄せた。

多くの日本人がそうであるように、千絵は大の虫嫌いだ。かわいらしいテントウムシも優雅な蝶も、千絵にとっては恐怖でしかない。だから「昆虫食反対」と聞いて、共感はできた。でも、SNSでコメントしていた専門家は「調理実習のような形で自ら虫を使ったのであり、知らずに食べさせられるなんてことはありえない」と言ってなかったっけ……? デモからは首をかしげるような主張しか聞こえてこなかったが、基本的には自分には関係のない話である。ぶっちゃけ、どうでもいい。

デモの後ろからは、別の団体もやってきた。

先の団体とは真逆に「虫はおかずだ!」というプラカードを掲げている。よく聞く「カウンタ―」ってこういうヤツ?

あまりにシュールな光景に数分間目が釘付けになったが、友人との待ち合わせに遅れそうなことに気づき、小走りでその場を離れた。そして、公開を待ち望んでいた映画を連れだって鑑賞したあとは、もうすっかりデモのことは忘れていた。

日常生活に入ってきた昆虫食

「あの話は、まさか本当に!?」

デモとの遭遇から数カ月後。千絵が自宅のキッチンで見つけたのは、コオロギ入りのプロテインバーだった。自分の家のキッチンに食用昆虫があることに頭が追いつかず、頭も体も凍り付いた。

「何でこんなものが、うちにあるのーーーー!!!」

好事家たちが勝手に食べればいいハズの食用昆虫が、自分の生活圏に入ってくるのは耐え難い。うごめく大量の虫がすりつぶされ、粉末になっていく様子を想像すると、叫び出しそうになる。うっかり床に落としたプロテインバーをつま先でつつきながら、映画好きな千絵の頭にとっさに浮かんだのは、『スノーピアサー』や、『ソイレントグリーン』だ。どちらの作品でも一般市民に配られていた食べ物の正体は、鳥肌ものだった。映画が、予言のように感じられた。映画で描かれた未来のディストピアが、現実になってきている感覚を覚えた。

虫入りのプロテインバーは、よく考えなくても家族が手に入れたものに違いない。

家族は皆アクティブで、体を鍛えることが大好きな人種だからだ。千絵を除いた家族は、いつも和気あいあいとこんな会話を交わしている。

「お、キレてきたな!」
「お父さんみたいに背中に鬼の顔は無理だけど(笑)」

リビングに飛び交う会話はいつも意味不明で、頭が痛くなりそうだ。わからない言葉はすぐにググるので意味は知ってるが、筋肉文化になじみたくないので理解したくはない。千絵は、家族の中でひとり異分子だった。「食べないと死ぬの?」と問い詰めたくなるほど、家族の生活にプロテインは欠かせない。その流れから、新作のコオロギ入りプロテインバーがやってきたのだろう。

「無理無理無理無理。もーーー、リビングの筋トレグッズも毎日のささみ料理も、ホンッといやーーー!! その上虫とか、ありえないでしょ」

千絵は誰もいないキッチンでキレちらかすが、都心の戸建で便利な実家から出る気はなかった。だからこの先も、家族とそりが合わずとも我慢するしかないのが現実なのだが。

ネットを徘徊し「疑問」が「確信」に変わる

「まさか、ムギのエサにも!?」

ハッとして、千絵の飼い猫であるムギのエサにまで、虫食の手が及んでいないだろうかと慌てた。すでに開けた袋と、棚の在庫をくまなくチェックする。

そうしているうちに、だんだんと恐ろしくなってきた。話の通じない家族はともかく、愛猫だけでも守りたい。今、世の中はどうなっているのか。

気になりだしたら止まらない。YouTubeにTicTok、ダークウェブに各種SNS。片っ端から検索すると、恐ろしい情報が次々と見つかった。「コオロギは妊婦に禁忌」「昆虫食のアレルギー問題」「四つ足を食べる中国人ですらコオロギは食べてこなかった」などなど。

こんな怖いものを、国が推してるなんて――。何かがおかしい。少子化も増税もワクチンの偏った報道も、牛乳も作物も加工品も、何もかもが怪しい。時間がたってもカビないヤマザキパン。うま味調味料の白い粉は、実は毒? 給食のパンと牛乳は、日本人を弱体化させるため……。

その日から、千絵は夜な夜な「真実」を探しにネットの海を徘徊し、確信した。

「陰謀は、ある」

そうして千絵は、アリスがうさぎの穴を転がっていったように、不思議な世界へと迷い込んでいくのだった。

~中編~
陰謀に溢れた(と思い込む)世界で、千絵は何を食べるのか――に続く

 

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