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第6回 「日本の食が危ない!」は正しいのか?『論点1 日本の農業保護は多いばかりか質が低い』【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】
鈴木氏は、農業予算(納税者負担)だけで日本の農業保護は少ないと主張する。しかし、これは日本の農業保護のほとんどが関税で守られた高い価格(消費者負担)であることを無視している。
高い日本の農業保護
OECDが開発したPSE(Producer Support Estimate:生産者支持推定量)という農業保護の指標は、財政負担によって農家の所得を維持している「納税者負担」と、国内価格と国際価格との差(内外価格差)に国内生産量をかけた「消費者負担」(消費者が安い国際価格ではなく、高い国内価格を農家に払うことで農家に所得移転している額)の合計である(PSE=財政負担+内外価格差×生産量)。
農家受取額に占める農業保護PSEの割合(%PSEという)は、2021年時点でアメリカ10.6%、EU17.6%に対し、日本は37.5%と高くなっている。日本では、農家収入の4割は農業保護だということである。
日本の農業保護は貧しい人も含め、消費者が負担(逆進的農政)
しかも、日本の農業保護は、消費者負担の割合が圧倒的に高いという特徴がある。各国のPSEの内訳をみると、農業保護のうち消費者負担の部分の割合は、2021年ではアメリカ4%、EU13%、日本76%(約4兆円)となっている。欧米が価格支持から直接支払いへ政策を変更しているのに、日本の農業保護は依然価格支持中心だ。国内価格が国際価格を大きく上回るため、輸入品にも高関税をかけなければならなくなる。
食料・農業・農村政策審議会にも消費者の代表はいるが、豊かな主婦の人たちの代表者であって、貧しい人たちの代表ではない。最近の食料品価格の上昇で、生活困窮者の人たちのためのフードバンクに食料が集まらなくなっている。審議会の消費者代表委員は「多少高くても国産の方がよい」とJA農協の国産国消に同調する人だ。しかし、多少高いどころか、今の食料品価格では満足に食料を買えない人たちがいるのである。
生乳を廃棄したり減産したりしている。しかし、過剰なら価格が下がるはずなのに、乳価は上がる一方で2006年に比べ5割も高い。脱脂粉乳の過剰在庫が増加しているというが、過剰なのに価格は下がらない。下げると脱脂粉乳を原料とする加工乳の価格が下がって、飲用乳や乳価も下がるからだ。国民は納税者として多額の補助金を酪農に支払っているのに、消費者として価格低下の利益を受けることはない。円安になった今でも、日本の飲用牛乳の値段はアメリカの倍もしている。
直接支払いは貧しい人を助ける
日本の場合は、小麦や牛肉などのように、消費者は国産農産物の高い価格を維持するために、輸入農産物に対しても高い関税を負担している。このため、農業保護のために国民消費者が負担している額は、内外価格差に国内生産量をかけただけのPSEを上回る。これに対し、輸出国であるアメリカやEUについては、輸入が少ないうえ関税も低いので、輸入農産物についての消費者負担はほとんどなく、PSEは国民負担と考えてよい。
これまで、消費量の14%しかない国産小麦の高い価格を守るために、86%の外国産小麦についても関税(正確には農林水産省が徴収する課徴金)を課して、消費者に高いパンやうどんを買わせてきた。国内農産物価格と国際価格との差を財政からの直接支払いで補てんするという政策変更を行えば、消費者にとっては、国内産だけではなく、外国産農産物の消費者負担までなくなるという大きなメリットが生じる。農業に対する保護は同じで国民消費者の負担を減ずることができるのだ。
価格支持による市場の歪みを財政で処理する日本
農家の所得を保証するのは価格だけではない。EUは、価格は市場に任せ、財政からの直接支払いによって、農家所得を確保している。直接支払いの方が価格支持より優れた政策であることは、(日本の農業経済学者はともかく)世界中の経済学者のコンセンサスである。
市場に介入するタイプの価格支持は、本来市場で実現している価格より高い価格を農家に保証しようとする。需要が減少して供給が増えるので、需給が均衡する市場では起きない過剰が生じる。日本では、政府が高価格で米を買い入れていた食糧管理制度の下で、大きな過剰が生じた。EUも同じだった。その過剰を処理するため、日本では補助金を出して減反をし、EUでは補助金を出して国際市場で処理した。同じく補助金を出しても、日本は減産、EUは生産拡大という違いがあった。食料安全保障の観点からは、EUの補助金の方が優れていた。
本来の市場価格よりも高い価格を保証する不足払いでは、供給が増え、本来の市場価格よりも価格は低下するので、供給量に不足払い単価を乗じた財政負担は大きくなる。
いずれの場合でも、価格支持では、過剰または供給増加という市場での歪みが生じ、それを処理するために、大きな財政負担が必要となる。直接支払いなら過剰は起きない。アメリカなどから責められたこともあるが、この問題に気づいたEUは1993年、価格支持から直接支払いに移行した。
日本も1995年に食糧管理制度を廃止した際、直接支払いに移行すればよかった。しかし、減反で供給を減少させ、高い米価を維持することを選択してしまった。今は、減反によって事前に過剰米処理をしていることになる。日本の政策当局者にとって不幸だったのは、EUと異なり、日本には、高米価で発展してきたJA農協という圧力団体があったことである。
日本の農業経済学者の間違い
鈴木氏は、日本の「納税者負担」(直接支払い)が少ないことをもって、欧米の方が手厚い保護を行っていると主張する。日本の保護の2割に過ぎない財政による保護(直接支払い)の部分を欧米の保護の8割以上を占める財政による保護の部分と比較して、日本の方が小さいと言っているのだ。
日本の農業保護が少ないなどと主張するなら、OECDだけではなく、世界の農業経済学者から相手にされないだろうと思うのだが、日本の農業経済学界の中に同調者が多いようである。間違いだと思っている農業経済学者もいると思うのだが、あえて波風を立てないというのが学界の良い所(美風)のようだ。
日本とEUの具体的な保護の姿を次の図で示す。
価格支持ではなく直接支払いの比重が高いEUで、直接支払いと農家所得の比率が高くなるのは当然だ。しかも、日本の農家所得は高いので、所得に占める直接支払いの割合は、日本の方がさらに小さくなる。日本は直接支払いではなく、高い価格で支持している部分が大きく、トータルの保護は農家所得を上回る。
例えば、日本の酪農は200~400%の高関税で保護されている。高い関税を払っているのは国民消費者だ。フランスのスーパーで250グラム450円のエシレのバターが、日本ではその6倍の値段を払わないと買えない。会社員がパリに出張する際には、夫人からエシレバターを買ってきてほしいと注文が出るほどだ。日本の公的補助が少ないというなら、関税を撤廃してから主張してはどうか。
それだけではない。EUの公的補助は直接支払いだけである。しかし、日本の場合、畜産を例にとると、直接支払いだけではなく、家畜の導入、畜舎整備、搾乳機械の導入など、ありとあらゆる場合に、高率の補助事業がある。農林水産省畜産局のホームページには、これらの補助事業が満載である。日本とEUの何を比較して、日本の公的補助が低いというのだろうか。
なお、アメリカ農務省のSNAP(低所得者層向けのフードスタンプ)を間接的な農業保護だとしているが、それなら日本の社会保障政策も、(低所得者はエンゲル係数が高いので)間接的な農業保護政策になる。そもそも食料費支出のうち、農産物の占める割合は10%程度なので、SNAPの農業保護効果もたかが知れている。農務省がフードスタンプを取り込んだのは、リンカーンの最大の失敗は農務省を作ったことだと言われるほど、アメリカでは農業保護に対する批判が強いので、これによって都市住民の支持を取り付ける狙いがあったのだ。
【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧
筆者山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹) |
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※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載