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「農と食の不安情報に惑わされないために」という講演をしてみて良かったこと:61杯目【渕上桂樹のバーカウンター】

コラム・マンガ

農と食の情報発信や誤情報対策の仕事をしてかれこれ5年、最近では講演の機会にも恵まれるようになりました。今回は、2025年8月に行われたある朝活セミナーでの講演について述べたいと思います。

種明かしスタイルで講演

講演のタイトルは「農と食の不安情報に惑わされないために」です。
集まっていただいたのは毎週参加されているという、主に経営者の皆さんでした。

講演では農と食の不安を煽る典型的なネタを例にそのカラクリを種明かしするというスタイルで話しました。

たとえば、「農産物から農薬/除草剤の成分が検出された!」というニュースを挙げて、検出された数値が基準値に対してどれくらいの量だったのか? 1日当たり何十キロも食べ続けないと影響がないですよね? そんなに食べたら農薬があってもなくても死んでしまいますよね?といったことを解説して会場の皆さんと笑ったりしました。

また、「日本の残留農薬の基準値が大幅に緩和された!」というSNSの記事の例では、残留農薬の基準値の仕組みを解説し、闇雲に緩和されるなんてありえないことを話して、不安を煽る記事はどうやって作られているかを種明かししました。

誤情報のまん延で起こる四つの問題

次に、不安を煽る誤情報がまん延すると何が問題なのかを解説しました。
主にまとめたのは以下の通りです。

① 農と食を支えるプロフェッショナルの尊厳が傷つけられること

これは、農家だけでなく農薬メーカーや流通業者も含まれます。
農家や農薬メーカーは危険なものを作っているのか? 市場やスーパーで働く人は危険なものを売っているのか?という話になってしまいます。

② 消費者に無用な心配を強いること

無用な心配は経済面・健康面での損失に繋がります。
誤情報は多くの場合、「でも、これを買えば大丈夫」という商法(サプリメントや健康グッズ)とセットです。
たいていは値段が高かったり、効果があるか怪しいものであったり、マルチ商法だったりします。
また、健康に関する誤情報はだいたい標準医療と矛盾してしまうため、真に受けた人を医療から遠ざけてしまうという危険性を孕んでいます。
すぐに病院に行けば助かったであろうに、怪しい健康法に頼ったせいで悪化したという例もあります。
農と食の不安情報はその入口になってしまうのです。

③ 発達障害やアレルギーなどの偏見を助長すること

最近ブームになっている「発達障害・アレルギーの原因は農薬! 学校給食をオーガニックに!」という運動を挙げました。
学校教育の場では発達障害の原因を探ったり、なくしたりすることを目的としていません。
子供の発達に適した教育や支援をどう提供していくかの努力をしています。
「農薬が原因かも」という言説を学校に持ち込むことはこうした努力を台無しにするだけでなく、新たな偏見を生む原因になります。

④ 誠実なビジネスを駆逐してしまうこと

誤情報を利用して商売することは、いろいろな法律で制限されています。
ですが、大切なのは誠実さだと思います。
他者の商品やサービスをあたかも危険であるかのように触れ回るのは、誠実であるとは言えません。
誤情報に頼る商売がまん延すると、誠実に商売をする人が馬鹿を見ることになってしまいます。

真偽を見極める三つのポイント

講演会などでここまで話すと、必ず聞かれるのが「では、どのように情報を見ればいいの? 何が必要なの?」という質問です。
私はこのようにまとめました。

① 農薬や基準値についての知識?

目にした情報を瞬時に判断する知識を身につけるのは長い時間と努力を要します。
忙しい毎日の中で農薬の知識を身につけるのは現実的ではありません。

② 質問や検索する習慣? 矛盾を見抜く洞察力?

一次情報を確認するのはとても大切だと思います。
しかしながら、不安を煽る情報を目にするたびに一次情報を探しにいくのは大変です。
また、惑わされないよう一呼吸置くだけなら詳しい情報を調べる必要もありません。

③ 農業や食品安全管理の経験?

詳しい知識がなくても、現場経験があれば誤情報を見たときに「あれ? なんかおかしいぞ?」と立ち止まることができます。
ですが、皆さん全員が畑で働いたりする必要はないと思います。

大切なのは倫理観

知識でも洞察力でも経験でもないなら、一体何が大切で何が必要なのか?
私は最後にこう締めくくりました。

「本当に必要なのは、暮らしを支える仕事をリスペクトする気持ち、他者を下げない誠実さ、不確かな情報を拡散しない自制心、これらは私たちが常日頃大切にしていることですよね。漢字2文字で何と言うか、皆さんよく知っています。最後に大きな声で言います。それは、倫理です」

私が招かれたのは倫理を大切にする人たちの集まりだったので、私も同じようにリスペクトしなければ気持ちが伝わらないと思ったのです。

質疑応答の時間には活発にご意見・ご感想をいただきました。
「食べ物に感謝して美味しく食べたい」「不安を煽るニュースは前から少し違和感があったけど、はっきり言ってくれたので安心できる」という声を多くいただきました。
また、後日会いに来てくれる人もたくさんいました。
お手紙に加え、似顔絵までいただきました。
気持ちはしっかり伝わったと思います。

知識量で臆せずに発信を

私は当初、心配なことが2点ありました。
一つは私の話が歓迎されるかどうかです。
呼んでいただいた団体の別の支部では過去に「除草剤はこんなにも危険!」といった趣旨の講演をしていたからです。
ですが、事前に身構えるのは良くないと思って講演しました。
結果としては十分伝わったと思うので、フラットな視点で話してよかったと思います。

もう一つ心配だったのは、自分の知識量の問題です。
今回私が話した“種明かし”も、農薬の安全基準の話も、特に専門性が高いものではないので、「この知識量で講演して良いのかな?」という心配がありました。
でも、よく考えたら不安を煽る側の人たちはそんなこと気にする素振りもなく発信して講演もしています。

一方で、誤情報をなんとかしたいと思う人たちの講演は多くありません。
私がここで堂々と講演しないとバランスがおかしくなるのです。
だから話すことにしました。
専門的な知識が少ない私ができたのですから、知識のある人はもっとできるのではないでしょうか。

現場サイドの人、私より専門的な知識がある人、私より専門的な知識がない人、皆さんもぜひいろいろなところで話してみましょう。
丁寧に話せば、きっと伝わります。

 

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筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

 

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