会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています

第11回 「日本の食が危ない!」は正しいのか?『論点5 遺伝子組換え食品への表示変更はアメリカの圧力か?』【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】

特集

アメリカはそんなに強いのか?

鈴木氏はアメリカにいじめられた経験があるのか、かなりの反米主義者だ。逆に、私はアメリカに交渉で負けた思い出はない。ウルグアイ・ラウンド交渉の際は、それほど高い地位にはいなかったが、日本の主張をアメリカに十分認めさせたのではないかと思っている。

私が事実上の首席交渉官としてアメリカと対峙したのは、2001年から2002年にかけての2度にわたるAPEC(アジア太平洋経済協力)の貿易大臣会合だった。“事実上の”と言ったのは、上司もいたが、私が独りでアメリカと交渉したからである。2001年のとき、アメリカが貿易大臣会合の最大のイッシューとして取り上げてきたのは、ある農業の貿易問題だった。同行した外務省経済局長(後に駐米大使)が、「この問題は最後までもつれるので、そのときは私の出番だ」と意気込んでいたが、私のレベルでアメリカ、オーストラリアなどとの交渉を日本に有利な内容でまとめてしまった。彼の出番は作れなかった。

2002年の貿易大臣会合では、アメリカは、EUの遺伝子組換え食品の表示規制が厳しすぎてEUに輸出できないので、APECの貿易大臣全員でこれをやめさせるようEUに申し入れるべきだと提案してきた。これが貿易大臣会合の最大のイッシューだった。当時アメリカでは表示規制なし、日本の規制はEUほど厳しくはないというものだった。日本はEUを攻撃すると次に日本を攻撃してくるだろうと考え、この提案に反対しようと考えた。

私は、APECが一対一の交渉となる二国間ではなく、多数国間交渉の場であることに着目した。日本に賛同する仲間を作れば、アメリカに対抗できる。そこで、APEC加盟国の表示規制を調べたところ、オーストラリア、ニュージーランドが日本と同様の規制を行っていることを見つけた。この両国の代表に会って日本を支持するよう要請し、支持をとりつけた。

こうしてアメリカを孤立させ、その提案を葬った。貿易大臣会合に出席するため、アメリカの通商代表がはるばるタイに到着したときには、アメリカの提案は交渉のテーブルからなくなっていた。後に世界銀行総裁になったこの通商代表は、貿易大臣会合で「ある国のせいでアメリカの要求が認められなかった」と、あたり散らした。

2年続けて私に同行した部下から「山下参事官は、なぜいつも勝つのですか」と、不思議そうに言われた。日本も負ける交渉ばかりしているのではない。

消費者の不安と遺伝子組換え農産物の実際

遺伝子組換えの農産物・食品やゲノム編集食品については、遺伝子を操作して新しい農産物や食品を供給することに、消費者は不安を感じる。しかし、どの国も安全性が確認された遺伝子組換え食品しか流通を認めていない。各国で規制が異なるのは、安全だとして流通を認めた遺伝子組換え食品について、どのような表示を義務付けるかどうかである。アメリカと自由貿易協定を結んでも、危険な食品を食べさせられることはない。

アメリカでも、家畜の飼料に使われるトウモロコシや大豆には遺伝子組換え農産物を開発してきたが、主として人間の食用に使用される小麦や米については遺伝子組換えの活用は控えめである。消費者のアレルギーが強い中で、法的には可能でも、日本の生産者が遺伝子組換え農作物を作付けするとは思えない。

実際には日本の消費者は遺伝子組換え農作物を大量に摂取している。エサ用として遺伝子組換えトウモロコシが15百万トン、食用油用として遺伝子組換え大豆3百万トン、遺伝子組換え菜種2百万トンが、輸入されている。豆腐と違い、加工度が高い油になると、DNAが残らないので、遺伝子組換え大豆使用という表示が要求されないから、我々は気づかないだけだ。

遺伝子組換えやゲノム編集の食品に対する日米欧の表示規制

最近までアメリカは、安全性さえ確認されれば、遺伝子組換え食品と非遺伝子組換え食品の機能は“実質的に同等”なので、表示規制は全く不要だという立場だった。日本は、豆腐、納豆など遺伝子組換え大豆のDNAやたんぱく質が残存して検出される食品についてのみ、遺伝子組換え農産物を使用したという表示を義務付けている。遺伝子組換え農産物が重量比で5%以下であれば遺伝子組換え農産物使用の表示義務はなく、また「遺伝子組換えでない」「非遺伝子組換え」等の表示を任意で行うことは可能だった。

これに対してEUでは、豆腐などの製品だけではなく、しょう油や大豆油など、DNAなどが残存せず、したがって検出できない製品についても、0.9%以上遺伝子組換え農産物が含まれていれば、遺伝子組換え食品だという表示を要求している。食品からDNA等が検出できない以上、製品を調べただけでは表示が正しいかどうか検証できないので、遺伝子組換え農産物とそうでない農産物について、すべての流通段階で、倉庫や帳簿の上で、厳格に分別・区分けする(分別生産流通管理)ことを義務付けるしかない。これには高いコストがかかるので、事実上遺伝子組換え農産物は流通から排除される。アメリカがAPECで問題にしたのはこのためだ。

遺伝子組換え食品の国別表示規制

ところが、アメリカでも、遺伝子組換え食品に対する警戒が高まってきたことを背景に、2016年に遺伝子組換え食品等について情報公開を求める法律(通称”Bioengineered Food Disclosure Law”)を制定した。この法律に基づき、分析における検出可能性を考慮して、油などの高度精製品は情報開示の対象から除外することとし、許容される混入割合として重量比5%以下を採用した。TPP交渉の参加を巡って、日本はアメリカと同じ規制を強制されるという主張があった。しかし、アメリカが日本と同じ規制を採用したのだ。

2018年に日本は、以上の基本的な仕組みを維持したうえで、消費者団体の要請を入れ、特に任意表示を厳格化した。義務的表示については、分別生産流通管理をした遺伝子組換え食品を原材料とするときは「遺伝子組換え」と、分別管理していない場合には「遺伝子組換え不分別」という表示が義務付けられる。

問題は任意表示だ。これについては、分別生産流通管理をして、意図せざる混入を5%以下に抑えている大豆ととうもろこし等については、適切に分別生産流通管理された旨の表示を可能とするが、意図せざる混入がゼロでない限り、「遺伝子組換えでない」等の表示を認めないこととした。

この表示をしようとすると、全ての粒でDNA検査をするしかない。アメリカから非遺伝子組換え大豆を輸入する際、船の倉庫に前回輸送した遺伝子組換え大豆の粒がわずかでも残っていたら、「遺伝子組換えでない」という表示はできなくなる。このため、事実上遺伝子組換え大豆を生産しない国産大豆しか、この表示はできなくなる。任意表示の規制は、2023年4月から施行される。

流通を認めた遺伝子組換え食品自体は安全と判断されているのに、表示規制をここまで厳格化することにどれだけのメリットがあるのか疑問だ。農業と同じく食品の安全などについても一部の消費者代表の意見が反映されやすくなっている。

鈴木氏は、伝聞に基づいて、この規制変更はアメリカに強制されたものだというが、そうだろうか?

日本はアメリカからも非遺伝子組換え大豆を輸入して納豆などを作っている。アメリカの船の中に一粒でも遺伝子組換え大豆が残っていたら、「遺伝子組換えでない」という表示はできなくなる。日本では、遺伝子組換え大豆の生産はないから、日本の産地から工場に輸送する過程で遺伝子組換え大豆が混入する恐れは少ない。これは日本産に有利な改正である。アメリカが要求する利益があるとは思えない。

ゲノム編集された食品の規制についても、各国とも従来の遺伝子組換え食品と同様の考え方に立っている。EU(欧州司法裁判所の判断による)は、ゲノム編集された食品も遺伝子組換え食品と同様、全てについて表示が必要だとしている。

EUは食品や農産物が作られる過程・プロセスに応じて規制しようとする。これに対して、日本やアメリカは、プロセスではなく、作られたモノに着目して規制すべきだとする考えだ。

2019年3月、厚生労働省の専門部会は、ゲノム編集技術を使って品種改良された農水産物の多くで、安全性の審査を求めず、国に届け出するだけで食品として販売してよいとする報告書をまとめた。これも遺伝子組換え食品の規制の延長線上にある。つまり、ゲノム編集でも遺伝子組換え食品のように他の生物の遺伝子を挿入するような場合には、安全性の評価を行い、流通させるかどうかを判断するが、そうではない多くのゲノム編集された食品については、自然界のものと異ならないので、安全性の評価は不要となり、開発した企業などに届け出だけで流通させてよいとしたものだ。届け出は任意で、違反しても罰則はない。表示の規制についても、消費者庁は2019年9月、遺伝子組換え食品と同様、他の生物の遺伝子が食品中に残存しない限り、表示の規制は不要であるという判断を行った。

ゲノム編集でグローバル企業が利益を得るのか?

遺伝子組換え農産物を開発したのは、少数の大企業だ。細胞に他の遺伝子を送り込む際にゲノムのどこに入り込むかがわからないため、多数の中から良い位置に入り込んだものだけを採用するので、これに多大なコストが必要となると言われる。また、食としての安全性の確認や環境影響評価にもコストがかかる。

これに対して、ゲノム編集を応用しようとしているのは、小さな企業や大学の研究者たちだ。大きなコストをかける必要がないので容易に活用できるからである。鈴木氏は、「ゲノム編集作物の多くはグローバル種子・農薬企業が特許を持ち、彼らに莫大な利益が入る仕組みになっている」という。しかし、開発者の多くが中小の事業者であるし、彼らが開発した特許を譲渡しない限り、このようなことはあり得ない。

ゲノム編集で生産された農産物や食品は、安全性を重視するようになってきた日本やEUなどの消費者には受け入れられないかもしれない。しかし、未だに量の不安を抱えている途上国の食料安全保障に貢献する。日本はゲノム編集で単収が向上した米を途上国に輸出することも検討すべきだ。また、日本のような国でも健康や生命身体の維持に役立つ高機能ゲノム編集食品は受け入れられるだろう。現在糖尿病治療に使われているインスリンは遺伝子組換え技術を活用したものだ。

【最終回へ続く】

 

【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧

筆者

山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

続きはこちらからも読めます

※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載

  会員を募集しています 会員を募集しています

関連記事

検索

Facebook

ランキング(月間)

  1. 1

    第50回 有機農業と排外主義①【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

  2. 2

    日本の農薬使用に関して言われていることの嘘 – 本当に日本の農産物が農薬まみれか徹底検証する

  3. 3

    【特別セミナー】グリホサート評価を巡るIARC(国連・国際がん研究機関)の不正問題  ~ジャンク研究と科学的誤報への対処法~

  4. 4

    【誤り】検証内容「豚のへその緒に(ラウンドアップの主成分グリホサートが)蓄積するということは、人間にも起こりうることを意味する。もし妊娠している女性が摂取すれば、へその緒を介して胎児にも深刻な影響を与えかねない」山田正彦氏(元農水大臣)

  5. 5

    VOL.22 マルチ食品の「ミネラル豚汁」が被災地にやって来た!【不思議食品・観察記】

提携サイト

くらしとバイオプラザ21
食の安全と安心を科学する会
FSIN

TOP
CLOSE