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第7回 農家も育成者も「よい生産物」にはよい評価と対価を得たい【種苗法改正で日本農業はよくなる】

食と農のウワサ

岡山県岡山市で、ぶどうの個人育種家として品種改良を続ける林ぶどう研究所の林慎悟氏。作品配信サイト「note」で種苗法改正にまつわる議論について声を上げるほか、YouTube林ぶどう研究所のチャンネルを開設し、ゲストを招いて種苗法改正や育種という仕事の理解を深める活動をしている。今こそ育種家の率直な声に耳を傾けたい。

苗代は果実収入の1%にも満たない

20歳の頃から育種を始め、2014年に「マスカットジパング」という岡山県のみで栽培許可する品種を開発した。「新品種には多大な費用と労力がかかりますが、それを回収する仕組みが今はない」。民間の育種家(民間企業と個人育種家)によって開発された有名な品種であっても、私財を投じ苦しい状況において研究に携わっており、その状況は改善されていない。

とくに果樹は種苗の購入機会が非常に少ないため、厳しい状況に置かれている。苗木を1本購入すると、10~20年ほどは十分に収穫できるが、現行法では許諾なく農家は登録品種の自家増殖が可能なため、2本目からは無料で増殖し続けられる。たとえば、1本の苗木で年間200房のぶどうが収穫でき、1房の卸価格が1000円だとすると、1本の苗木代5000円を支払ったとしても、200万円(200房×10年×1000円)の収入となり、苗代が売上の1%にも満たない。育種家としては、現在の仕組みの中で苗木を1本販売すると、次の販売機会は何十年か先で、経費を回収して次の品種の開発コストを捻出することは到底不可能だ。

海外での品種登録は高額で、運用上の課題も残る

海外で品種登録をすればよいとの声もあるが、すべての国で登録することは予算や労力に限界がある。同氏は、海外品種登録出願経費支援を活用し、代理人を介して海外での品種登録を進めているが、1カ国につき数百万から1000万円近い申請費用が必要であり、また手続きも各国で異なって煩雑なため、あまり現実的ではない。

さらに、登録後に海外で侵害が起こった場合も、運用上どのように管理するかという点で課題も残る。そのような点についても、まずは国内から海外へ正規ルートで流出できないようにすることは意味がある。

法改正は生産者サイドの意識を変える

マスカットジパングは、岡山県のみで栽培が許可されているが、県外への流出は起こっているのだろうか。実際には、名前が変えられているケースが多く、県外への流出の実態を把握するための手段が乏しく、また取り締まりもできない状況だという。

果樹の場合は、一般的に育成者が種苗業者に販売し、その業者が増殖して生産者に販売している。育成者と種苗業者間では、許諾料などの条件を明示した商業契約を締結することは現在でも可能だ。とはいえ、種苗業者が生産者に販売した先は把握できない。このような状況において、育成者だけでなく、果樹の種苗業者も苦境に追い込まれている。

実際に岡山県の種苗業者数も大幅に減少したという。「農家は苗の専門家ではありませんので、自家増殖で必ずしも良質な苗木ができるとは限りません。安定的に良質な苗木を生産できる種苗業者がなくなることは、農家にとっても大きなリスクです。苗を購入する文化に変えていかないと、種苗業者も民間の育種家も維持できません。今回の法改正は、農家サイドの意識を変えることに大きな意味があると思います」。

品種の多様性を守るために個人育種家は重要

また、種苗法改正の議論において、民間に権限が付与されることへの不安の声も聞かれる。同氏は品種が多様であることの重要性を繰り返し伝えている。それは、品種開発の上で目標設定が異なることにある。たとえば、国などの公的育種機関は、育種のすべての国民を意識し、目標設定、選抜をする。また、都道府県は、特産品を作り、県内農家の生産性向上を目標にする。

一方で個人育種家は自由に目標を決められる。「外観さえ優れていれば良い」や、「美味しければ他は妥協しても良い」など、自由な発想のもとで育種できる。そのため、公的機関や一部の企業だけでなく、多くのプレイヤーが育種に関わり、品種が多様であれば、今後環境の変化が起こった場合にも対応ができると考えている。

高品質の品種に対価を得たいのは当たり前

しかし現状では、生産者が自由に自家増殖でき、育成者に対価が支払われない一方で、登録のための維持費や、取り締まりのためのコストもかかる。そのため、民間の育種家の中には、品種登録をすることにメリットを感じない人もいる。登録せず、品質が不安定でも販売してしまうと、生産現場にも影響を及ぼす。「開発費の一部を何らかの形で生産者が負担することは、そんなにおかしいことではないと思います。嫌な人は一般品種を選択すればよいだけです」。

種苗法改正の議論で、農家のみが苦境に立たされるという論調が出ていることに違和感を抱くという。「市場原理の中にいるので、儲かる形にしていかないといけないと思います。農家も生産物を高く売りたいと思っているはずです。テーマが変わっただけで、育成者も『この品種は』と思うものは、できるだけ高く評価してもらいたいと思っていることを知っていただきたいです」。

今後は育種家、種苗業者、農家の三者で負担していく仕組みを考えなくてはいけない。そして、農家、種苗業者、育成者にも妥当な対価が支払われる仕組みを考えなければいけない。

*この記事は、『農業経営者』(2020年8月号)の【特集】種苗法改正で日本農業はよくなる! 前編【種苗法改正】徹底取材 育種家と農家のリアルな声一挙掲載を、AGRI FACT編集部が再編集した。

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