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Vol.28 生命の危機と隣り合わせの「塩信仰」【不思議食品・観察記】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。驚くべき言説で広まる不思議食品の数々をウォッチし続けている山田ノジルさんが今回注目するのは「塩信仰」です。塩は人の生命活動に欠かせない食品であるがゆえに健康業界界隈の関心が髙く、崇める対象ともなって様々な論争のタネになってきたそう。しかし忘れてならないのは化学物質(天然のものも人工のものも、全てが化学物質です)は量によって毒にも薬にもなるという基本原理。塩も例外ではありません。

塩でミラクル!? を信じる人たち

ある日「お好きそうだから!」とお土産に頂戴したのは、ちょっとよさそうな雰囲気の「塩」でした。雪塩とかトマト塩とか紅イモ塩とか。ご当地色を出した塩はとてもポピュラーで、ばらまき土産としても便利なので、自分自身もよく買うアイテムです。

ところが、これはどうも毛色が違います。私が「お好きそう」なポイントは、その塩がうたう「効果効能」。同封のパンフレットはまるで、怪しげな健康食品のアレなので、送り主もピンと来たのでしょう。塩のパンフレットには、こんな体験談が掲載されていました。

「少量口にすると、骨盤が整い、足の長さがそろってきました」

おいおいおい。それ、ほんとに塩なのか!?

ちなみにこれは、特別な塩にハーブや生薬をブレンドした「細胞に働きかけ心身を整える塩」とのこと。この塩を売っている店では「開運する珈琲」なるものもあり、全体的に不思議度高めなので、ミラクルを疑問なく受け入れる世界なのでしょうけど。

塩はヒトの生命活動に欠かせないミネラルであり、それゆえ歴史・文化・政治とも深く関わってきた、重要な食品です。それゆえ幅広い層の関心を集め、昔から同じような論争が生まれては消え……の繰り返しです。

当連載の過去記事「Vol.14 食品添加物、精製塩、昆虫食は悪!? 「アンチ●●」まとめその2」でも、精製塩が「塩化ナトリウム」だと嫌われる事例をご紹介しましたが(そもそも「塩化ナトリウムが含まれていない塩」って塩なのか?)、それとセットになっている「自然塩信仰」が見どころです。

この謎の薬膳ソルトは、塩だけのパワーによってこうした効果が生まれていると説明しているわけではありませんが、自然塩信仰の延長線上にあるのは間違いないでしょう。

巷に広がる、自然塩への絶大な信頼

ここ数年のSNSでは、「自然塩ならいくら食べても大丈夫」なる、ヤバい煽りが目立っていました。耳タコ級に、今でもこんなお説が出回っています。

  • 「減塩で健康」は嘘。
  • 減らすべき塩は「精製された塩」だけ。
  • ミネラルを豊富に含む、昔ながらの製法で作られた「自然塩」はとればとるほど健康になる!

世界には、どうかしている減塩療法もあったようで(例えばライス食療法。ご興味ある方は、『さらば健康食神話 フードファディズムの罠』アラン・レヴィノヴィッツ著、ナカイサヤカ訳/地人書館の第5章「塩の罪」ご参照)、減塩=健康ってのも疑わしい面は確かにあるようですが、しかし何事も程度の問題です。「いくらでもとっていい」「積極的にとろう」と煽っていい話ではありません。塩には「致死量」がありますので。

ことに子どもは、要注意。記憶に新しいのは、2015年8月に起こった事件。盛岡市の認可外保育施設で当時1歳の子どもが「食塩中毒」によって死亡しました。保育士がよかれと思って、飲料に塩を加えたのです。これはあらゆる化学物質に共通する量の問題であり、精製塩だろうが自然塩だろうが関係ありません。

なのにネットでは「離乳食は良質な塩を使って濃い味で」なんてアドバイスもあり、怖すぎぃ!

さらに量の話だけでなく、奇妙な効果効能をうたう発信も簡単に見つかります。

助産師を名乗る人物の公式サイトでは、「とある塩会社の社長に聞いた大切な話」として、こんな塩トークが紹介されていました。

  • 妊婦には、ミネラル含有量の多い塩が重要。羊水を完全にし、頭脳明晰で健康な赤ちゃんを出産するためになくてはならないもの。
  • ミネラルが女性の妊娠力、出産力、育児力を上げる。
  • ミネラルの足りている妊婦から生まれた赤ちゃんは、生命力に溢れる。
  • LGBT(性の多様化)が増えているのもミネラル不足が関わっている。胎児期に、母体から必要なホルモン譲受ができなかったのは妊婦のミネラル不足がひとつの要因。

一般に、妊婦は妊娠高血圧症候群予防のため、塩分控えめにするのが世の常識なのですが……。とあるスポーツ関係者のHPでは雪塩を手に「塩は摂れば摂るほど健康になります!」なんて説明をしているものもありました。そうそう、「ワクチンのデトックスに、塩」も定番ですよね。

さらにInstagramの魔界へ行けば、この手の世界は無限に広がっています。

「健康でナチュラルに~」的なアカウントは、「自然塩の殺菌効果で虫歯予防」「免疫力が高まるから花粉症予防効果も!」と語っています。「食で子どもの未来を作ろう!」なる胡散臭いアカウント曰く、「減塩しすぎると、子どもでもがんの危険性が上がります」ですって。

ネットの海は、地獄だなあ。冒頭の塩は「少量を」と書いてある分、相当に良心的な範疇だと思うほどに。

塩も量によっては毒になる!

大事なことなので、もう一度言いましょう。塩のデマは、命に関わります。健康情報で塩と同じくらい重要視される「水」に関しては、ぶっちゃけお好きにすればいいと思います。水素水だろうがシリカ水だろうが、セレブに選ばれるミネラルウォーターだろうが、予算の範囲内でたっぷり飲めばいいでしょう(度が過ぎれば水中毒はあるけれど)。かつて伊藤園も、いかにも健康によさそうな「水素水」を販売していましたが、「水分補給の選択肢のひとつ」と言い切っていましたしね。

素材由来の塩分もありますから、「あすけん」でもなんでも使って、適度な量にとどめましょう。なお、塩を三角に盛ったり風呂に入れたりする楽しみ方は、文化としてアリでしょう。家を傷めない程度に、お好きにどうぞ。

 

【不思議食品・観察記&沼物語】記事一覧

 

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