会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
IT業界の経験を活かして農業を始めたい! という人と真剣に話してみた:67杯目【渕上桂樹のバーカウンター】
私は職業柄、いろいろな農家とのつながりがありますが、「新しく農業を始めたいんです」という人と会うこともあります。今回はIT業界出身の新規就農希望者との話を紹介したいと思います。
男性「実は僕、農業を始めたいと思っているんです」
私「いいですね。何を作ろうと思っているんですか?」
男性「お米と芋ですね。お米の値段は上がっているし、将来どうなるかわからないので、食料を作る人になりたいと思いまして」
私「なるほど。ITも技術や経済を支えているし、直接的にも間接的にも食料生産を助けているとは思いますよ」
男性「そうなんですけど、ITはいくらやっても食料にはならないじゃないですか。それに、いつも誰かの仕事をサポートしている感じで、自分でものを作っている実感が乏しいんです。僕は自分でモノを作りたいし、できれば食べられるものが良いんですよね。でも始めるのは難しいし……」
私「始めるのは難しいですね。でも、続けるのはもっと難しいです。それを思うと、始めること自体はそんなに難しくないかもしれませんよ。これは農業だけじゃないかもしれませんが」
農地探しと資金準備
男性「でも、まず土地が見つからなくて……」
私「土地探しは大事ですよね。良い土地はもう誰かに取られているし大変だと思います。でも、今は土地も余っているから探せば見つかりますよ。市に相談して、農業委員会を紹介してもらったらどうですか?」
男性「田舎の人はなかなか土地を貸したがらないと聞きましたけど」
私「そういう人もいるにはいるけど、貸したい人だってたくさんいるので、農業委員会に相談すれば良いと思いますよ。まずは計画ですね」
男性「土地を貸したがらないというのは本当なんですか?」
私「そういう人もいます。土地を貸したのはいいけど、やってるのかやってないのかわからないし、あっという間に荒れ放題になった……ってことは実際にありますし、土地の持ち主も周りの人も困ってしまうので。だから、計画をしっかり立ててから信用してもらうことが大事だと思います。計画の立て方も相談できますよ」
男性「そうなんですね。あとはお金も必要ですよね」
私「そうですね。何でもそろえようとするとお金はいくらあっても足りませんが、小さく始めたり誰かと協力したりやり方はいろいろあります。どうしても必要ならお金を借りても良いと思いますよ。返済は大変だと思いますが、うまくやっている人もたくさんいます。でも、借りるならやっぱりしっかりした計画書が必要ですし、借りたあとは計画を実行する行動力や経営力も要ると思います。あとは覚悟じゃないですかね? お金を借りなくても覚悟は要りますけど」
男性「そうなんですか? 農業を始めることができれば上手くやっていける自信はあるんです。僕はIT業界の経験があって、物事を論理的に考えるタイプですから」
私「論理的に考えるのは大切ですよね」
農業は科学だ
男性「そうでしょう? 農業って科学だと思うんですよ。僕は工学部出身だから、根本的には同じだと思うんですよね」
私「仰る通り、農業は科学ですね。いろいろ共通している部分はあるかもしれません。私の知っている人は農業大学校で学んで、今はうまくやっています」
男性「やっぱり農業大学校に行かないといけないんですか?」
私「農業大学校じゃなくてもいいかもしれないですが、学校では体系的に学べますし、土地やお金を借りるときも信用に繋がって良いと思いますよ」
男性「学校に通う時間がなあ。僕はとにかく早く自分で始めたいんですよね」
私「農園かどこかで働かせてもらって経験を積むのは?」
男性「経験だったら自分でやればいいと思って」
私「毎年経験を積み重ねるやり方ですかね? 自分で実践するのは大事な経験になりますね」
男性「そうです」
私「でも、意外ですね」
男性「何がですか?」
私「IT出身と聞いて、データや効率を重視する方だと思ったので。実践を頼りに学ぶとなると、毎年一回しか経験できない米作りではまともに経営できるまで何年かかるかわかりません。ですが、学校では研究機関が何年もかけて積み重ねたものや大勢の人が世代もかけて体験してきたことを短い期間で体系的に学ぶことができます。だから、効率を重視する人はきっとそうすると思ったのです。でも、リスクを恐れず実践に挑むお話はとても冒険心に満ちた挑戦のように思えます。効率だけじゃないってことですね」
男性「僕は効率を重視するタイプですよ。データや知識ならインターネットで得られる時代ですし」
私「確かに、インターネットにはたくさんの情報がありますね。そうした様々な情報をどう判断するか? 難しいですけど、学校で学んだ人は学校で学んだ知識と経験をもとに情報を取捨選択していると思います。学校は案外効率的かもしれませんよ」
男性「なるほど。それは考えてなかったな」
私「あとは何か強みがほしいですね」
男性「農業だったら子供のころ周りに農家が多かったですし、それに僕はIT業界でやってきたのでそれを活かせると思うんですよね」
私「なるほど。ITで生育管理とかですか?」
男性「直接ITを使うというより、普通の農家の人が思いつかないような発想だったりとか、効率のいいやり方に気づいたりとか、そういうのがあると思うんです」
異業界の知見
私「IT業界の方は発想が柔軟なんですかね? 新規就農をしたいというお話を聞くのは度々あって、中でもIT業界の方は多いんですよ」
男性「ITと農業はベースが同じだからですかね?」
私「そうかもしれませんね。でも、逆はありません。『農業の経験を強みにIT企業を立ち上げよう!』という農家には会ったことないですし」
男性「ああ、それはなんかわかります」
私「あと、工学系でモノづくりだったら農業よりも工業とかの方がまだ近そうですけど、『工学部出身だからねじ工場を立ち上げたい』という人には会ったことがないですね」
男性「ねじ工場だと品質で勝負になりそうですもんね」
私「農業も似ていますよ。ねじみたいな精度が求められているわけではないしょうけど、一定の基準以上のものを作り続けないといけないわけですし」
男性「そう考えると農業始めるのって大変そうだな」
私「たしかに大変だと思います。続けるのはもっと大変だと思います。でも挑戦し甲斐があると思います。私は応援したいです」
男性「やり方はもう一度考え直してみます。今回の話で解像度が上がった気がするので」
私「そう言っていただけるとうれしいです。せっかくなら相談できるプロに話してみるのが良いと思います。市の農林課とかにいけば紹介してもらえると思いますよ」
男性「ありがとうございます。ではまた!」
こうした方と出会うのは今回が初めてではありません。今回まとめた会話も特定の人物ではなく、いくつかの話を一つにまとめたものです。「やってみたい」と相談に来る人はまあまあいます。でも、実際にやる人はとても少なくて、続けている人となるとごくわずかです。
冒険心に満ちた挑戦は無謀に見えることもあるかもしれません。「○○の経験を活かして」というのは、なんだか良さそうに見えてもそう上手くはいきません。でもいつだって応援しています。なぜなら、私が未経験で飲食店を開いたのも、きっと同じようなものだからです。だから、農業に限らず思いがあれば本当に挑戦してほしいし、絶対に負けずに続けてほしいと私は思うのです。
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |



