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第31回 オーガニックを食べると医療費は下がるのか【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

いわゆるオーガニック食品が一般の食品よりも高価であることは、オーガニックの関係者やファンであっても認めざるを得ない事実だ。この価格差は、国内外を問わず、これまで常にオーガニック普及の大きなネックとなってきた。(※1,2)コロナ禍では世界的にオーガニック人気が高まったとされていたが、日本の専門家たちが「オーガニック先進国」として褒め称える欧州の国々でさえ、現在ではインフレの影響などから需要の翳りが指摘されている。(※3,4,5)

オーガニック食品の価格差の問題をいかに乗り越えるか

オーガニック食品に関わる人々がこれまで、価格差の問題をどう乗り越えようとしてきたかは、いくつかの類型に分けることができる。

① 安定供給

「もっと安く、気軽に手に入るように市場を育てていこう。生産〜流通〜小売それぞれのボトルネックを解消し、いつでも安定供給できる体制をつくっていけば、価格を押し下げることができるだろう」

② 理解増進

「オーガニックのメリットや、生産者の労力、収量差などについて消費者への理解を促し、まずは適正価格での購入を薦めるべきだ。消費者の支持が広がれば参入する事業者も増えて価格も下がっていく」

③ マーケットイン

「現状で価格を下げることは難しいので、高付加価値商品として堂々打ち出して、富裕層に訴求したり、それぞれの家計に無理のない範囲で、楽しんでとりいれてもらおう」

これらは業界としてのウィークポイントに正面から向き合うか、あるいはひとまずの妥協点を見出そうとする方向性で、いずれも比較的、穏当な考え方に思える。

④ 補助金などの投入

「有機農業の発展は、環境や健康などの公益につながるものだから、市場競争の外部で優遇し、成長させていくべきだ。そのためには国や行政が後押しし、公的な予算を投入して、価格差や生産者の収入を補填しよう」

有機農業というパッケージの発展が、どれほど環境や健康に寄与するかは異論もあると思うが、そのことを傍に置けば、ひとつの考え方として議論の価値はある。
給食導入などのいわゆる公共調達を求める運動も、基本的にこの文脈で展開されている。

⑤ 本当は高くない論

そして、もうひとつの類型が「そもそも高くない」論だ。

「オーガニックは本当は高くない。なぜならオーガニックを食べることで健康になり、将来の医療費が安くなるから」というフレーズは、国内外を問わず、オーガニックビジネスで長く使われてきた紋切り型のひとつだ。

もちろん、昨今話題のオーガニック給食運動においても例外なく多用されている。

古くは、アメリカのオーガニック運動の祖であるJ.I.ロデイルが1950年に健康雑誌『プリベンション』を創刊した時点ですでに、その定期購読料を「医療費の代わり」と考えてほしい、と主張していたというのだから、ある意味ではオーガニックと切っても切れない考え方なのかもしれない。(※6)

Twitterで試しに「オーガニック 医療費」と検索をかけるだけでも、判で押したような言葉がいくつも並ぶ。

「オーガニックが高い」と金額だけで判断するのは終わりにしよう。食の知識や裏側を知ると、本物を作る手間や価値が分かるため値段相応であると気付き、巷の商品の原価の安さの理由を知ると恐ろしくなる。食をオーガニックに変えると健康面が向上し医療費や無駄買いがなくなると多くの人が実感している

「オーガニック食品は高くて買えない!」という人も多いけど、実際は高くない理由の一つが「健康を害した時のコスト」。研究結果もあって、オーガニックを食べていたほうがトータルでの健康コストが低くなるという報告も。安い食品を優先するということはそれ以上の医療費を覚悟すべきということ🤭

オーガニックは高いというイメージがあるけど、ペットボトルの清涼飲料水から卒業し、お茶は自分で入れて、スナック菓子やチョコレート菓子をやめ、外食から手作りに切り替えたら、食事の質を上げるのは難しいことじゃない。私は後になって医療費を払うくらいなら、今質の高い食べ物に投資する✨

これらはオーガニック食品販売や、関連する教室・コンサル・資格ビジネスなどを手掛ける“インフルエンサー”たちの投稿だが、一部の政治家からも似たような発言は後を絶たない。

過去にAGRI FACTに取り上げられたなかでは「エビデンスに基づくオーガニック専門家」を自称するレムケなつこ氏も自身のYouTubeチャンネルなどで同様の発言を繰り返しおこない、オンラインサロンへの入会を促している。(※7)

オーガニック食品の購入は将来的な健康長寿のための先行投資である、と彼らは主張する。

それに説得力を持たせるためには、農薬や添加物がいかに健康に悪いものか、という情報をかき集めて恐ろしげに差し出す、という方向に先鋭化せざるを得ない。

そこで案の定、「野菜の栄養価は昔より下がっている」「食を変えたら、アトピーやアレルギーが改善した」「発達障害の原因は農薬」などの不確かなエピソードが抱き合わせになることも多い。

「安定供給」「理解増進」「マーケットイン」「補助金」が、まがりなりにもそれぞれの仕方で現実に対応しようと苦慮しているのに比べると「本当は高くない論」は、どこか居直りや、論理のすり替えのようにも聞こえる。

「○○は高くない。なぜなら将来の医療費が安く済むから」の○○を、サプリや健康食品、マルチ商法の勧誘などの「高額商品を継続的に購入させるビジネス」に置き換えてみれば、これがオーガニック以外でも何ら珍しくない、典型的な不安商法の定番コピーであることは、誰でも思い当たるだろう。

オーガニック食品で医療費が下がる?

「オーガニックで医療費が下がる」論に根拠はあるのだろうか。がんのリスクとの関連を大規模に調査した研究がある。

まず近年話題になったのは2018年のフランスの研究だ。

6万9000人を対象に5年間追跡を行った結果、研究チームは「有機食品摂取頻度が高いこととがんリスク低下との間に関連が認められた」と発表した。

このニュースは日本のメディアでも報じられ、オーガニックの支持者を喜ばせた。

だが一方で、日本語で読める範囲の記事だけを見ても、この結論は勇み足であるとしてさまざまな批判が上がっている。

たとえば、イギリスの国民保健サービスNHSからは、比較に用いられた症例がごく少数であることや、被験者がオンラインのボランティアであること、有機食品の摂取情報が自己申告であることなどが指摘されている。

また、「有機食品を食べる人は、そうでない人よりも運動量や果物や野菜の摂取量が多く、より健康的な生活を送っている。研究者らはこのような、健康や生活習慣に関する因子について補正を行ってはいるものの、依然としてこれらの因子が影響を及ぼしている可能性がある。」ともしている。

つづいてThe New York Times(日本語版は東洋経済オンライン)の記事によれば、2014年にイギリスで実施された「女性百万人調査」では「オーガニック食品ががんのリスクを低減していることは示されなかった」という。

ただし、調査自体は簡素な内容だったため、精度の高い情報として受け取るのは難しい。

そして、おそらく最新に近いと思われるのが、やはりオーガニック先進国として人気の高いデンマークで2023年1月に発表された研究だ。こちらは約4万人を対象に、実に15年間かけて調査したが、有機食品の摂取と全体的ながんの発生率との間に関連性はなかったと結論づけている。

日本のがん死亡者数が統計上、年々増加していることから(※8)、これを農薬や添加物と関連づけたがる言説は巷に溢れている。
だが、がんについてオーガニックの優位性を主張するのは、現時点では相当に無理がありそうだ。

将来への不安からオーガニックを熱心に選んできた人からすれば、こうした結果は容易に受け入れ難いものかもしれない。
だが、「オーガニックは高くない」論の本当の罪は、エビデンスの弱さではない。

次回はそれを主張する人々が見落としている、あるいは意図的に目を逸らしている問題を紐解いていきたい。

 

参考

(※1)有機農業をめぐる事情 令和4年7月(P.18 有機農産物の価格の状況)

(※2)農業分野の地球温暖化緩和策に関する意識・意向調査結果 令和4年4月(P.7 温室効果ガスの排出が少ない農産物を買いたいか)

(※3)ドイツ人のオーガニック食品に対する購買意欲が低下 ディスカウントストアと提携で売上アップは可能か シュピッツナーゲル典子(World Voice)

(※4)フランスのオーガニックショップ、未曾有の危機を迎える。止まらないインフレで(DESIGN STORIES)

(※5)イギリス The big idea: has organic food passed its sell-by date?(有機食品の賞味期限は過ぎているのか?)(the Guardian)

(※6)「オーガニックー有機農法、自然食ビジネス、認証制度から産直市場まで」ロビン・オサリバン著 浜本 隆三, 藤原崇, 星野玲奈 訳 築地書館

(※7)【誤り】検証内容「きちんと欧州という大陸が政策を決定するうえで根拠となりうると判断した論文に基づいた情報」レムケなつこ氏(オーガニック専門家)

(※8)なぜ、日本のがん死亡者数はどんどん増えているのか? 大須賀覚(Yahoo!ニュース 2020/8/31)

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】記事一覧

筆者

間宮俊賢

 

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