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第25回 食の不安情報から暮らしを守るためのブックガイド②【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

前回の続きで、食の安全について不安なことやわからないことがあったとき、手元に置いておきたい定番ともいえる本を間宮さんが紹介します。

『図解でよくわかる 農薬のきほん 農薬の選び方・使い方から、安全性、種類、流通まで』寺岡徹監修、誠文堂新光社、2014年

『図解でよくわかる 農薬のきほん 農薬の選び方・使い方から、安全性、種類、流通まで』寺岡徹監修、誠文堂新光社、2014年

そもそも農薬とは何なのか?という全体像を手軽に理解するための入門書として勧めたい。
現在、農薬について一般人がアクセス可能な情報は、プロ向けの実務的な情報か、危険性を告発する情報のどちらかに振れており、予備知識のない状態からフラットに学べる機会はかなり限定されている。
その点、本書は農薬の歴史やその必要性、使用方法や対応する病害虫の種類(カラー写真つき)など、農業者でない限りなかなか知ることのない情報がまんべんなく網羅されていて、生活者視点での入口としては十分な内容になっている。

また、制度や法律の変遷、その課題、減農薬のための技術、有機農業の利点についても紹介されており、単に一方的に農薬を肯定するような立ち位置からは書かれていない。

『もうダマされないための「科学」講義』菊池誠 松永和紀 伊勢田哲治 平川秀幸 飯田泰之+SYNODOS編、光文社新書、2011年

『もうダマされないための「科学」講義』菊池誠 松永和紀 伊勢田哲治 平川秀幸 飯田泰之+SYNODOS編、光文社新書、2011年

2010年に実施されたSYNODOS主催の科学セミナーを、東日本大震災を踏まえた書き下ろし等を加えて一冊にまとめたものになる。
各章の冒頭では評論家の荻上チキ氏が案内役となり、講義紹介をおこなう。
10年以上前の書籍だが、現在読み直しても議論に古さを感じさせず、十分に面白い。

タイトルの通り、いわゆる「ニセ科学」が蔓延する社会状況への警鐘として、各専門家が豊富なケーススタディを通じて「ダマされない」ための基礎知識や方法論を解説している。

一方で単なるニセ科学批判にとどまらず、社会と科学のあいだの信頼関係をいかに再構築していけるかという主題に一貫して向き合っており、日本中で科学技術への信頼が大きく揺らいだ2011年のザワザワとした空気感が、随所に反映されている。

章ごとに内容は独立しており、どこから読んでもいい構成になっている。
食の安全について取り上げられているのは以下の通り。

3章「報道はどのように科学をゆがめるのか」松永和紀

科学的に誤った報道がいかに社会に混乱をもたらしているのかを紹介する事例として「遺伝子組み換え食品がなぜ危険視されてきたのか」を取り上げ、詳しく解説している。

4章「3・11以降の科学技術コミュニケーションの課題――日本版「信頼の危機」とその応答」平川秀幸

イギリスの90年代のBSE問題における科学技術コミュニケーションの課題や、それに関連して欧州のGM作物の安全論争についても触れられている。

付録「放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち」片瀬久美子

震災直後の空気感が最も端的に表れている章。
細胞分子生物学が専門の片瀬氏が、Twitterなどに当時氾濫した放射性物質関連のデマに対峙して、多くのケーススタディを列挙している。
「2、不安につけこむ人たち」の項では、科学的根拠のない「放射能対策」を掲げたホメオパシー、マクロビオティック、EM菌、米のとぎ汁乳酸菌などが取り上げられている。

『おいしくてからだにいいものが食べたい!』手島奈緒、さくら舎、2018年

『おいしくてからだにいいものが食べたい!』手島奈緒、さくら舎、2018年

いかに科学的に正確な情報でも、誰から、どのように聞かされるかによって受け止める側の印象は大きく変わる。
漠然とした不安な気持ちを頭ごなしに「科学」で否定されれば、誰だって良い気持ちはしない。

ここまで、そういう負の気持ちを抱かせるような本は選んでいないが、もうひと声身近なところまで降りてきて、隣に座って「わかるよ、心配だよね」と語りかけてくれるような感じの本があってもいいのではないか、と考えて選んだのがこちら。

著者の手島奈緒氏は自然食品宅配の老舗「大地を守る会」出身の食料ジャーナリスト。
基本的に、有機農業やいわゆる自然食品に好意的な捉え方をベースに書かれている。

1章と4章では全国の産地で著者が出会ってきた美味しいものを、生産者の言葉とともに紹介。
一方、2章「知っておきたいからだにいいものの基礎知識」、3章「食べものの技術とからだの関係」と題して、食の安全に関わるトピックに触れており、「F1種を食べると不妊になる」「自然な野菜は腐らない」などありがちな誤解についても丁寧に説明されている。

人によっては意見の分かれる表現もあるかもしれないが、有機・自然食品に関心の高い人でも読みやすく、かつ悪者にされがちなテーマに関してもかなりフェアに書かれている点で、とても貴重な立ち位置を担っていると思う。

番外『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』久松達央、光文社新書、2022年

『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』久松達央、光文社新書、2022年

日本で最も有名な有機農業者のひとり、久松達央氏の新著。
少し趣旨と離れるため「番外」としたが、本コラムのテーマに関心のある方には7章「オーガニックというボタンの掛け違い」を、ぜひ熱いうちに読んでみてほしい。

各所で話題となっている本書を、あえてここで取り上げる理由は何より「生産者の目線で書かれている」こと。
一部のSNSやネットを除けば、公の場で有機生産者自身が、これほど正面切って有機農業やその周辺環境に対して本質的に切り込んだ批判をしている例は他に知らない。

挑発的なタイトルや表紙の印象とは異なり、本書は有機も含めた農業全般について、メディアや企業等が描きがちなステレオタイプをロジカルに批判し、読者の思い込みを丁寧に解除していく。
もちろんそこでは「有機=善」「農薬=危険」といった単純な考え方も、淡々と打ち砕かれることになる。

それだけなら研究者やジャーナリストでも書ける内容かもしれないが、久松氏の場合はステレオタイプを紐解いたその向こう側に、常にあとに続く若手の姿を見ている。
評論ではなく、現役のプレイヤーとして不断に考え続けている。

本当に有機をどうにかしていきたい人たちにとっては、耳が痛くても避けては通れない、これからの議論の礎になる本だと思う。
日々現場に身を置く当事者の身体からしか生まれ得ない熱量が伝染して、誰かと語り合いたくなる一冊。

まとめ

以上、こうした分野ではウェブ上にも書籍に劣らず参考になる記事は少なくないが、あえて手に取れる書籍のみに絞って紹介した。

手元に置いてパッと開ける、知らない間に削除されたり内容が改変されることがない、通読することでより体系的な理解に近づける(断片的なウェブ記事は、その上で参照した方が効果的)などが理由だ。

また、ウェブ記事は話題のトピックに対してタイムリーな発信が可能で便利な反面、SNS上の論争で相手を殴る武器のように扱われてしまうことも起こりがちで、記事自体の印象もそれに引きずられてしまいかねない。
物理的に手に取り向き合うことのできる書籍は、比較的そうした使い方には巻き込まれづらい。

ちなみに、安全性に問題ないからといって、それらの食品すべてが素晴らしいものだなどと言うつもりはない。
漠然とした不安や思い込みからは自由になった上で、より環境負荷の低い食品や、伝統的な製法の継承に取り組む調味料を選んだり、応援したい生産者がいれば交流しつつ直接農産物を買ったりすることは、食生活をより豊かで実りあるものにする。
科学的な事実を踏まえることと、食の豊かさは何も矛盾しない。

忙しい日々の隙間に、気になった本があればぜひ手に取ってみていただけたら嬉しい。

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

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