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第39回 山田正彦『子どもを壊す食の闇』の闇【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

山田正彦氏の新著『子どもを壊す食の闇』が、ついに出版された。
以前に取り上げた「帯文騒動」(第34回 斎藤幸平さんの帯文取り下げについて)ののち、何度も発売延期を繰り返し、一時は河出書房新社の公式サイトやAmazon等のネット書店からも消えた。
発売中止かと思われたが、結局は帯を差し替え、誰からも推薦文を寄せてもらえないまま、ひっそりと再登場を果たした。

批判をおこなった以上、この本に向き合う責任を感じている。
出版前の批判を受け、当時問題視された表現が見直されている可能性もある。

予約注文し、発売日には手元に届いた。
自分を奮い立たせて本を開く。

参考

オーガニック給食へと向かう闇

発売前の広報でも示されていた通り、本書の筋立ては極めてシンプルだ。
前半部分は恐ろしげな情報で畳み掛けて読者に絶望感を与えつつ、後半にはそれらを覆す希望のエピソードを紹介していく。
最後には「一緒にこの社会を変えていこう」と、読者ひとりひとりの奮起を促す。
ひとことで言えば、山田氏の近年の活動を凝縮した、集大成のような一冊だ。

まず第一章「農薬づけの日本の食卓」から第五章「日本のタネを守ろう」では、農薬や添加物、ゲノム編集など、これまで山田氏が問題視して訴えてきた「食の闇」を、テーマごとにまとめて解説している。
ここまでは一貫して、いかに日本の食が多国籍企業などの悪意によって牛耳られているのか、人々の健康を損なっているのかという情報が、半ばおどろおどろしいトーンで反復される。

風向きが変わるのは、第六章「食を変えれば体が変わる」から第八章「市民の力で食の安全を取り戻す」だ。
ここでは有機農業の世界的な広がりとともに、有機食品のメリットや、市民の力で現状を変えようとする各地の動きなどが紹介される。

そうした明るい兆しを感じさせる情報を下敷きに、第九章から第十一章にかけては本書の主題となるオーガニック給食の話題が、多数の事例とともに展開される。

山田氏はまえがきにて「変化を起こしていくキーとなるのは、学校給食の無償化・有機化です」と述べており、その宣言のとおり、危機的状況を覆すためには市民が声をあげて給食を変えていくことが希望になる、というクライマックスへと向かっていく。

結びとなる第十二章は、愛知学院大学経済学部教授の関根佳恵氏との対談となっている。

絶賛する人たちとの巨大な溝

山田氏が描くこのようなストーリーに、興奮や感動を抱く読者もいるのだろう。
自分も変革を起こす側になりたいと奮い立ち、行動を起こす読者もいるだろう。

講演会などで山田氏に対面したことのある読者ならなおのこと、そのときの高揚を思い出し、背中を押されるような気持ちを抱くのかもしれない。

山田氏が本書の発売告知をおこなったFacebookの投稿は289人がシェアし、83件のコメントがつけられている。
その殆どは好意的な内容だ。(2023年11月15日現在)

かたや、私にとっては全く様相の異なる読書体験となった。
記事化を見込んで、読みながら明らかに誤りを含む箇所や、疑念を感じる「要確認」の箇所を発見した際に蛍光ペンでチェックするのだが、あまりに線を入れる箇所が多すぎて、一向に読書が進まない。
文章自体は平易でスラスラと読めるように書かれているのに、まるでぬかるみのなかを歩いているように、重苦しい。辛い。

なんとか読み終えたが、一部の章を除けば、ほぼ全てのページに何らかの蛍光ペンが入ることになった。
断言しても良いが、ネット上で観測できる限りでは、私以上にこの本と真剣に向き合って読んでいる読者はいないと思う。

正直に言えば、この本を何の疑念も抱かず絶賛し、感動している人々がいると思うと、戦慄すら覚える。
そういう人を責めているのではない。
彼らと自分との間にそれほど巨大な溝が存在すること、その事実に足がすくむような思いをして、読後少しのあいだ、放心してしまった。

AGRIFACTの読者であれば、山田氏の言説がどれほど信用ならないものかは、すでに十分知っていると思う。
だがそうでない人々に対しては、どんな言葉を届けていけば良いのだろう。

本書の問題点

多数の誤った情報で読者の不安を煽っているという問題はまず大前提として、それとは別に本書に感じた主な問題点は以下の通りだ。
情報としての正誤以前に、書き手としての倫理を問いたい。

  • 自説にとって不都合な情報には触れていない。
  • グラフを恣意的に加工している箇所が認められる。
  • 出典の示されていない情報が非常に多い。巻末に主要参考文献は書かれているものの、本文とほぼリンクしていないため、読者が真偽を検証することが困難。
  • 根拠を示さない断言や修飾で、読者の印象をミスリードしている。「圧力が働いていることは間違いありません」「迫ったところ、ようやく小さな声で〜と答えたのです」「日本のメディアは〜多国籍アグリ企業に忖度して報道しません」「それで農水省も、慌てて〜」「抜き打ち的に〜種苗法を改定し」「このように世界では、オーガニックが当たり前です」
  • 主観的な心情表現を多用して、読者の印象をミスリードしている。「なんとなく不安です」「考えただけでもぞっとしませんか」「思えてなりません」
  • 単に事実と異なるだけではなく、悪意のある強い表現。「日本だけが野放し」「猛毒」「添加物の安全評価はきわめてあいまい」など。
  • 発達障害への執拗な言及。

発達障害への執拗な言及

冒頭で触れた「帯文騒動」は、発達障害の増加原因が農薬であると断定するかのような表現に端を発した。
もし批判を真摯に受け止めて書き直しをおこなったとすれば、本書中での発達障害への言及は相当程度、抑制されているかもしれないという微かな期待を持っていた。
しかし、まえがきの時点で早くも「その大きな要因に『食』の問題があるような気がしてならないのです」(P.10)と言及されている。

その後の本文中でも「(EUでは)子どもの発達障害が増加している背景には、農薬や添加物が影響している可能性がある、と考えられている」(P.36)「映画の上映会や講演会で(中略)よく耳にするのが『発達障害の子どもが増えている』という声です」(P.64)「農薬の使用量が多い国ほど、自閉症など発達障害が増えている可能性が考えられます」(P.65)「ここ十数年の異常なまでの発達障害の増加を見ると〜としか思えないのです」(P.115)「このままでは、ますます日本の子どもたちに〜」(P.127)
など、執拗なまでに言及を繰り返している。

なお、P.36の「(EUでは)子どもの〜考えられている」についても、一次資料は開示されていない。
何も疑わなければ、EUでは既に相当程度、そのような認識が広がっているのだと受け取れるだろう。

だが、山田氏が主張の根拠として挙げている論文に対して、科学ジャーナリストの松永和紀氏はEUの食品安全機関(EFSA)の見解を紹介し、「エビデンスとしては非常に弱い」と述べている。

自己への批判は「非難」「中傷」

山田氏は2023年10月24日、自身のFacebookで、このような主張を咎める支持者からのコメント(障害を持って生まれてきた子を持つ親を傷つけ、恐怖を煽るような投稿ではないか)に対して、次のように返信している。

「この問題は いつも指摘され、非難中傷されています。 多くの人を傷つけて 大変申し訳なく思っています 。しかし私はいろいろあたってみて食も、一つの大事なが 要因だとどうしても思ってしまうのです。いつも気になりながらも、誰かが訴えなければと思い言い続けています。」(原文ママ)

自身に対する批判は「非難」「中傷」であり、それでも「どうしても思ってしまう」のだから、たとえ当事者を傷つけても態度を改めるつもりはない、と表明しているのだ。

その一方で、一般的に専門家のあいだで言われている発達障害の統計上の増加要因には本当に、一切触れられていない(2004年の発達障害者支援法の成立を機に社会的な認知や理解、メディアの報道、教育現場等での支援体制が広がったこと、それにより受診のハードルが大きく下がったこと等)。

読者に対して発達障害への正確な理解を促すことや、当事者の心情にも配慮をおこなうことは本来、農薬との関連を疑うことと必ずしも矛盾しない。
本書を読む限り、山田氏はあくまで発達障害と農薬の関連づけにしか興味がないように見える。
オーガニック給食推進のためには、何としても発達障害へのスティグマを手放したくないのだろうか。

山田氏を疑わない「善良な」読者であれば、やはりここでも、他の可能性を想定できずに農薬だけを強く疑うことになる。

エコチル調査

参考までに、国立環境研究所エコチル調査コアセンターの西浜特別研究員らがおこなった最新の全国調査の結果として、2023年11月に下記のように発表されている。

もちろん、この調査だけで全て結論づけることはできないとしても、山田氏の持論とは真っ向から対立する大規模な調査結果が新たに国内から出てきたことになる。

この発表を見てもなお、山田氏は母親を呪うような言葉を言い続けるだろうか。(続く)

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

参考

 

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