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第17回 人を傷つけないオーガニック2022【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

都内でのオーガニック関係のイベントに講演者として招かれた間宮さん。
コロナ禍を受けてSNS以外での情報発信の必要性を感じていたタイミングでもありました。
来場者の反応に一抹の不安を覚えつつも、「種苗法」と「みどりの食料システム戦略」の2つのテーマを語りかけるのでした。


年明け早々の1月4日、東京・吉祥寺で「タネトの学校 INキチム」というイベントに登壇した。

主催は、長崎県雲仙市を拠点にオーガニック直売所や料理教室を展開するオーガニックベースさん。ここ10年ほどは特に、在来種など地域の伝統品種の保存や自家採種に取り組む生産者の応援に力を入れてきた。

都内でイベントを企画するのは久しぶりとのことだったが、蓋を開けてみれば数日のうちに満員御礼。

幅広い年代の方が参加しており、またオンラインでの配信にはさらに多くの申し込みがあったという。

在来種、脱プラスチックなど様々なトピックを詰め込んだ全6コマの「学校」のうち、僕の担当は「種苗法」「みどりの食料システム戦略」の2コマ。

当初は「お正月だし、ライトな感じで喋ればいいっすよね」などと言いながら気軽に引き受けたものの、参加者から届く期待の声や熱量に押されて、結局は正月返上で真剣に準備に臨むことになった。

いつのまにかのアウェー感

おそらくほぼ全ての参加者が、「オーガニック」「自然栽培」「在来種」などのキーワードに、前向きな高い関心を持っている。

そのようなイベントは元々、十八番のはずだった。

だが今回は当日が近づくにつれて、むしろ自分のような者は場違いではないか、共演者たちのまっすぐなパッションに水を差してしまわないか、と悩み始めた。

ほんの数年で、自分でも気づかないうちに「アウェー感」が育っていたのだ。

種苗法というデリケートなテーマを扱うことも大きい。

「有機農業や在来種の保全に賛同しているが、種苗法改正には反対ではない」という態度は、一部のオーガニックコミュニティからは理解し難い矛盾と受け止められてしまう。

そのような人々の世界観においては、種苗法改正は有機農業や在来種を潰すための陰謀と位置付けられているからだ。

その結果、「間宮は逆張りをして目立とうとしている」「なんらかの利権を狙っている」などの心ない言葉を投げられたこともある。

インフォデミックの傷を癒す

より環境負荷の低い農業が広まり、生物多様性が保全され、生産者の尊厳が守られ、地域コミュニティの持続可能性が高まった社会……を願えばこそ、有機農業や無農薬を記号的に「絶対善」と単純化して疑わないオーガニックコミュニティから、あえて距離を置く選択をした。

そのことは、本コラム等を通じて、自分なりに丁寧に発信してきたつもりではいるが、いかんせん筆力も影響力も圧倒的に足りない。

結局、本当に伝えたい相手には伝わっていないのではないか、というジレンマを常に抱えてきた。

それでも登壇を決めた理由のひとつは、2020年当時過熱していた種苗法改正反対論に、孤立覚悟で「それはおかしい」と声を上げた際に、オーガニックベースの奥津さんご夫妻が冷静に耳を傾けてくれたこと。

もうひとつは、ウェブではないリアルの場で言葉を届ける必要性を、痛感していたタイミングだったことだ。

前回も触れたように、この2年間、コロナ禍を通じて僕たちが置かれた「インフォデミック」とも呼ばれる閉ざされた情報環境は、歴史的にもかなり特殊で過酷なものだったと思う。

様々なデマや流言がブーストされ、先鋭化し、社会が深い傷を負った。

それらの傷を少しでも癒して乗り越えていけるような場をSNSの外側に再度つくっていかなくてはいけない。

コミュニティの内側で交わされる心地よい紋切り型の共通言語(オーガニックだから安全・安心、的なもの)から、背を向けてきた今の自分の言葉が果たして来場者に届くのか、不安は大きかったが、奥津さんの用意してくれた場であれば、切り口を工夫して挑んでみる価値はあると考えた。

1コマ目:種苗法

種苗法のトークでは冒頭、竹下大学さんの著書『日本の品種はすごい』から引用し、「人類の繁栄を目的として、大掛かりな植物の品種改良に取り組んだ歴史上初の人物」とされるルーサー・バーバンク氏の功績を、エジソンとの親交のエピソードも交えて紹介。

賛成か反対かの二項対立に足元をすくわれないためにも、現代種苗法のベースとなる「新品種への知的財産権」という概念の成り立ちから話をスタートすることで、そもそもの種苗法の捉え方と、改正における論点をより直感的に理解する、助けになる内容を目指した。

とはいえ、わずか30分間のトークだったので、来場者の関心がその後も持続するよう、様々な角度から種について学べる書籍を最後に数冊、紹介するかたちで終えた。

ちなみに、ルーサー・バーバンク氏はハンバーガーチェーンなどで提供されているフライドポテトの原料品種「ラセット・バーバンク」のルーツとなる「バーバンクポテト」を育種した人物としても有名。

2コマ目:みどりの食料システム戦略

こちらはまず農水省の資料を引用し、世界と日本の有機農業の現状を紹介。

ただし、世界(特に欧州)と日本でどれだけ有機農業の諸条件が異なるかについても触れ、数値上の単純比較は全く適切ではないという前提をセットで共有。

その上で、「みどり戦略」が掲げる「2050年までに有機農業面積を現状の0.5% から25%にまで増やす」という目標の解説と、それに対するメディアや農業現場からの手厳しい反応をいくつか紹介した。

最後に個人的なメッセージとして、オーガニックに関心の高い来場者に対してあえて「私たちのゴールは本当に有機農業25%なのか?」という問題提起をおこなった。

本来手段であるはずの有機農業が、一部のコミュニティで自己目的化し、農業現場の認識と乖離したかたちで過度な慣行農業批判が展開されてしまっている現状がある。

手段と目的が転倒していないか。

そのことへの批判的応答も込めるかたちで、本当に有機農業の理念や理想が広まった社会をイメージするのなら「99.5%の側(慣行農業)を味方につけるコミュニケーション」こそ課題解決への最短距離ではないか? と問いかけて、締めくくった。

真剣な球を投げられる場

当日は会場の熱気と、来場者の真剣な眼差しに、背筋が伸びる思いだった。

短い時間で話せることはごく限られていたが、終わってみれば来場者からも共演者からも、多くの好評の声をいただいた。

主催の奥津さんのリードで会が進行し、来場者から主催者への信頼感というフィルターを通して、ポジティブな雰囲気のなかで話すことができたのも大きかった。

種苗法に関しても、少なくとも直接来場者から異論を投げかけられることはなかった。

ある自然食品店の経営者という方からは「印鑰智哉氏や山田正彦氏の強い反対論を聞くとつい不安な方向に引っ張られてしまうが、今日ほど中立的で聞きやすい話はなかった」とまで言って頂いた。

こちらが真剣な球を投げた分だけ、ちゃんと受け止めてもらえる場だった。

必要なのは「普通の言葉」

オーガニックに関心を持つ人々の善意・やさしさを否定することなく、なおかつ誤った道に迷い込まないための「議論の前提」を整備すること。

そして、それを必要としている人のもとにいち早く届けること。

前者に関してはAGRI FACTの記事をはじめ、僕よりはるかに知識も現場経験も豊富な方々が発信されている情報がすでに多く存在している。

だが後者に関しては、まだ社会に圧倒的に足りていない。

農業に関してSNSで声を荒げて危険や不安を煽るインフルエンサーや、それに同調して拡散を担うコミュニティの人々よりも、おそらく実際には、漠然とした「わからない」を抱えている人の数の方が圧倒的に多い。

そんな人たちの心に届くのは、感情をいたずらに刺激したり、劇的な変化や解決をうたうことのない、もっと普通の、淡々としたおだやかな言葉ではないだろうか。

ただ、そういう言葉はネットと相性が悪く、埋没しやすい。

同じ空間と時間を共有するからこそ伝わるものもある、とあらためて思い出させてくれた、あの日キチムに集ってくださった方々と、場を与えてくれた奥津さん、共演者やスタッフの皆さんに感謝します。

※イベントで紹介した書籍のリスト

日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語
種子が消えれば、あなたも消える ――共有か独占か
奪われる種子・守られる種子―食料・農業を支える生物多様性の未来―
伝統野菜をつくった人々 「種子屋」の近代史
種から種へ 命つながるお野菜の一生
有機農業で変わる食と暮らし ヨーロッパの現場から
図解でよくわかる 農薬のきほん 農薬の選び方・使い方から、安全性、種類、流通まで
八百森のエリー

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】記事一覧

筆者

間宮俊賢

 

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