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第10回 誰がなぜ陰謀論を拡散しているのか 後編【IARCに食の安全を委ねてはいけない】

特集

多くの科学者は多国籍企業に従属し、多国籍企業は利益のみを追求する。産業界が資金を提供する研究は偏ったものである。人々は食物、水、環境中の微量汚染物質によって毒されている。遺伝子操作された作物は、食物連鎖や人間の集団に危険な病原体を持ち込む可能性がある……。これらIARCの発がんリスク評価と関連する陰謀論拡散のメカニズムに迫る。

IARC評価の太鼓判という罪

IARC(国際がん研究機関)が、除草剤ラウンドアップの有効成分グリホサートの安全性について、世界各国の規制機関と異なる見解を示すのはなぜなのか。

ラウンドアップ製品は1974年から農薬として販売されているが、1996年に「ラウンドアップ(除草剤)耐性」の遺伝子組み換え作物(GMO)「ラウンドアップレディー」が発売されて以来、その使用量は世界で約15倍に増加した。その結果、除草剤の使用とGMOのセットは栽培体系に組み込まれ、遺伝子組み換え作物をめぐる問題を議論するうえで、切っても切れない関係になっている。

参考

実際、グリホサートの発がん性をめぐっては1996年を境に、農業バイオテクノロジーに反対する団体の強力な連合体が参入してきた。これらの団体は、反遺伝子組み換え、反農薬、反大企業であり、代わりに自然農法や有機食品を支持している。有機消費者協会が出資するUSRTK(US Right to Know)は有機農業を擁護する一方で、遺伝子操作やワクチンには反対している。USRTKやGM Watch、Environmental Working Group、Greenpeaceなどのグループは、遺伝子操作による作物のメリット、例えば干ばつへの耐性向上、害虫への耐性強化、ゴールデンライスのような栄養価の向上などを証明する膨大な証拠を無視している。そして現在、遺伝子組み換え作物の価値を高める低毒性農薬もまた、十字架を背負わされているのだ。これらのグループにとって、IARCは産業界と妥協せず腐敗していない唯一の機関なのである。

反GM農業団体は、現代農業を擁護してIARCを批判するジャーナリスト、科学者、農業専門家を、「誤った情報を流し、リスクの証拠を無視し、利益相反に陥っている」などと批判し、ウェブサイトやSNSで全面的に攻撃するキャンペーンを展開している。

これらのグループは、動植物の遺伝子操作や農薬には重大なリスクがあると主張し、それに反対する者はすべて農薬企業やそのフロント組織と関係があると決めつける傾向がある。彼らは、そのリスクや隠蔽体質に関する確たる証拠を示す必要はなく、科学的に確かな研究と疑わしい研究とを区別する必要もない。必要なのは、彼らが取り上げた人物が「企業とそのPR会社、そして企業の利益を促進する『独立系』とされる学者との間の秘密の金銭的取り決めと密接な協力関係にある腐敗したネットワークの一部である」と根拠のない陰謀論を主張することだけだ。

活動家が拡散する4つの陰謀

さらに、アメリカとヨーロッパの両方の活動家は、グリホサートの禁止措置を取るようEUの官僚や政治家に働きかけている。USRTKのスポークスマンは、禁止措置を支持するために欧州議会で証言まで行った。EUは規制の枠組みの一部として「予防原則」を明文化しているため、近代農法に反対する活動家にとって格好の餌食となっている。

2017年の欧州委員会の文書で説明されているように、予防原則は、”裏付けとなる証拠が不完全または推測的で、規制の経済コストが高くても、規制介入が正当化される場合がある “ことを認める非常に危うい規制の枠組みだ。IARCは、グリホサートを発がん性物質と断定することで、USRTKのようなグループが発売元のバイエルに反対し、グリホサート禁止を支持するキャンペーンを展開するのに必要な「権威ある根拠」を提供してしまった。

より広い意味では、IARCの欠陥的な評価は、グリホサートのような化学物質の曝露に関して一般世論に影響を与えうる、強力で偏った信念や科学的根拠の乏しい偏見の科学的信頼性を高める結果をもたらした。その結果、発がんの原因について現在まで解明されている最新の知見の多くは無視され、環境中の微量残留物だけに人々の注意を向けさせることに成功している。

科学者の数十年にわたる研究成果から、私は活動家らが拡散している少なくとも4つのミームを特定した。

  •  多くの科学者は多国籍企業に従属している。多国籍企業は先天的に不誠実で、利益のみを追求する。
  •  産業界が資金を提供する研究は偏ったものであり、割り引かなければならない。一方、支援団体、政府機関、大学が資金を提供する研究は偏ったものではなく、信頼できるものである。
  •  人々は食物、水、環境中の微量汚染物質によって毒されており、この汚染は多くの病気の原因となっている。
  •  遺伝子操作された作物は、食物連鎖や人間の集団に危険な病原体を持ち込む可能性がある。

グリホサートの場合、40年以上にわたる科学的な安全性の証明は一貫しており、業界系の科学者だけでなく、農業専門家や毒性学者、農薬使用に精通した規制当局者など独立した科学者からも支持されている。さらに世界中の規制機関が同意していることからも明らかなように、この化学物質が安全なのは確かである。

では、なぜ法廷での、あるいは政府に対するグリホサート攻撃が功を奏しているのだろうか。もちろん、私が述べたミームが拡散されることにより、遺伝子組み換え作物や農薬に懐疑的な擁護団体、その他の人々がグリホサートの安全性を証明する一連の科学を無視し、IARC評価だけに依拠することもその一因だろう。

科学者の科学離れ

しかし、より興味深く、難しい問題は、なぜ相当数の科学者がIARCの評価を支持しているように見えるのか、ということだ。実際、96人の科学者が署名した健康・食品安全担当欧州委員会への書簡(2015年11月)は、グリホサートに発がん性がないとする欧州食品安全機関(EFSA)の判断を攻撃し、2015年3月のIARCのグループ2A分類を支持するものであった。

しかし、EFSAの責任者は演説で、「作業に貢献していない人、もっとも証拠を見ていない人、詳細に調べる時間がない人、プロセスに参加していない人が、(グリホサート禁止への)支持の手紙に署名した」と異なる視点を示した。これは残念ながら、科学者が科学の領域を離れ、ロビー活動やキャンペーンの領域に入っていることを窺わせるものだ。

あるテーマについて専門知識を持たない科学者が、このような手紙を通じて意見を述べることは理解できる。科学者も人間だからだ。

ただ、私の考えでは、リスク評価に対する極端な予防的アプローチが、最近のIARCのヒト発がん性物質特定プログラムおよびIARC関連の疫学者の行動の根底にあり、彼らはしばしば、発がんリスクを指摘していると思われる証拠を重視するように思う。

また、公衆の関心事であるリスクについて公に指摘することは、影響力拡大とキャリアアップの源として無視できない。そのため科学者は、その問題に対する政治的あるいは職業的な利害関係から、他の質の高い研究を無視する一方で、関連性を示すと称する特定の研究を特に信頼性が高いと判断して注目することがある。例えば、モンサント社のある訴訟で原告側の証言を行った専門家は、グリホサートへの曝露が非ホジキンリンパ腫のリスク増加と関連している証拠として、粗い症例対照研究を引用したが、一方で農業健康調査(AHS)の質の高い所見は無視した。

科学誌に最近掲載された論文では、5つの小規模ケースコントロール研究とはるかに大規模なAHSを組み合わせてメタ解析を行い、AHSから5つのリスク推定値のうち最も高いものだけを選択して、グリホサートへの曝露により非ホジキンリンパ腫のリスクが41%増加すると主張している。もし、他の推定値も含めていれば、リスクの増加はなかった。こうしたエビデンスの選択的アプローチの例は、他にも数多くあるだろう。

科学的な議論を避け問題をすり替えている

長年にわたり、IARCは物理的、化学的、生物学的作用物質の発がん性に関する独立した科学的権威の代弁者として自らを位置づけてきた。IARCの特定の評価が資格を有する科学者から疑問や批判を受けた場合、IARCの既定の対応は、特定の批判に対処したり、証拠の是非について議論したりするのではなく、その特権的な立場と権威を主張することである。

さらに、IARCとその擁護者たちは、いかなる批判も「利益相反と産業界への従属が動機となっているに違いない」と典型的に主張する。例えば、2015年に科学誌に掲載された「IARCモノグラフ」と題された論文もしかり。また「40 Years of Evaluating Carcinogenic Hazards to Humans」と題された124人の著者による署名記事は、「IARCの批判者には悪徳な動機がある」とほのめかして、公開討論に勝とうとしたものである。しかし、この記事は批判者が提起した正当な具体的な指摘には一切答えていない。

このように、分類の根拠について議論することを拒否するパターンは、10年以上前にさかのぼる。グリホサート問題を取り上げたIARC支持者の最新の出版物では、著者はIARCの使命に対する良心的なアプローチを再び繰り返し、モンサントの疑わしい行動の疑いに焦点を当て、IARCの批判者には利益相反があるとほのめかしている。しかし、彼らは証拠を議論することを避け続け、他のすべての規制機関がグリホサートは安全で非発癌性であることを発見したという事実を無視する。また、グリホサート評価の発表直後にポワティエ氏が訴訟コンサルタントとなったことを認める以外は、グリホサート報告書に関わるその他の不正を一切認めない。

科学界におけるIARCの支持者たちは、公衆衛生を守ろうとする無私の科学者たちが、従順な科学者や政治家に助けられた強力な企業と対立しているという構図を一貫して描いている。このような図式は、科学的証拠の是非を議論する余地を与えない。IARCや「科学」「公衆衛生」に賛成なのか、それとも企業が利益を得るためなら人々が「がん」になっても構わないのか、公衆衛生を侵害しても構わないと考えているのか、そのどちらかだろうと迫られる。中間はないのだ。

IARCの戦略は、本来は科学と証拠に関する議論を、誰もが反対しようのない道徳的・政治的問題の議論にすり替えることなのだ。

科学のFacebook時代

IARCの発がんリスクをめぐる現在の状況は、ノーベル賞を受賞した行動心理学者ダニエル・カーネマンが言うところの「アベイラビリティ・カスケード……比較的小さな出来事に関するメディアの報道から始まり、人々のパニックや政府の大規模な行動へとつながる自己維持的な連鎖」の状況である。このサイクルは、「『アベイラビリティ・アントレプレナー(利用可能性の起業家)』、つまり、心配なニュースが継続的に流れるように働きかける個人や組織によって、意図的に加速されることもある」と彼は付け加えている。

つまり、メディアが注目されるような見出しをつけて競って報道するので、危険はますます誇張される。科学者やその他の人々が、科学的根拠に基づいて増大する恐怖と反感を抑えようとしてもほとんど注意を引かず、反応のほとんどは攻撃的である。

このような状況下では、IARCのグリホサート評価のような発がんリスクに肯定的な調査や評価は、一般の信念や恐怖を強化し、他の発がんリスクを明らかにしない否定的な調査や評価は正当なものとして受け入れられにくい。その結果、バイエル社(旧モンサント社)に対する訴訟が大量に発生し、その一つ一つが、希少で解明されていないがんを患う原告が強大な企業に立ち向かう道徳劇として演じられることになったのだ。

この場合、「アベイラビリティ・アントレプレナー」にはIARC自身と、科学者、擁護者、原告団、アジェンダを持つ非政府組織(そして有機食品産業や「グリーン」環境製品メーカーからの資金提供など、彼ら自身の一連の金銭的利害もあると言うべきだろう)が含まれている。彼らは集団で、自分たちの目的のために証拠を捏造する。

EFSAのBernhard Urlはこの現象を、「科学のFacebook時代」と呼んでいる。「科学的評価を行い、それをFacebookに投稿し、何人がそれを “いいね “したか数えます。EFSAにとって、このような方法はあり得ません。私たちは科学的な意見を出し、それを支持しますが、それが、いいね!と言われるかどうかを考慮することはできません」。

グリホサート論争は、Facebook科学の最も顕著な例かもしれないが、ここで働いているのと同じ要因が、携帯電話の放射線、いわゆる環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)、食事の数々の側面、化粧品のタルク、GMO、ワクチン、原子力、気候変動など、多くの分野で働いていることは驚くにはあたらない。

リスクと環境に関する複雑な問題は、不確実性、価値観、利害関係、そして専門家による証拠の見解の対立によって、入り込めないほどの藪になっている。しかし、科学者やメディアはときには一般大衆の怒りの声に逆らってでも、明確な証拠の重みと常識があれば、何が正しいかを示す責任がある。グリホサートは農業と人類に恩恵をもたらしているのだから。

*この記事はGeoffrey Kabat(ACSHアドバイザー、がん疫学者、『Getting Risk Right』: Understanding the Science of Elusive Health Risks(リスクを正しく理解する:とらえどころのない健康リスクの科学の著者)、2019年11月21日公開https://www.acsh.org/news/2019/11/21/whos-afraid-roundup-14420をAGRI FACT編集部が翻訳編集した。

〜前編はこちら〜

〜第11回に続く〜

 

【長期特集 IARCに食の安全を委ねてはいけない】記事一覧

筆者

AGRIFACT編集部

 

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