寄付 問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
Vol.12 野菜農家が「食料自給率100%」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】
「食の安全を守る」論の一環としてしばしば目にするのが、「食料自給率の向上」「目指すは食料自給率100%」という主張です。なかには自給率100%であれば、万一の有事が発生しても国民が飢えることはないなどという識者もいます。「野菜農家のSITO.さんだって、国内の食料をすべて国内農業だけで賄うのが理想ですよね」。ひょっとしたら消費者の方はそう思うのかもしれません。わかりました。現役農家の一人として、食料自給率100%論をどう見ているのか正直にお話ししましょう。
カロリーベース自給率だけでいいの?
食料自給率は、食料供給に対する国内生産の割合を示す指標です。日本の最新の食料自給率は38%ですが、これは「カロリー(熱量)ベース」で算出されたもので、キャベツ・タマネギ農家の私からすればこの計算方法には違和感というか、不公平感を覚えてしまいます。国内農業の供給力が、経済的価値を示す「生産額」ではなく「カロリー」というものさしで測られ、評価されるのは果たして適切でしょうか?
農作物100gあたりの熱量(kcal)はコメ(精白米)が358kcalなのに対して、キャベツは23kcal、タマネギは37kcal。同じ重さで10〜15倍の熱量差があります。つまり、カロリーが高い穀物等の生産が盛んであればあるほどその国のカロリーベース自給率は上がりやすく、カロリーの低い蔬菜(そさい=草本作物の総称)類の生産はこの数値の上昇にあまり寄与できません。そのため、食料自給率における食の安全を担保しようとしたとき、蔬菜や果樹を作るより穀類や芋類、大豆等の高カロリーの農産物を作るべし、という主張が生まれてくると思うのです。
カロリーベース自給率を高めたいだけならば確かにそうなるのでしょうが、「38%」という数値を掲げて「日本の農業を、農家を守らねばならない!」と食の安全に言及するのはかなり強引でしょう。低カロリーの農産物を作る野菜農家は守られるどころか、食料自給率低下の戦犯として叩かれる存在になりかねないからです。
私たち農家は決してカロリーの高い農産物が良い、と考えて栽培品目を選択しているわけではありません。生業としての農業を行い、継続的な消費ニーズが見込め、生計を立てるのに適切な農作物を選んで栽培しています。現代日本の豊かな食文化を下支えしているのが多様な国産農産物であることは疑いようがなく、カロリーベースで自給率の向上を際限なく目指すことは、そうした多様な食の選択肢を狭めることになりかねません。
ですから、農作物によって差が大きいカロリーベースの自給率だけで食の安全を語るのではなく、日本の農業が生産者の経済的営為であることも踏まえてもらいたいのです。経済的価値を評価できる、私たち農家の一般的な「ものさし」である生産額ベースの自給率(63%)も考慮してほしいのです。この表現を嫌う方もいるでしょうが、国内農業の実力を測る世界標準のものさしは生産額ベースです。
食料自給率を上げるのは簡単
1965(昭和40)年度に73%を誇っていた食料自給率(カロリーベース)が直近で38%まで低下した要因には、「日本人の食生活が変化した」ことも考えられます。主食である米の一人当たり年間消費量は117.1kgから53.0kgと半分以下に減りました。ほぼ国内で自給できる米の消費が減ることは、食料自給率全体を低下させます。
反対に、牛肉(1.5kg→6.5kg)・豚肉(3.0kg→12.8kg)・鶏肉(1.9kg→13.9kg)等の畜産物は大幅に増加しました。畜産物は、輸入に依存している飼料の自給率(国産の飼料を食べて純粋に国内で生産された割合)を加味すると自給率がかなり低くなります。極端な話、肉類を食べるのを極力控え、米の食べる量を増やせば、カロリーベース自給率はかなり改善するでしょう。
消費者が自給率向上を第一に考えて肉食、野菜を控える穀物類中心の食生活にシフトするなら、国内農家も消費ニーズの変化に合わせて栽培品目をシフトさせると思います。豊かな日本の食生活は失われ、栄養バランスの偏った食事で子どもの発育は悪化し、平均寿命も縮むでしょう。戦後の日本と日本人が得てきたものはほぼほぼ失いますが、食料自給率は爆上げ! もちろん皮肉です。
少し視点を変えてみましょう。そもそも食料自給率100%は私たちが目指すべき目標なのでしょうか? まず日本の農地で全人口分の食料を生産することが、食料自給率100%達成の絶対条件です。現在の食生活では日本人1人を養うのに必要な耕地面積は0.14haと言われ、単純計算で全人口を養うには約1,750万haの農地が必要になります。
しかし、直近の日本の農地面積は435万haで、およそ3,100万人分しか生産できません。日本の農地面積が最大だった頃の600万haで考えても4,300万人分しか養えないのです。農地に適した平地が少ない日本でこれ以上の農地拡張は現実的ではなく、侵略戦争をして領土と農地を増やしでもしない限り物理的に不可能なのです。
「食の安全」は食料だけでは足りない
食の安全を考えるとき、単に食料自給率を100%にして国内で完結すれば良いのでしょうか? 農家としての答えはNOです。有事に備えて国内の食料自給“力”を底上げしておくことは重要ですが、国内完結型自給体制の確立で対処できる「有事」の種類は限られます。
国内完結型の場合、自然災害による不作に対応することができません。また、国際情勢の変化から輸入停止措置が取られた場合を考えても、停止されるのが食料だけとは限らないわけで、原油がなければ農業生産はもちろん現代生活そのものが成り立ちません。仮に食料その他を生産できても、全国津々浦々に届けることができないからです。地産地消的な有機農業ですら有機肥料の元はその多くが原油由来のため、現状では打開策になり得ないでしょう。
さらに世界人口は今後も大幅な増加が見込まれ、食料需要も増加します。これら世界の食料事情を勘案すると、多様な「有事」に備えて第一にエネルギー確保、次いで食料調達の方法を多元化しておくことが肝要だと思います。
有事の際、農家にカロリーの高いイモや穀類への作物転換を指示し、休耕地の耕作を求める法整備が農水省で検討されているという報道がありました。大義名分は分かりますが農家にとっての「稼ぐための農業」を、国民にとっての「生きるための農業」へと主語および目的を変える場合には、うわべの約束事だけではなく具体的な方策まで丹念に作り込み、現場の混乱がないようにしてほしいと切に願うばかりです。同時に農業以外の産業も発展させることで国民所得を上げつつ外貨を稼ぎ、海外からエネルギー、原材料、食料を買い負けたりすることなく確実に手に入れる力をしっかり増強することも、食の安全を担保する上で極めて重要だと思います。
筆者SITO.(露地野菜農家) |