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遺伝子組換え論争に決着はあるか?【「ゲノム編集食品」として初めて届け出されたゲノム編集トマトのこれからを占う】

特集

遺伝子組換え作物(以下GM)の商業栽培が始まってから四半世紀が経過し、世界で栽培される大豆の7割、綿の8割、トウモロコシの3割をGMが占めている。この間、科学的に証明されたGMによる健康被害はない。安全性が証明され、世界の飢餓を救う役割を果たしているにもかかわらず、GM嫌いが広がっている大きな原因は、米国の訴訟ビジネスとオーガニックビジネスの連携である。

始まりはスターリンク事件

フランスのアベンティス社が開発した害虫抵抗性GMトウモロコシ「スターリンク」は、アレルギーに関するデータが不足していたため、1998年に食用ではなく飼料用として米国で栽培が始まった。これに反農薬やオーガニック推進を掲げる市民団体が懸念を示し、遺伝子検査を使って市販のトウモロコシ製品を調べてメキシコ料理のタコスに微量のスターリンクが混入していることを発見した。彼らはトウモロコシ製品の取り扱い中止を求め、トウモロコシ市場は大混乱に陥り、アベンティス社はスターリンクとこれが混入したトウモロコシをすべて買い取った。さらに、損害を受けたメキシコ料理店やトウモロコシ農家、そしてスターリンクを食べたためにアレルギーを起こしたという消費者から集団訴訟が起こされ、アベンティス社は高額の賠償金で和解し、その後バイエル社に合併された。

医学的にアレルギーはスターリンクと因果関係がなかったのだが、GMはアレルギーを起こすという誤解が広がった。また、多くの訴訟の背景には米国の訴訟ビジネスがあった。大手弁護士事務所は1990年代からたばこ企業を相手に訴訟を起こし、極めて高額な懲罰的賠償金を勝ち取ってきた。企業がたばこの健康被害を喫煙者に知らせなかったためにがんになったという理由である。たばこ訴訟がほぼ終わりに近づき、次の訴訟材料を探していたところに起こったのがスターリンク事件だったのだ。

GMに懸念を示した多くの市民団体の運営は寄付に頼っているが、賛同を得るためには分かりやすい“悪者”を作ることが必要である。それが農薬や食品添加物だったのだが、ここにGMが加わったのだ。さらに、その活動がオーガニック産業の売り上げを助け、自らオーガニック製品を販売する団体もあり、これらの団体と関連企業が一体となってオーガニックビジネスを構成している。スターリンク事件は、米国の訴訟ビジネスとオーガニックビジネスが結びついた最初のケースと考えられる。

GM反対運動の新展開

GMを悪者にするためには裁判で勝訴するだけの証拠が必要である。そこで出てきたのが一部の研究者との連携で、有名な例が反GM派であるフランスのセラリーニ教授が2012年に発表した論文である。その内容は、ラットにGMトウモロコシや微量の除草剤ラウンドアップを食べさせるとがんを増やすというもので、論文には巨大な乳がんができたラットの写真が載っていた(図1)。これを多くのメディアが報道し、不安が広がった。多くの研究で、GMトウモロコシにもラウンドアップにも発がん性がないことが確認され、各国の食品安全機関も発がん性を否定しているのだが、この論文だけでがんができたのはトリックだった。実験に使われたラットは自然の状態でも多くのがんができる種類で、それをGMのせいにしたのだ。この論文は多くの科学者に批判されて取り消しになった。しかし、別の雑誌が再掲載し、反GM団体はいまだにこの論文を根拠にして発がん性を主張している。とはいえ、発がん性は科学の世界では完全に否定されている。そこで出てきたのが、ラウンドアップを悪者にする作戦である。

図1:セラリーニ論文の違和感

ラウンドアップは米国モンサント社が1974年に発売した除草剤で、有効成分であるグリホサートは安全性が高く、世界で広く使用されている。その後、モンサント社はラウンドアップを散布しても枯れない「ラウンドアップレディー」というGM大豆やGMトウモロコシを開発した。雑草を簡単に駆除できる特徴が評価され、ラウンドアップレディーは世界中に広がった。セラリーニ論文で微量のラウンドアップでもがんが増えると主張している背景には、ラウンドアップを禁止に追い込めば、当然のことながらラウンドアップレディーも消えるという戦略があったのだ。

2015年にはさらに深刻な問題が起こった。国際がん研究機関(IARC)が、ラウンドアップの主成分であるグリホサートを、「ヒトに対しておそらく発がん性がある」というグループ2Aに分類したのだ。これを見て「ラウンドアップは禁止すべき」という主張が広がった。発表の直後、米国の弁護士事務所がテレビコマーシャルを使い、ラウンドアップを使ったことがあるがん患者にモンサント社に対する訴訟を持ちかけ、多数の応募者が現れた。裁判所はモンサント社がラウンドアップの発がん性を知りながら隠していたと判断し、2018年に懲罰的賠償を含む3億ドルの判決を下した。弁護手当てが1割とすると事務所には3000万ドルが入る。同年、モンサント社はドイツのバイエル社に買収されたが、その後の2件の裁判でも敗訴した。訴訟を起こす人は増え続けて10万人を超え、バイエル社はその全員と総額約1兆円の支払いで和解した。

2017年にロイター通信のケイト・ケランド記者がこの事件の内幕をレポートした。IARCでグリホサートの評価を行なった委員会の委員長だった米国国立がん研究所のブレア氏は、自身の調査でグリホサートに発がん性がないことを知りながら、IARCでは逆の結論を出したのだ。さらに、委員会の特別顧問であったポルティエ氏は反農薬、反GM運動を展開する団体「環境保護基金」の科学者であり、評価を発表する2カ月前に米国の弁護士事務所にその内容を伝え、評価が発表された直後に弁護士事務所と高額の報酬でコンサルタント契約を結び、裁判で高額の賠償金を勝ち取るために働いていたのだ。要するに、大手弁護士事務所と組んだポルティエ氏がIARCに入り込んでブレア氏と組み、ラウンドアップには「おそらく発がん性がある」という結論を作り、IARCという国際機関の評価をお墨付きにして弁護士事務所は裁判を起こし、高額の賠償を勝ち取った疑惑である。IARCの評価を受け、いくつかの国ではラウンドアップの規制を始めている。この問題についてIARCのコメントはない。

もちろん、弁護士事務所やオーガニックビジネスのすべてを批判するのではなく、それらの一部にある「目的のために手段を選ばない」という風潮を批判しているのである。

GM問題の教訓

昨年末、血圧降下などの作用があるGABAを多量に含むゲノム編集トマトが発表された。GMは害虫抵抗性や除草剤耐性など、作物が本来持たない遺伝子を導入するのだが、ゲノム編集は文字通り作物が本来持っている遺伝子を「編集」して性質を変更する方法であり、農業の将来を変える夢の技術である。そのゲノム編集食品がGMと同様に“嫌われ者”にならないためには、GMの失敗を教訓にすることが重要である。

GMの失敗の始まりはスターリンク事件で安全性に疑問が持たれたことだ。家畜用のトウモロコシが食用に混入していれば、多くの人が不安を持つのは当然である。ゲノム編集食品についても不安を煽る情報が出始めているが、安全性に関する情報の発信は何より重要である。日本の裁判制度には懲罰的賠償がないので米国のように弁護士事務所が集団訴訟を起こした例はないが、たとえ1件でも訴訟になるような事態を招かない注意とともに、「目的のために手段を選ばない」一部の市民団体への対応も必要である。

2番目は「誰のメリットなのか」という問題だ。GMの大部分は除草剤耐性と害虫抵抗性で、そのメリットを享受するのは農家である。農産物の安定供給を助け、価格を安定させるなどというメリットは消費者には見えにくく、「リスクだけを負わされる」と感じてしまうのだ。この教訓を生かしてゲノム編集食品は消費者のメリットを優先すべきと考えられ、その結果生まれたのがGABAトマトであり、毒性がないジャガイモや肉厚の魚などである。

3番目は「選択の自由」である。GMに関する論点は多様で、その一つに「神学論」、すなわち遺伝子は神の世界であり人間がこれに手を付けることは許されないと考え、GMに反対する人が多い。2番目は「感情論」で、「遺伝子が入っているものなど食べたくない」という話を聞く。遺伝子がGMにだけ入っていると誤解した例である。「安全でも嫌」という話も聞く。安全と主張する科学者や行政を信頼できないためだが、理解していても感情的に嫌だという人もいる。「科学者は安全と言うけれど、孫やひ孫の世代にどんな被害が出るか、今の科学で将来のことなど分かるはずがない」という

「不可知論」もある。しかし、科学はそれほど不完全ではなく、子どもや孫に伝わる遺伝子への影響を調べることで予測できる。これらは「プロセス(過程)主義」と「プロダクト(産物)主義」の対立とも言える。豆腐の原料がGM大豆か非GM大豆かを問題にする立場と、安全性と栄養と味が同じなら原料がどちらでもいいという立場だ。この対立の解決は、嫌な人が避ける権利、すなわち選択の自由を守ることしかない。ゲノム編集食品は検査をしても自然の食品と見分けがつかないし、輸入品の分別管理もないので、「ゲノム編集ではない」という表示の真偽を科学的に判断することは難しく、だから表示は義務化されていない。しかし、消費者の選択の自由を守るために、表示を行なうことは重要である。

※『農業経営者』2021年4月号特集「『ゲノム編集食品』として初めて届け出されたゲノム編集トマトのこれからを占う」を転載(一部再編集)

 

【「ゲノム編集食品」として初めて届け出されたゲノム編集トマトのこれからを占う】

筆者

唐木英明(食の信頼向上をめざす会代表、東京大学名誉教授)

 

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