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「食の安全を守れ!」と抗議される「本当の意味で食の安全を守る人々」:36杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】

コラム・マンガ

広島での平和記念式典で起こったある出来事に思うところがありました。それは平穏な世の中だからこそのことであり、もし不穏となればきっと違った展開になるのでしょう。当事者の思いがきちんと認識されずに、誤った活動が行われるのはなんとも寂しいことと言わざるを得ません。

平和記念式典で「平和を守れ!」と抗議

8月に広島市で行われた平和記念式典に、反戦・平和を掲げる団体が詰めかけ、シュプレヒコールをあげて物議をかもした出来事がニュースになりました。長崎でもその模様は報道され、たまたま話していた元自衛官の男性と話題になりました。男性は「私も現役自衛官だったときは『平和を守れ!』と掲げる団体から抗議されたことがありましたよ。私自身も『平和を守る』仕事をしているというのに」と苦笑いしていました。会話の中で男性は「武器を持つ姿が、一部の人にとっては安全を脅かすシンボルのように映ったのかもしれない」と話していました。

農薬を扱う映画と似た構図

私はその話を聞いて、農業と食の安全の世界と似ていると思いました。
思い出したのは、映画『食の安全を守る人々』の冒頭部分、「食の安全を守れ!」という趣旨のプラカードを掲げたデモ隊が、農薬メーカーのビルの前で抗議デモをしているシーンです。
映画では、農薬に反対する活動家たちが「食の安全を守る人々」として描かれ、農薬メーカーはあたかも人々の健康を損ねて暴利を貪る悪の組織のように扱われていました。

ですが、本当にそうなのでしょうか?
私は「食の安全を守れ!」と抗議を受けるメーカーの社員さんが、元自衛官の男性と重なって見えました。

たしかに、農薬も武器と同じように、使い方を間違えれば危険であることに違いありません。
しかし、一方では命や暮らしの安全を守っています。
そして、そのようなものは身の回りに無数にあります。
「走る凶器」とも言われる車ですが、救急車やトラックは私たちの命と暮らしを守っています。
医薬品も乱用すれば危険ですが、正しく使えば私たちの体を守ってくれます。
「ペンは剣よりも強し」と言われるペンには、人を傷つける力だけでなく、守る力があります。
一般家庭では、十分に注意したうえで漂白剤や殺菌剤を使い、食中毒から家族を守っています。
農薬にも同じように命と暮らしを守る役割があります。
食の安全を脅かす悪のシンボルにはふさわしくないと思うのです。
では、農薬は私たちをどんな危険から守っているのでしょうか?

食中毒やジャガイモ飢饉を救う農薬

たとえば、食中毒です。
国産の麦類は赤カビ病が発生しやすく、食べてしまうと最悪の場合、死に至ることもありますが、その危険から守ってくれる農薬があります。
スプラウトの種子消毒に使う農薬は病原性大腸菌などから守ってくれています。
他には食糧難が挙げられます。
19世紀にアイルランドを襲ったジャガイモ飢饉によって100万人以上が犠牲になりましたが、原因となった病害を防ぐ農薬が開発され、人類は過去に起こったような飢饉を克服しようとしています。
幸運なことに飢饉を経験したことがない私ですが、過去の飢饉の記録を読みながら、「ああ、この時代にあの薬剤があれば何人の命が救われただろう?」と思うことがあります。

本当の意味で安全を守る人々の思いを知るべきでは

映画『食の安全を守る人々』では「食の安全を守れ!」と悪魔の企業のように抗議されていた農薬メーカーですが、実は農薬メーカーで働く人たちこそ本当の意味で「食の安全を守る人々」に違いないのです。

「いや、それでも私は無農薬を選びたい」という人もいると思います。
私はその考えに反対するつもりはありません。
ですが、無農薬栽培の余裕は安定した食料生産によって保たれており、農薬はそれを支えています。
無農薬を選ぶ人たちも守るのが、農薬メーカーで働く人たちなのです。

元自衛官の男性は「でも、昔は抗議どころかもっとひどいことを言われたそうですよ。最近はまだマシになったんです」と話してくれました。
理由を尋ねたところ、「東日本大震災で自衛隊の救援活動が注目されたのがきっかけだと思います。それと、最近は情勢が悪化しているからですかね?」と答えてくれました。
大きな危機が訪れたときは「安全を守る人々」の仕事が再認識されるのでしょうか。
私がそんなことを問いかけると、男性は「そうですね。現役時代は『俺たちが日陰者でいられることは平和と安全が守られている証なんだ』と先輩から言われたものです」と教えてくれました。

今の私たちの社会は、国の安全が守られているのと同じように、作物の病害から守られ、カビ毒の危険から守られ、安全な食が守られています。
飢饉の記憶ははるか遠いものになりました。
長い間、安全が守られていると、そのために必死でがんばる人の仕事はまるで日陰のように見えにくくなるものかもしれません。
では、本当に深刻な危機が迫れば、安全を守る仕事が日の目を浴び、賞賛を集めるのでしょうか?
「本当の意味で安全を守る人々」はそんなことを望んでいないのです。

 

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筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

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