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第1回 イオンビーム技術が拓く新たな育種の未来【放射線育種と「あきたこまちR」】

食と農のウワサ

2024年2月7日、食の信頼向上をめざす会主催の第21回ZOOM情報交換会『放射線育種と「あきたこまちR」~「あきたこまちR」はどこがどう画期的なのか~』が開催された。長谷氏(量子科学技術研究開発機構(QST)量子技術基盤研究部門 高崎量子応用研究所 量子バイオ基盤研究部(当時))、小松氏(秋田県農林水産部 水田総合利用課土壌・環境対策チームリーダー(当時))がそれぞれ講演。第1回の今回は、長谷氏の講演の内容をレポートする。

100年使われる突然変異育種の技術

突然変異育種の歴史は1920年代に遡る。この時期にX線を大麦に照射することで、突然変異を人工的に引き起こし、それを作物の改良に利用する技術が発見された。これにより作物の人工的な改良が可能となり、現在まで100年近くにわたってこの技術が利用されてきた。

突然変異育種は植物や動物、微生物などのDNAに傷をつけることで、新しい性質を持つ品種を生み出す技術だ。DNAに傷をつける手法としては、ガンマ線、イオンビーム、紫外線、化学薬剤などが使用される。生物はDNAに傷がついても、それを修復する仕組みを持っているが、時には修復に失敗して突然変異が生じることがある。この突然変異が有用な性質をもたらす場合、それを新しい品種として利用する。

イオンビームの利用とその特性

イオンビームは、原子の電子を取り去ったイオンを加速して照射する技術であり、ガンマ線に比べて高いエネルギーを局所的に与えることができるため、とても効果的に突然変異を引き起こすことができる。この技術はQST高崎量子応用研究所を含む日本国内の4つの施設で利用されており、他の施設としてはQST量子医科学研究所、理化学研究所、若狭湾エネルギー研究センターがある。

1998年には、イオンビームを用いた初の品種登録が行われ、色変わりした菊の品種が誕生した。この成功を皮切りにカーネーションなどの花の品種改良が進み、多様な色や特性を持つ花が誕生している。さらにイオンビームは微生物の品種改良にも応用され、清酒酵母などの実用化も進んでいる。

あきたこまちRの誕生

あきたこまちRは、イオンビームを使った突然変異育種技術の最新成果であり、この品種は、従来のあきたこまちとほぼ同等の特性を持ちながら、カドミウムをほとんど吸収しないという重要な特性を備える。この特性は健康に有害なカドミウムの摂取を防ぎ、安全な米の生産を可能にした。

あきたこまちRの開発は、2012年にあきたこまちとコシヒカリ環1号の交配から始まり、石垣島で年に2回栽培しながら戻し交配を行い、2020年に品種登録出願が完了した。この過程で、従来のあきたこまちとほぼ同じ遺伝子を持つ品種が誕生したのだ。

国際的な展開

日本国内だけでなく、バングラデシュやベトナム、マレーシアなどアジア各国でもイオンビームを用いた育種が進行中であり、これにより新しいイネの品種が試験栽培され、近い将来に多様な品種がリリースされることが期待されている。

例えば、バングラデシュでは、既に5つの品種がリリースされ、ベトナムでも1品種がリリースされている。マレーシアでは、広範な試験栽培が行われており、イオンビーム技術による新しい品種の登場が待たれている。このようにイオンビーム技術は国際的にも広がりを見せており、各国での農業革新に寄与している。

アジア原子力協力フォーラム(FNCA)を通じた利用

イオンビームによる変異の研究

過去数年間、QST高崎量子応用研究所では、イオンビームとガンマ線による突然変異の違いを詳細に調査してきた。シロイヌナズナというモデル植物を使い、炭素イオンビームとガンマ線を照射した場合の変異の特徴を比較。その結果、炭素イオンビームはガンマ線に比べて少ない変異数で多様なバリエーションを生み出すことが確認された。

具体的には、炭素イオンを当てた場合、平均35~36ヶ所の変異が発生し、ガンマ線の場合はその倍の70ヶ所以上の変異が起きる。変異には、小規模なものと大規模なものがあり、小規模な変異には塩基置換や欠失、挿入変異が含まれ、大規模な変異には逆位や転座などがある。ガンマ線では塩基置換が多いが、炭素イオンビームは、欠失、挿入変異や大規模な変異を引き起こしやすく、多様な遺伝子に影響を与える。つまりイオンビームは少ない変異数で多様な遺伝的バリエーションを生み出すことができることが明らかになった。

イオンビームを用いた突然変異育種技術は日本が世界をリードしており、植物や微生物の品種改良に大きく貢献。あきたこまちRの誕生は、この技術の可能性を示す一例であり、今後も新しい品種の開発が期待される。イオンビーム技術は、農業の未来を切り拓く重要なツールとなり、安全で多様な食物の供給に寄与することだろう。

 

編集

AGRI FACT編集部

 

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