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Vol.33 夏の選挙で「小麦粉デマ」が大盛り上がり。メロンパンで、死ぬ!【不思議食品・観察記】
科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。驚くべき言説で広まる不思議食品の数々をウォッチし続けている山田ノジルさんが今回注目するのは、この夏の選挙戦で多くの人がざわついた「小麦粉デマ」について。「戦前は小麦粉なんてなかった」「メロンパンを食べると、死ぬ」とは一体どういうことなのか?
メロンパン危険の元ネタ「四毒」
あまりのくだらなさがむしろキャッチーだったのか、すっかりネタ化してしまっているメロンパン。この選挙では「ちょっと古~い!」なる、コールアンドレスポンスも生まれているようです。筆者の脳内には、ラストで作者が「きみは死ぬ!!」「あなたも死!」と迫りくる昭和のホラー漫画(日野日出志)が浮かび上がりました(古い)。
さて、もはや改めて解説するまでもありませんが、メロンパン危険! の元ネタは、元参政党幹部、現在は日本誠真会党首の吉野敏明氏(以下、よしりん氏)の提唱する「四毒」でしょう。氏の著作『四毒抜きのすすめ 小麦・植物油・乳製品・甘いものが体を壊す』(徳間書店)でも提唱されている、ポップな健康哲学とでも言えばいいでしょうか。「四毒」において食ってはならぬものは「小麦・植物油・乳製品・甘いもの」。この条件をすべて満たすメロンパンは、なるほど悪の象徴なのかも。
よしりん氏は歯科医師であり、「量子波動器メタトロン」などを使った代替医療に取り組んでいる人物でもあります。ですから同書に登場する「臨床経験」は、いわゆる標準治療を行う一般的な医師のそれとは、全くの別もの。よって「四毒」も一般的な栄養学や東洋医学とは無関係。昔から言われているグルテンフリーや血糖値スパイクの話を根拠にしつつも、それらを「四毒」というひとつのパッケージとして売り出したのです。
シンプルに言い切る力強さと、ナラティブを盛り込んで読者の感情をゆさぶる主張。健康商材の定番オブ定番ですが、星の数ほどあるそうした商材の中から突出してくるパワーだけは、純粋にすごい。一定数のファンも獲得しており、数年前から四毒は巷にだいぶ定着した感があります。筆者の周りでもそれなりの頻度で「四毒抜いたらやせた!」という声が聞こえてくる有様です。個人的には「四毒」が健康を害していたというよりも、糖質ダイエットと同じく、ルールを厳守すると外食と手軽に食べられるものが極端に制限されるため、結果的にカロリーが抑えられるのでは……という気がしています。
同書にある「四毒を抜いたら13キロほどするりと痩せました!」という記述には一瞬心が揺らいだものの、「白内障も治った」「起立性調節障害、悪性リンパ腫が悪化していない」「小さな脳梗塞がすべてなくなった」なるお約束の盛りすぎ体験談が、小さなときめきを吹き飛ばしました。ダイエットくらいにしておけばいいのに。
アンチ小麦粉マーケティング
次は「四毒」が悪者扱いする小麦についてです。
この選挙においてSNSで盛大に突っ込まれているように、小麦のグルテン云々以前に、「民族(日本人)の歴史上食べてこなかったもの」だから体質に合わないという主張に、奇妙さが凝縮されています。「戦前は小麦なんて食べてこなかった」だの、「戦後にGHQから押し付けられた食文化」だの。不思議な話が展開されていますね。
確かに世の中には、乳糖不耐症やグルテン不耐性という人は存在します。しかし、よしりん氏の著作で主張されている「日本人のほとんどが!」となると、もはや違う世界線の話。そもそも「日本人が小麦を食べてこなかった」に関しては、弥生時代から小麦大麦が作られていたハズでは…?(現代の品種改良されたヤツがダメ!って話になりそうだけど)。江戸時代も、普通にうどん食べてますし……どういうこっちゃ。日本は梅雨があるので、米と比べると小麦の安定供給が難しいという事実はあるものの、農林水産省のグラフを見ると、昭和5年から令和2年までの一人当たりの小麦年間消費量は、大差なかったりします。
そもそも「日本人の定義とは?」問題もあります。「日本人の体質」といっても、アジア圏はほぼ似たようなものじゃないでしょうか。すると中国、めっちゃ小麦食べてるよな(水餃子大好き)。しかしこうした疑問を並べても、仕方ありません。どこか曖昧でふんわりしてようが「日本人のイメージ」がお好きな層を狙った、マーケティングなのですから。
同書で、現代人のダメな食生活として紹介されていた一例もすごかった。
「朝ごはん抜き。昼食の代わりにケーキを食べる。間食にチョコやクッキー。寝る前にアイス」
……四毒が体の中で悪さをする前に、栄養素的に問題がありすぎてなんと言ったらいいのやら。一般にはほぼ当てはまらないだろう例を見て、「現代人の食、ここまで乱れているの⁉」と震える小芝居はできかねます。喫茶店のエピソードも面白かったです。「コーヒーフレッシュを3つも4つも入れている人」を見たら、手が震えていたからあれはきっとパーキンソン症予備軍かもしれない! 根拠が薄すぎませんか。さらに「好きにアレコレ食べていたけど長生きだった人は、不耐性に該当しない残りの1割だったに違いない」ってのも適当すぎでは。よしりん氏のフィルター越しの、不思議な世界を楽しめる本ではありました。
忠実に実践しようとすると「四毒抜き」は結構な努力が必要です。常に「四毒」を頭に入れ、「正しい伝統的な食文化」を実践すれば、さぞかし帰属意識が高まりそうです。よしりん氏の設定する「正しい日本人」としてのアイデンティティが強化される、ミラクルフードと言えるでしょう。
波動仲間でも流派が違う!?
同書でよしりん氏が、未だにマーガリンやコーヒーフレッシュを「食べるプラスチック」呼ばわりしていることも注目したい。よしりん氏は「量子波動器メタトロン」を推していたことがよく知られていますが、コーヒーフレッシュの代表メーカーであるスジャータ(めいらく)もまた、波動研究に精を出す会社です。
同じ波動仲間なのに(流派が違うのか!?)、傍から見れば寝首をかくような行為では。一部では「めいらくの食品を食べときゃ涅槃に行ける」なんて噂もあるようなので(波動が上がるから)、ここは一緒に盛り上がってほしい。よしりん氏には「仲間にそんなこと言ってやるなよ」的な残念な気持ちでいっぱいですが、ファンから見ればそれも「党派性にとらわれず、正しいことを貫くよしりんは素晴らしい」と、なるのかもしれません。
もしかしたら、こうしたいろいろな矛盾や齟齬をあえて設定し、信じて実践する心のあり方を試しているのかもしれません。そして試練を乗り越えた人が四毒の効果を最大限享受し、メロンパンを食べれば倒れる。つまりは、(一部)プラセボ。
*編集部註:文中のお名前が間違っている箇所があり、修正いたしました。ご本人様、関係者の皆様には大変失礼をしてしまい深くお詫び申し上げます。(2025年7月20日 10時20分)
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