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IARC(国連・国際がん研究機関)の腐敗が生んだ除草剤・添加物の不正評価問題
2024年11月22日に開催されたAGRI FACT編集部主催の【特別セミナー】「グリホサート評価を巡るIARC(国連・国際がん研究機関)の不正問題 ~ジャンク研究と科学的誤報への対処法~」は元ロイター通信記者の科学ジャーナリストで食の新潟国際賞大賞を授賞したケイト・ケランド氏を迎え、盛況のうちに幕を閉じた。農と食の生産者と関係者の誤情報に対する危機意識の強さを感じさせるセミナーとなった。当日はケランド氏のこれまでの活動や特別講演内容をより的確に理解できるよう、東京大学名誉教授・食の信頼向上をめざす会代表の唐木英明氏に背景情報を含めた基調解説をお願いした。一部編集の上、AGRI FACTに掲載する。
国際機関IARCは何をするところ?
まず「アスパルテーム」と「グリホサート」の話をします。アスパルテームは砂糖の代替品である非糖質系甘味料と言われるもので、その安全性は科学的に確認されています。しかしIARCは発がん性があるかもしれないと主張して問題となっています。もう一つのグリホサートは除草剤ラウンドアップの有効成分で、発売から40年以上経った世界中で使われている科学的に安全な農薬です。ところが、これについてもIARCは発がん性があるかもしれないとする不可解な判定を下しました。
なぜ国連機関WHO(世界保健機関)傘下のIARCでそんな通常ありえない判定が行われたのかというのが、今日の話の中心です。
この話の前提として、世に数多ある発がん性物質をどのような方法で「発がん性のある物質」だと同定するのでしょうか? 実は3段階あって、一つは試験管内の試験、インビトロンの試験と言います。 2番目が動物実験で、3番目が疫学調査、実際に人でどのくらい病気になったり症状が出たりするのかを調査します。
唐木英明氏提供
では、IARCの役割とは何かです。確かに発がん性物質を見つける研究をまとめるための国際機関ではあるのですが、あくまで「理論的可能性」の部分に限られ、私たちの現実の生活においてがんが発生するかどうかは一切考慮しません。発がん可能性が理論的に少しでもあれば、「あります」と指摘するのがIARCの役割なのです。
それに対して、日本の食品安全委員会あるいは世界各国にも同じような食品安全の規制機関があるわけですが、世界中の食品安全機関はリスクを評価・管理する機関です。つまり、私たちの現実の生活において、どれだけの量を口から摂取したり曝露して皮膚や粘膜から吸収されたりすると、がんが発生するかどうかを評価します。これが二つの機関の大きな違いです。
アスパルテームをグループ2Bに分類
ここまでが前提の話です。次に、IARCの発がん性分類の過程で何が行われるかですが、最初は公表済みの論文を集め、特定化学物質の発がん可能性を4段階に分けます。「グループ1(ヒトに対して発がん性がある)」、「グループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)」、「グループ2B(ヒトに対して発がん性があるかもしれない)」、それからスライドには書いていませんが「グループ3(分類できない)」の4つです。
アスパルテームはIARCからグループ2Bに分類されました。同じグループ2Bには、漬物やわらびなんかも入っています。
唐木英明氏提供
アスパルテームはこれまでいろんな研究がなされ、世界の100を超える規制機関から使用が承認されています。規制機関が使用を承認しているということは、100%安全が確認されているということです。にもかかわらず、IARCがなぜグループ2Bにしたのかが問題とされているのです。
火種となった悪名高きイタリアの研究所
実を言うとアスパルテームを巡る問題は、かなり前からありました。イタリアにRamazzini(ラマツィーニ)研究所という有名な研究所があります。我々食の安全を専門とする科学者の間では非常に有名な(悪名高いとも言う)研究所で、なぜかというと、研究内容が偏っていておかしな結論をたくさん出してきているからです。このラマツィーニ研究所が2005年頃から「アスパルテームに発がん性がある」と繰り返し発表して、いたずらに消費者に不安が広がったという経緯があるのです。
これに対して2008年以降、アメリカ環境保護庁(EPA)、EUの食品安全委員機関(EFSA)、その他多くの研究・規制機関の検証によって、アスパルテームに発がん性がないこと、さらにはラマツィーニ研究所で動物実験に使用していたラットは、マイコプラズマ肺炎に感染していることが明らかになりました。マイコプラズマ肺炎はラットがかかっても軽症から重症までの症状がいろいろ出るのです。マイコプラズマに感染しているラットを実験に使うと、その結果、出てきたいろんな症状が肺炎由来の症状なのか、アスパルテームをはじめ試験物質投与の影響による症状なのか判別不能となり、全く信用できない試験と言われています。それでもIARCはアスパルテームをグループ2Bに分類したわけです。
唐木英明氏提供
WHO傘下機関の矛盾する結論
世界保健機関のWHOの傘下にはIARCの他に、国連食糧農業機関FAOと合同の食品添加物専門家会議JECFAがあり、JECFAは食品安全委員会などと同様に、食品添加物に関するリスク評価を行う機関です。JECFAは、アスパルテームについてIARCと相反する評価をしていて、WHOあるいはFAO内の矛盾、統一性のなさが、問題を大きく、そして現在まで長期化させる要因の一つになっています。
IARCは自分たちの判定が正しいと主張し続け、JECFAはアスパルテームが安全であると言い続けています。国際機関で結論が分かれているために、一般の消費者はどちらが正しいか迷ってしまう……。そういう困った状況が起きているのです。
唐木英明氏提供
グループ2Aに分類されたグリホサート
次はグリホサートです。IARCはグリホサートをグループ2Aに分類しました。紫外線や熱い飲み物、赤身肉なんかと同じ分類です。グリホサートの問題の経緯だけを簡単に話すと、すでにグリホサート系除草剤を散布していた農業者約5万人の発がん率などを長期にわたって調べたアメリカの農業者健康調査(AHS)という、世界でもっとも科学的信憑性の高い疫学調査の結果が出ていて、がんの発生割合はグリホサート系除草剤を使わなかった人と変わらなかったと発表されていたのです。
唐木英明氏提供
ところが、IARCは2015年に、グリホサートをグループ2Aに分類しました。そしてAHSの結果があるじゃないかというクレームに対してIARCは「AHSの調査は期間が短すぎる」からなどと指摘しました。しかし、2018年にAHSはもっと長い調査期間から確かに発がん性がないことを発表しています。IARCの判定に対しては、世界中の食品安全機関、規制機関が「おかしい」と反論しました。
唐木英明氏提供
唐木英明氏提供
セラリーニ論文の“本当にショッキング”な内容
グリホサートについてはもう一つ大きな問題があります。それが「セラリーニ論文問題」です。これは2012年に仏カーン大学のセラリーニ氏が「ラウンドアップに発がん性がある」という論文を発表し、世界中で大きな反響を呼びました。そしてセラリーニ氏は用意周到にも論文を発表すると同時に記者会見を行い、危険性を告発するドキュメンタリー映画の制作発表などの大宣伝活動をやりました。科学者らしからぬ行動も批判されましたが、一番の問題は論文の中身の杜撰さで、論文を掲載した科学雑誌は後にこの論文を取り下げました。
唐木英明氏提供
セラリーニ論文の「ラットに大きな乳がんができたという写真」、この写真のインパクトだけで皆さん驚き、ラウンドアップでこんな乳がんができたら大変だという騒ぎになったわけです。しかしデータを毒性学者が見ると、酷いデータです。上の方に赤字で書いてありますが、無処置群、何もしないラット10匹のうち5匹に乳がんができています。何もしなくて5匹に乳がんができたとは?
さらに、ラウンドアップ0. 000000011%、要するにほとんどラウンドアップが入ってない「(ただの)水」を与えたら、10匹中9匹に乳がんができたと言う。つまり、大きな乳がんができた1番目と3番目のラットも、無処置群と同じで「何もしなくてもがんができるラット」を使っていたということです。この実験で使われたラットは年を取るとがんを自然発症するラットで、年を取って自然発症したラットのがんを「ラウンドアップ投与の影響でできたがんだ」と言い換えたのがセラリーニ論文だったのです。実にショッキングな内容でした。
セラリーニ論文はまさしくジャンク研究だったわけですが、IARCの評価と相まって、ラウンドアップ(有効成分グリホサート)に発がん性があるのではという誤った情報が世界に広がってしまったのです。
発表直後の原告募集とIARCの腐敗
唐木英明氏提供
IARCの判定が出たその数日後に、アメリカの法律事務所が除草剤ラウンドアップを使ったことのあるがん患者を募集して、集団訴訟を始めました。これは私がアメリカにいたときに撮った写真で、弁護士事務所がテレビCMを流して患者を募集しているのです。「あなたはラウンドアップを使ったことがありますか?」「がんになったのなら、すぐ訴訟を始めましょう!」という具合です。
なぜIARCの発表直後、こんなにタイミングよく、アメリカの法律事務所が集団訴訟のための原告募集を大々的に始められたのか? 事前に発表内容を知っていたかのような集団訴訟の裏側には、IARCグリホサート委員会に特別顧問として参加したクリストファー・ポワティエ氏をはじめとする内部の工作員がいました。その工作を明らかにしたのがケランドさんたちロイターの報道だったのです。
IARC内部の工作員
*~*編集部による追記
*ポワティエ氏はIARCの発表と同じ週に、集団訴訟の原告募集をしていた弁護士事務所と訴訟コンサルタント契約を結びます。IARC元委員長のポワティエ氏は反農薬、反遺伝子組換え運動を展開する米国の「環境保護基金」という団体に所属していた経歴があり、IARCがグリホサートの評価を行うと決めた人物でもあります。ポワティエ氏はIARCの資産を活用して訴訟関連文書の準備を進め、判明しているだけでコンサル報酬として最低16万ドル(当時約1700万円)を受領。なお報酬を受け取るうえで「訴訟コンサルであると外部に漏らさないこと」という条件が付いています。*
先述したように、当時IARC委員長のブレア氏は重要な疫学調査であるAHCの調査論文を無視してグループ2Aに分類しました。しかし、その後の裁判では「この調査論文があればIARCの判断は変わっていたことを認める」証言をしています。
なぜ除草剤が悪役にされたのか
唐木英明氏提供
このスライドにはラウンドアップのその後の経緯を記しています。セラリーニ論文があり、IARCの判定からの集団訴訟原告募集の開始、そしてラウンドアップの開発販売元モンサントをバイエル社が買収。その後、実際に裁判が始まり、当初はバイエル(当時はモンサント)敗訴により、多額の懲罰的賠償金支払いが命じられます。2020年にはバイエル社が約1兆円の和解金支払いで集団訴訟に参加した多くの原告とは和解しましたが、和解を拒否した原告との個別裁判が続いています。最近はバイエル側勝訴の判決も少なくないようです。
ラウンドアップがなぜ悪役にされたかですが、1974年にラウンドアップが発売されてから20年間は、世界一安全な除草剤、非常に優秀な除草剤として、誰も何の問題もなく世界中で使われていました。それが96年に突然、遺伝子組換え(GM)の反対運動に巻き込まれたのです。遺伝子組換えには主として、害虫耐性と除草剤耐性、両方を兼ね備えたものもありますが、遺伝子組換えの約8割がラウンドアップ(グリホサート)耐性なのです。
遺伝子組み換え運動の方針転換
遺伝子組換えの反対運動が盛んになったとはいえ、遺伝子組換え自体の安全性は確立していて、いまさら危険だと言っても信じるのは、国内での栽培実績がない日本人ぐらいでしょう。そうすると「遺伝子組換えは危険だ!」といくら声高に叫んでも運動は広がらない。そこで頭の良い(ずる賢いとも言う)活動家がラウンドアップをターゲットにする戦術を考えついたんでしょう。ラウンドアップの危険性を煽りに煽って禁止にできたら、遺伝子組換えの8割はもう使えなくなるわけですから反対運動として大成功です。
96年からのラウンドアップ反対運動が第1段階、ショッキング写真のセラリーニ論文が出て、発がん性の悪評を広める宣伝活動が第2段階。そして2015年からの第3段階では、環境団体とアメリカの法律事務所、それに関係して癒着する科学者が国際機関のIARCに入り込んで、グループ2Aに分類する。その発表を受けて、アメリカの法律事務所が集団訴訟を始めて社会問題化する。こういう3段階のことが起こっています。ラウンドアップは安全で何も悪くないのに、非科学的で思想的な遺伝子組換え反対運動や環境団体、アメリカの訴訟ビジネスの犠牲になったというのが、本当のところではないかと私は見ています。科学は嘘をつかないけれども、科学者の中にはいろんな理由で嘘をつく人がいる。そういう人たちが世の中に大きな誤解を流しているということです。
唐木英明氏提供
対抗手段は科学的事実に基づくコミュニケーション
農と食に関わる私たちはこうした現状にどう対応したらよいのでしょうか。一番大事なことは、科学的な事実を多くの人に知らせること。ケランドさんがやっておられるような科学コミュニケーターの役割が重要だということです。
ロイター通信記者だったケランドさんは2015年のIARC分類のあと、2016年4月に「この除草剤は本当に発がん性がある?」という非常に良い記事を書かれました。この記事で私は、特別顧問のポワティエ氏の存在や、IARCが不可解な動きをしている事実を初めて知り、その後もケランドさんの書いた記事を追い続けました。いくつもの優れた、しかもIARCの内部に通じていないとわからない、科学的知見とファクトに基づく論評記事を次々と発表されました。IARCもそこまでロイターに追及されては黙っていられないと、反論する声明を出しましたが、中身を見ると、全く反論になっていないものでした。
唐木英明氏提供
スライド青字で囲ってあるのがこれまでのケランドさんの功績で、「外国報道協会年間最優秀科学記事賞」(2017年)、「ロイター企業報道年間最優秀記事賞」(2018年)などを受賞されています。この間、環境団体その他からケランドさんには凄まじい攻撃が行われましたが、めげることなく活動を継続してこられました。そのケランドさんが第8回食の新潟国際賞の候補にノミネートされたのを機会に大賞を差し上げることになりました。
ケランドさんは現在、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)首席科学ライターとして活躍されており、最近はCOVID19に関する、我々の目を開くような解説記事を次々出していました。そして2023年には、「DiseaseX」、次にどんな感染症が発生するのか、もしパンデミックになった場合に100日間で収束させるためには何をしたらよいのかを分析・提言する本を出版されました。まだ日本語版はありませんが、ぜひ早く国内で出版され、皆さんに読んでいただきたい本です。ちなみにこの本の紹介をイギリスのトニー・ブレア元首相が書いていることからも、いかに素晴らしい内容なのかおわかりになると思います。今日はケランドさんの紹介を兼ねて、基調解説をさせていただきました。
唐木英明氏提供