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第50回 有機農業と排外主義①【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

有機農業や反農薬運動を積極的に支持するのはリベラルな思想を持つ人々、というのが従来の一般的なイメージだと思います。
日本の有機農業運動が公害問題などを背景に、戦後の高度成長期に過度に工業化された農業や食品産業に対抗する市民運動として始まった歴史的背景からも、それは自然な成り行きでした。
しかし近年は有機農業の政治利用ともいえる現象が急速に進み、なかには一見良いことを言っているようで、排外主義や疑似医学と呼応した過激な主張も目立つようになりました。
この問題について、ナチスの有機農業政策やオーストリアの事例を紐解きながら考えてみたいと思います。

関心領域のこと

映画『関心領域』は、アウシュビッツ強制収容所の所長、ルドルフ・ヘス一家の生活を描く。

ヘスの家は強制収容所のすぐ隣に建っている。
壁の向こう側から銃声や怒号、悲鳴がうっすらと響き続ける生活空間で、一家はまるで何も聞こえていないかのように淡々と暮らしている。
その異様な描写が話題となり、第96回アカデミー賞では国際⻑編映画賞と音響賞を受賞した。

ヘスの妻、ヘートヴィヒがこの環境での生活に強い執着を示すシーンがある。
転属による引っ越しの話が浮上した際には涙ながらにこれを拒否し、手入れの行き届いた広い庭で花木や野菜を愛で、訪れた母親にそれを誇らしげに披露するさまに、観客は言い知れない嫌悪感を抱く。

壁の向こうで何が行われているかを十分に理解しながら、今の暮らしを愛していると言って涙を流す人間性がどのように育まれたのか、最後までその答えが明示されることはない。

ドイツ現代史研究者の田野大輔氏は、ヘス家の振る舞いを「悪の凡庸さ」という定型句に当てはめて理解したつもりになることへの警句を繰り返し発している。(※1)

ヘスたちは所詮「組織の歯車」であり、時代のなかで冷静な判断力を失っていたものの、平穏な暮らしを願う普通の人間にすぎなかったという見方は、彼らの持つイデオロギーや加害性を見えなくしてしまう。

「ナチスは良いこともした」と「日本の食はヤバい」と言いたがる人々の共通点

2023年に話題になった岩波ブックレット『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也、田野大輔共著)は、「ナチスは実は良いこともしていた」とする主張や、ナチスを絶対悪とみなす見方に反感を抱く人々について検証し、近年SNS上で目立つそのような現象の背景まで考察している。(※2)

本書あとがきによれば、彼らは権威にとらわれず自由に物を言いたい欲求と、自分たちこそ「本当のこと」を知っているという優越感を、同時に満たせる情報を求めているという。

それゆえに、研究者などから正確な知識が伝えられるほど、かえって反発を強めて「逃げ道」を探すようになる。
そして「売らんかな」で出版される一般書のセンセーショナリズムが、こうした状況を助長していることも併せて指摘されている。

耳が痛くなる話だ。
農業と食の分野では、昨今まさにセンセーショナルなタイトルの書籍が矢継ぎ早に出版されている。

『子どもを壊す食の闇』
『世界で最初に飢えるのは日本』
『ヤバい“食” 潰される“農” 日本人の心と体を毒す犯人の正体』
『ルポ 食が壊れる 私たちは何を食べさせられるのか?』

あらためて並べてみると中高年向け週刊誌の中吊り広告のような印象だが、これらの著者と読者のあいだを行き交う情報と欲求の性質は、「ナチスは良いこともした」と言いたがる人々のそれと、ひどく似通っているように感じる。

『子どもを壊す食の闇』については本連載でもシリーズで検証している。
読んでいただければ、その類似点を感じていただけると思う。(※3)

逆に異なる点は、農業分野ではこうした書籍の著者があたかもメインストリームのように、公共性の高い場でも主張を展開して一定の影響力を持ってしまえる点だろう。
例えば「全国オーガニック給食フォーラム」には官僚や国会議員、自治体首長らも多く出席するが、上記書籍の著者らが基調講演を務めるなど主要なポジションで登壇している。

それを諌める声が聞こえてくることはない。

古い常識を「直感」で打ち負かしたい

『検証 ナチスは』と時期を同じくして、一見まるで違う分野の書籍が話題になった。
ベストセラー本『土偶を読む』へのカウンターとして編まれた『土偶を読むを読む』だ。(※4)

『土偶を読む』の著者は人類学者の竹倉史人氏で、土偶は本来専門外だ。
竹倉氏は、既存の土偶研究を「閉鎖的・保守的」と批判し、あえて考古学の外側から型破りな新説を打ち立てて古い常識に挑戦するという自らの姿勢を、繰り返し強調してみせた。

この「姿勢」を養老孟司氏、いとうせいこう氏といった著名人らが高く評価し、『土偶を読む』は一躍、サントリー学芸賞を受賞するまでに至る。
当時の朝日新聞もこの「姿勢」に着目し、【裏テーマは専門知への疑問 「素人」と揶揄する風潮に危機感】との見出しが踊った。(※5)

まさに「閉じた世界の古い住人を、何にも縛られない独立研究者が軽やかに打ち負かしたように見える様は爽快感もある」(『土偶を読むを読む』p.426)が、その後、『土偶を読む』は考古学の専門家により多数の根本的な誤りを指摘され、丸裸にされていくことになる。

『検証 ナチスは』と『土偶を読むを読む』の両著者の対談イベントでは、読者にとって気持ちの良い、結論ありきのストーリーテリングがいかに人を魅了してしまうのか、専門知がこの状況をどう乗り越えていけるのかについて、危機感を持って語られている。

専門家が長い時間をかけて積み重ねてきた共通理解を「古い常識」と攻撃することで、既得権益と戦う構図を容易につくりだせてしまう。

SNSでは日夜、慣行農業者を「古い常識に固執して、オーガニックの先進性を理解できない無知なおじさん」ということにしたがる人々が息巻いている。

どの分野であっても、最大の壁となるのは事実や科学よりも、人の欲求なのだということがよくわかる。

ナチスと有機農業

『検証 ナチスは』第7章「先進的な環境保護政策?」では、ナチスの有機農業政策についても短いながら言及されている。

歴史学研究者の藤原辰史氏が著書『ナチス・ドイツの有機農業 「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』で明らかにしている通り、ルドルフ・シュタイナーがバイオダイナミック農法に込めた科学偏重の文明批判や生態学的循環の思想はナチス・ドイツの政策においては顧みられることなく、むしろ有機農業は都合よく換骨奪胎され、利用されてしまった。(※6)

例えばナチスは「古きよきドイツの自然を守る」「土壌との内面的なつながりを取り戻す」といった美しい言葉を掲げる裏側で、強制収容所の囚人に過酷な労働を強いて有機農業の研究をおこない、それを東部入植に活用する計画を立てていた。

藤原氏は有機農業が「一歩間違えると、ナチスが推奨した「混じり気のない優秀な人間」を「自然のなかで育てる」という人種主義に接続しかねない」として、その歴史的事実を直視した上で、本来的な有機農業の価値からそれらを切り離し続ける不断の努力が必要であることを説く。(※7)

それにも関わらず、とりわけコロナ禍以降のわずか数年のうちに、日本国内では荒唐無稽な主張を繰り返す反医療運動団体や、排外主義的な思想を掲げるポピュリズム政党、障害者差別を隠さない政治家などが続々と台頭し、その活動や政策に堂々と有機農業を併せ掲げるようになった。
もちろん、それが成立するのは支持する有権者たちがいるからだ。

(続く)

(※1)「関心領域」のヘスは無関心でも「凡庸」でもない ナチ研究者の警鐘(朝日新聞デジタル)
(※2)岩波ブックレット『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺 拓也 著 , 田野 大輔 著)
(※3)第39回 山田正彦『子どもを壊す食の闇』の闇
(※4)望月昭秀編『土偶を読むを読む』(文学通信)
(※5)「土偶を読む」の裏テーマは専門知への疑問 「素人」と揶揄する風潮に危機感(朝日新聞GLOBE+)
(※6)柏書房『ナチス・ドイツの有機農業〈自然との共生〉が生んだ〈民族の絶滅〉』(藤原辰史 著)
(※7)エコの代名詞「有機農業」が、ナチスと深く関わった過去 藤原辰史(現代新書)

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

 

【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】記事一覧

 

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