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グリホサートの安全性評価を巡るIARCの不正問題を追及したジャーナリストの話を聞きに行ってみた(前編):52杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】
農薬や除草剤には本当に多種多様なものがありますが、不安ビジネスのターゲットにされるのはだいたいいつも決まっています。
除草剤ならラウンドアップ(有効成分グリホサート)です。
根拠として出されるのは、決まってIARC(国際がん研究機関)の“人に対しておそらく発がん性がある”という評価です。
グリホサートは日本の食品安全委員会も、米国や欧州の同じような機関も発がん性を認めていないわけですが、IARCが“おそらく発がん性あり”と評価したことで、それを根拠にいつもやり玉に挙がっているわけです。
本当に発がん性があるならIARC以外の全部の機関が間違っていることになるのですが、果たしてそんなことがあるのでしょうか?
国際報道協会メディア賞受賞者が日本で講演
IARCの評価プロセスはどこまで信用できるのか? という問題に深く切り込んだジャーナリストがいます。
その人は、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)主席科学ライターで、元ロイター通信記者のケイト・ケランドさんです。
ケランドさんは、IARCのグリホサートに対する評価に問題点があったことを取材し、国際報道協会メディア賞を受賞しました。
そして、ケランドさんは2024年11月に来日し、IARCの実態や科学コミュニケーションのあり方について講演しました。
私も農業や食の安全についてコミュニケーションする立場であるので、最前列で聞いてきました。
今回はそこで聞いたことをまとめたいと思います。
IARC以外はグリホサートの発がん性を否定
ちなみに、IARCは世の中の様々なモノ・コトを、ヒトに対して発がん性が「ある」「おそらくある」「あるかもしれない」「ない」の4つに分類していますが、グリホサートはここで挙げた2つ目の「おそらくある」というグループです。
「おそらく発がん性がある」と言われるとびっくりしてしまいますが、同じグループには「熱い飲み物」や「赤身肉」などが分類されていて、「まあ、極端に避けなくても大丈夫かな?」と思います。
では、他の機関はどう評価しているの? と思うのですが、講演の資料によると
1974 グリホサート販売開始・その後40年以上の間に800以上の試験で安全が立証され、160ヵ国以上で使用されている
2015 IARCによる評価
2016 国際機関FAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR)がヒトへの発がん性を否定
2016 食品安全委員会 同上
2016 ニュージーランド環境保護庁:NZ EPA 同上
2016 オーストラリア農薬・動物用医薬品局:APVMA 同上
2017 米国環境保護局(EPA) 同上
2017 ドイツ連邦リスク評価研究所:BfR 同上
2017 欧州化学機関:ECHA 同上
2017 韓国農村振興庁:RDA 同上
2017 カナダ保健省病害虫管理規制局:PNRA 同上
2017 欧州食品安全機関:EFSA 同上
2018 AHS 同上
え、IARC以外はどこも発がん性を否定しているじゃないですか。
IARCはこれをツッコまれないの? と思いますが、当然ツッコまれています。
実は、IARCの評価より前から、ラウンドアップは不安ビジネスのターゲットにされてきたのです。
セラリーニ論文=ジャンク論文
代表的なものがセラリーニ論文として知られるジャンク論文です。
2012年にフランスのセラリーニ氏らがラウンドアップに発がん性があるという論文を発表、数日後に「世界が食べられなくなる日」という紹介映画を公開し大々的に宣伝しました。
映画は日本でも公開され、有名になりました。
いや、でもさすがにそんなに用意周到に大宣伝したらおかしいだろ! と思うわけですが、案の定世界中の研究者・研究機関から「おかしいだろ!」と注目されました。
すると、もともと癌になりやすいラットを選んでいたことや、データを恣意的に操作していたことが次々と明らかになり、論文は撤回されました。
とほほ……。
ですが、映画を観た人や癌になったラットの写真を見た人はそんなことは知らないわけです。
そして、撤回されたあともこの論文は別の雑誌に掲載されたり、SNSで拡散されたりと、まるでゾンビのように情報の世界をうろついているのです。
不安情報にはありがちな話ですね。
IARCを追及したケランドさん 米国議会も問題視
そんなこともあり、IARCが他の世界中の機関と異なる評価「おそらく発がん性がある」と評価した時もツッコミがありました。
研究者たちは「おまえもかよ!」と思ったのでしょう。
そんな中で、ケランドさんはIARC評価の草稿を入手。
審査過程で「発がん性を否定する」研究を多数削除、「発がん性がある」という結果に変更したことを突き止めました(いや、そんなやり方で評価したらどんなものでも「発がん性あり」にできるでしょ……)。
ケランドさんは作業部会所属の16人に「どういうプロセスで評価したのか」と質問を送りましたが、回答はありませんでした。
もはやこれは、科学的な評価が正しいとか間違っているとかそういうレベルの話ではなく、国際的な機関が不安ビジネスのお墨付きを与えている不正疑惑じゃないですか。
と思ったら、米国議会も問題視したらしいです。
IARCへの拠出金を停止または大幅削減することを提案したのです。
その内容はこちら
・粗悪な科学:IARCが政治目的・利益のために科学的に不十分な研究を利用
・成果の欠如:IARCの研究が公衆衛生に貢献した証拠が見当たらない
・透明性の欠如:作業草稿の保管や公開をせず、科学的基準や政府の監視を回避
・活動家の利用:IARCの報告書が国民の恐怖を煽る目的で利用されている
・米国の税金利用:IARCが米国の資金と科学者の専門知識に依存しながらも、透明性の基準に協力(資料提供や議会召喚)を拒否
・責任の欠如:国連の機関が資金提供国に対して責任を負わない時代は終わった
なかなか厳しいコメントですが、まあ、言われても仕方ないですね。
日本の議会もちゃんと動いた方が良いと思います。
こういう不安ビジネスは変な健康ビジネスといつもイコールで、場合によっては命に関わる問題なので。
たびたび見かける「グリホサートはこんなにも危険!」というあれですが、言っている側が不正を追及されていたことがわかりました。
「でも、科学的で真面目そうな国際機関がなんで?」と思うのですが、それにもまあ訴訟ビジネスやらいろいろ絡んでいたのです。
そのことはまた別の機会に触れようと思います。
【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |