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Vol.15 島根の野菜農家が「中山間地の獣害対策」問題を語る【農家の本音 ○○(問題)を語る】
東京生まれ東京育ちの東京民で2011年に新規移住就農した島根の野菜農家です。東京民の私も獣害という言葉はもちろん知っていました。イノシシもニホンザルも上野動物園や多摩動物公園で子供の頃から何度も見ていたからです。しかし、動物園で飼い慣らされた姿は畑を荒らす現実とは程遠く、動物の本性など全く理解できていませんでした。営農6年目、私は農家のやる気を根こそぎ削ぐ獣害を目の当たりにし、動物の本性と対峙することになったのです。
東京民「獣の洗礼」を受ける
営農6年目、ニンジン栽培が軌道に乗り、多くの取引先にも恵まれ規模を拡大していました。その年は中国からの輸入ニンジンに残留基準値を上回る農薬が検出されたことで中国産ニンジンの輸入が全面的に停止となり、日本中の加工卸業者がニンジンを求めて東奔西走していたのです。そのため例年1ケース10kg約1600円が相場のところ、4000円という高値が長いこと付いていました。
うちもニンジンで一気に売上を上げるぞ! というまさにその時でした。ヤツらが現れたのは。
収穫まであと一歩という時に40a(4,000㎡)の圃場(ほじょう)のうち5a程度が一夜に荒らされていました。報告を受けたのち、すぐさま電気柵の準備をしました。電気柵の設置によってイノシシであればその侵攻が止まるはず……でした。
止まらない獣害対策に合意形成の壁
それでも被害は止まず、しばらくすると復活してしまいます。しかも電気柵は管理も非常に面倒で、草が伸びてくると電線に触れないように綺麗に草を刈る必要があります(草が線に触れると電流が地面へと逃げてしまい電圧が下がるため)。これだけ手間暇をかけても被害が出てしまうので、自分自身の知識程度では対策が難しいと考え、県の鳥獣対策室に問い合わせて色々調査をしてもらいました。
トレイルカメラなどを設置して被害を起こしている獣が何なのかを確定していきますが、残念ながらトレイルカメラを利用した動画や写真から対象の動物が何であるか、が分かりませんでした。そのため畑に侵入させないというアプローチ段階での対策が難しく、かつ被害が大きくなっているため県職員と相談した結果、捕獲に舵を切った方が良いという結論になりました。
しかし駆除依頼を行政から猟友会にお願いする場合に絶対欠かせないのが地域の合意形成です。これはもう仕方のない事ですが行政が何かをするためには個人からの依頼では動けません。そのため地域からの要望で駆除を依頼するという合意形成が必要となってくるのです。
この時点でうちのニンジン被害は30aになっており、被害額にして実に200万円程度となっていました。これだけの被害があっても合意形成なしに事は進まないのですが、そこには乗り越えなければならない壁が存在します。捕獲するのに箱罠などを使う場合どうしても撒き餌をする関係で様々な獣を誘引してしまうことです。
周囲の農家はほとんどが兼業の小規模農家や家庭菜園規模の農家で売上額も管理面積もうちが最大規模だったのですが、合意形成になると規模の大小は関係なく全員に納得してもらう必要があり、被害があるのはうちだけということもあってリスクの伴う箱罠依頼はしないことになりました。
しかしこの年だけではなく年々イノシシの被害は大きくなる一方で、他の人の畑でもジャガイモやサツマイモが掘り返されることから始まり、畑のいたるところを掘り返す、掘り返した土で側溝を埋められるなどの被害が相次ぎます。側溝の泥を必死で上げた後、2、3カ月でまた同じ場所の側溝を埋められる状態が続いたのです。
自分の畑は自分で守るしかない
ここに至って、自分の畑は自分で守るしかない、誰にも頼ることはできないのだと覚悟を決めました。なぜなら中山間地には最早獣害にあらがえるほどの人的余剰戦力が無いからです。誰かに頼るのではなく全てを自分で何とかしなくてはいけません。自分で猟銃免許を持てば自分の畑には自由に罠を設置することが可能です。
というわけで必死に獣の生態を勉強し、法律も勉強し、狩猟免許を取得しました。
しかし免許があるだけでは獣を捕ることはできません。狩猟免許では猟期(概ね11月~3月に設定される。各地域により違う)しか捕獲できず、これでは農業で一番大事な収穫最盛期の4月~10月に駆除できません。そこで狩猟免許だけでなく、猟友会に入って猟友会の駆除班として町から認定してもらうことで駆除という形での常時の獣害対策が初めて可能になるのです。そのためには猟友会の会費を払い、会の活動に参加するなど様々な負担も発生します。それを嫌がる人もいますが、自分で畑を守るためには必要経費という認識で臨むしかありません。
イノシシ捕獲作戦の果てに…
駆除班として活動をしながら獣の生態を詳しく勉強していきます。
特に足跡は情報の宝庫です。足の運び方でどの方向から来てどちらに行くのか、体重は? どういったグループで動いているのかなどを読み取っていきます。
イノシシの出産時期、子育て時期などを把握し、地域のイノシシが出た場所などを定期的に見回り、通い(イノシシは警戒心が強いため何度も通る安全なルートを移動する)ができているのかなどを判断していきます。
ある程度わかればよく歩く場所にトレイルカメラを仕掛け、より詳細に動きを把握したうえで罠を仕掛けます。
うちは箱罠が主なのでまずは撒き餌で罠の中にある餌が安全であることを報せます。通常は米ぬかが使われると思いますが、うちでは畑にあっておかしくないものという理由でニンジンを使っています。
地域の先輩猟師から「ニンジンはイノシシが食べるかや?」と疑問視されたものですが、最近では「お前の畑のそばで獲ったイノシシの腹を掻っ捌くとニンジンが出てくるわ」と言われます。もっとも罠を仕掛けても最初から入ってくるわけではありません。箱罠の手前にニンジンを置き、罠が作動する仕掛けは動かさずに安全な状態で徐々に徐々に箱の中に入っても大丈夫だよと繰り返し教えていきます。
餌付けから3週間ほど経過すると奥の方にニンジンを置いて(人間が見るとどう考えても人為的に置いていると分かる)いても、イノシシの行動はどんどん大胆になっていき、おっかなびっくり進んでいたイノシシはほぼ警戒なしに進んできて一番奥にあるニンジンを食べるようになるのです。
こうなるとしめたものでいよいよ罠が作動するための蹴り糸を箱の中に仕掛けます。
ピーンと張った糸をイノシシが押すことで糸の先にある仕掛けが作動し、箱の扉が閉まります。蹴り糸を仕掛け、新しいニンジンも置いてドキドキしながら待ちます。
次の日
ニンジンを食べようと“いつも通り”奥まで進もうとしたところでイノシシが蹴り糸を動かしてしまいました。扉が閉まり捕獲完了です。
結局捕まえたのは小さい個体でした。
2年ぐらいずっと狙ってるうちの山のボスがいるのですが、ボスは頭が良く罠にはつかまってくれません。しかし小さい個体でも捕り続けることにより数を減らしていかないと中山間地農業、いえ、中山間地の生活基盤そのものが獣によって蹂躙されてしまう未来がすぐそこまで来ています。
個人で銃器を扱える人間は強いですが、集団としての力は人よりも獣の方が有利になっているのが中山間地のリアルです。ここでは人も獣もよりよい人生・獣生を送るため、必死に生きているだけなのです。我も彼も“ただ生きている”ことを是非都会に住む多くの方に知っていただきたいですね。
筆者うちの子も夢中です(野菜農家) |