会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
1回の農薬散布までの長き道のり【落ちこぼれナス農家の、不器用な日常】
「農家って、JAや業者の営業の言われるがままに農薬を使ってそう……」
農薬を使う農家に対して、こうした印象を持つ消費者もいるかもしれません。
僕も就農する前は、こんな風に農薬散布に関して甘く考えていました。
しかし実際は、決してJAの暦任せで農薬散布しているわけではないんです!
たった一度の農薬散布でも考えることがたくさんあり、農薬散布のための段取りを何日も前から調整しないといけない。そのことを、少しでも理解してほしい!
ということで今回は、
「農薬散布までの長き道のり」
をテーマに、農家の僕ナス男が一回の農薬散布までにどれだけの作業と思考工程を経て実行しているのか、その奮闘ぶりを紹介します。
① 毎日の農作物の観察
まず農薬を散布する前に、毎日必ずしなければいけないことがあります。
それは、農作物の観察です。
なるべく農薬を減らすためには、病害虫の初期の発見が何より大事!
毎日観察していると、農作物の些細な変化や病害虫のサインを初期のうちに発見できます。
「まあもう少し後でいいや……もう少し増えたら一網打尽にしてやる!」
という考えでは病害虫は治まらず、余計に農薬が必要になってしまいます。
人間の病気と一緒ですね。
実際の現場では、作業の都合で病害虫を発見してもその日にすぐに農薬散布できないことはしょっちゅうあります。
しかし初期のうちに被害状況を把握しておくだけでも、農薬散布までの段取りに影響が出ます。
● どんな病害虫の被害が出ているのか
● 農薬散布をするのかしないのか
● どの農薬をチョイスするのか
これらを「IPM」で最適な方法を考えます。
「IPM」に関しては過去の記事でも紹介しましたが、ざっくり説明すると化学農薬だけに頼らずに総合的に病害虫に対処していこうという考え方です。
詳しくはこちらの記事をどうぞ。
もちろん、戦略的に同一農薬で地域一斉防除をするのが最適解の場合もあります。
しかしハウス栽培ナス農家の場合は、圃場の病害虫の発生状況とは違うので最適解はそれぞれ違います。
JAの暦ではこれを勧めているからという理由で、農薬散布を決めることはありません。
必要ない農薬なんか疲れるしムダだし、お金がかかるからやりたくないので、農家は必死になって最適な農薬散布を考えています!
② 周りの農家や農薬メーカーに相談する
病害虫を発見して考えた結果、農薬散布をすると決めたら、その次にやること。
それは僕にとっては、周りの農家に相談することです。
出荷の時や圃場巡回の時などでよく顔を合わせるので、相談といっても堅苦しい感じではないです。
世間話がてら生育状況や出荷量だったり病害虫の発生状況を共有し合うという感じですかね。
僕の周りには農薬に詳しくて経験豊富な先輩農家が何人もいるので、
● 今どういう病害虫の発生状況か
● 過去の状況では、どのような農薬を散布したか
● その農薬の効き方やコスパはどうか
など、自分の圃場と照らし合わせて農薬散布後をイメージします。
病害虫の発生状況が違うので先輩農家の話を全部鵜呑みにするわけではありませんが、それでも農薬のチョイスに迷った場合、特に新剤や未使用の農薬で、その効果がよく分からない場合は、農薬メーカーに直接問い合わせます。
農薬をより詳しく知るには、その農薬を開発したメーカーの技術者の方に聞くのが手っ取り早くて確実だからです。
メーカーの技術者の方に主に聞く内容としては、
● より詳しい作用点や効果
● 薬液の付着性や浸達性を高める展着剤や天敵生物との相性、組み合わせ
など、現場の農家では使わないと分からない情報ですかね。
ただしメーカーの方も全て分かるわけではないですし、特に現場の使用後の感想などは実際に使ってみないと分からないことが多いので、これもあくまで参考程度です。
自分だけで考えて農薬を決めることも当然多いですが、先輩やメーカーの話を自分なりにかみ砕いて吸収することで、より深い思考力がつくと思っています。
③ 農薬散布日の決定
農薬を散布すると決めたら、農薬散布する日を決めなければいけません。
この農薬散布日の決定が、毎回悩みの種なんですよね……
主に何に悩むのかというと、
1. 風の向きや強さ
2. 天気
3. 時間帯
などです。
風の強さや向きは、農薬散布日を決める上では重要です。
あまりに風が強かったり向きが悪いと、周囲の畑や住宅に飛散してしまうのでアウト!
無風か、もしくは風速1~2メートルくらいの日や時間帯が農薬散布日にはベストです。
天気はなるべく晴れの日を選びます。
雨の日だとせっかく消毒したのに薬剤が乾く前に流れてしまいますからね。
ハウス栽培の場合は雨でも出来るじゃないかと思われるかもしれませんが、雨の日は農薬が乾きにくく、それが薬害の原因になり得えます。
(下の画像のように、ナスの薬害は皮が水滴の形に日焼けのような症状が出ます。)
なので、乾きやすい晴れの日を狙って消毒をします。
時間帯も大事ですね。
僕の地域は早朝と夕方に風が弱いので、その時間帯から消毒している露地野菜農家がかなりいます。
ハウス栽培ナス農家の場合は薬害を避けるために、夏の高温になる時間帯を避けることと、その日のうちに農薬を乾かすことを主に考慮した時間にしないといけません。
そうなると早朝から、もしくは昼から太陽が陰る前までに農薬散布する農家が多いです。
このように農薬散布日を決めるのには考えることがたくさん!
天気予報アプリと数時間おきににらめっこしながら農薬散布日を決める農家、僕だけじゃないはずです(笑)。
④前日までに作業の段取りを調整する
農薬散布日を決めるのと、ほぼ並行してすべきこと。
それは、農薬散布前日までの作業の段取りを調整することです。
なぜかというと、農薬の影響日数が残っている可能性があるので、農薬散布後は農薬取締法上、一定の時間を空けてからでないと収穫できないからです。
収穫までに空ける日数は、農薬によって違います。
だいたいの農薬は1日~7日ほどは間隔を空けるものが多いでしょうか。
あとは農薬散布をすると作物が濡れるので、その日に圃場で出来る作業はほぼなくなってしまうということも理由の一つです。
収穫の他にも重要な作業がある作物も多いので、作業の段取りを調整しないと栽培が失敗する可能性もあります。
特に、受粉のためにハチを入れる作物(トマトやイチゴなど)の農家!
ハチを消毒当日までに巣箱に回収しておくことも重要な作業の一つです。
ハチの訪花に長く影響する殺虫剤もありますからね。
ハチに対する影響日数の長い農薬を選択すると、受粉作業を人間がやらないといけなくなるので、殺虫剤を選ぶ時はかなり神経を使います。
なので日々の収穫や重要な管理作業は、前日までに段取りをつけて調整する必要があるのです。
ナスの場合は収穫までに2日空けると実がかなり大きくなってしまうので、出荷休みの日なども考慮して農薬散布の日までに一通り収穫しておかないといけません。
農薬散布当日だけ考えればいいわけではなく、むしろ農薬散布当日までが農家が苦悩する期間なのです。
⑤農薬散布当日に注意すること
農薬散布当日も注意することは色々ありますが、農薬の希釈倍率には特に注意していることを知ってほしいです。
例えば下記のような農薬をナスに使う場合。
適応作物 | 希釈倍率 | 使用時期 | 使用回数 |
ナス | 2000培 | 前日まで | 3回以内 |
スイカ | 2000培 | 収穫3日前まで | 5回以内 |
ラベルに2000培希釈と表記されているので、2000培まで希釈しないと使えません。
500ℓの散布農薬を作るなら、500ℓ÷2000=250mℓが正味の農薬量という計算です。
もっとも農家なら、自分の圃場の面積と希釈して作る農薬の量くらいは暗記できているのですが、一つの間違いもあってはいけないので再度ラベルを確認してから作ります。
農薬取締法を守るため、消費者の方に安全な農作物を届けるために。
当たり前のことを徹底してから、農薬を散布しています。
⑥栽培日誌に農薬の履歴を記入、提出
農薬散布が終わってからも、農家には重要な作業が残っています。
栽培日誌に農薬の散布履歴を記録して、出荷団体に提出することです。
農作物にどの農薬をいつ使ったかを把握して、消費者に安心してもらうためです。
今の時代は、ほとんどの出荷団体で栽培日誌や農薬の履歴を提出することが当たり前になってきました。
もしも登録外の農薬を使用していたり、正しく農薬を使用できていなかったら?
個人の販路であれば、取引停止になるでしょう。
JA出荷であれば、抜き打ちチェックで出荷停止+社会的な信用を失うでしょう。
そんな大きなダメージを負いたくはないので、万が一にも間違いがないようにしています。
また僕の場合、個人の日誌にも農薬散布後の農薬の使用感や作物の汚れなども書き残すようにしています。
経験を蓄積して、翌シーズン以降の参考材料にするためです。
農薬散布してはい終わりではなく、農薬散布後も安心安全や栽培技術の向上のためにやるべきことはあるのです。
まとめ
今回紹介したように、農家は何も考えずに農薬を使用しているわけではありません!
一回の農薬散布でも、とにかく考えることと準備することが山ほどあります!
できることなら農薬散布はしたくない、そしてなるべく農薬を減らす努力を農家全員がしているということを、消費者の方には知っていただきたいです。
筆者ナス男(ハイパーナスクリエイター「いわゆるナス農家」) |