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Vol.1「オーガニックが引き起こす社会問題とは?」【オーガニック問題研究会マンスリーレポート】
はじめまして、熊宮渉と申します。
これまで有機農業やオーガニック食品の分野に長く関わってきた経験から、この度「オーガニック問題研究会」という小さなサークルを始めることになりました。
本コラムでは、その活動をレポートしていきたいと思います。
「オーガニック問題」とは、端的に言えば「行き過ぎたオーガニック志向が社会や個人にもたらす、負の影響や被害」を指します。
ここではとりわけ食と農業を中心テーマに取り上げていきますが、オーガニックという言葉自体は今日、衣類や化粧品、ライフスタイルを指す場合まで含めて幅広く使われており、緩やかなカルチャーや価値観を形成しています。
人や自然にやさしいもの、という前向きなイメージで用いられることの多いオーガニックの周囲で、なぜよくないことが起きるのでしょうか。
オーガニックマーケットの歴史
日本の有機農業運動は1970年代に草の根からスタートしました。
「有機農業」という言葉自体も、その時期に生まれたものです。
戦後の高度成長期、過度に工業化された効率偏重の農業が自然環境や生産者の健康を脅かし、同時に全国で様々な公害問題が発生していた時代に、有機農業は単に農薬や化学肥料を排除するものではなく、地域の生態系と共生し、生産者と消費者がともに学び支え合いながら循環型社会を目指す、人間性を回復するための崇高な理念を伴っていました。
そこに描かれた理想は今でもなお十分に価値を保つものであり、有機農業の進むべき道を指し示していると言えるでしょう。
そして、このような理念と運動は慣行農業や消費者の価値観にも多大な影響を与え、安全性とトレーサビリティの向上、環境負荷の低減、地産地消の推進などを促してきたと言えます。
その結果、今日では慣行農産物の安全性は有機農産物と比べても全く遜色のないものになりました。
70年代当初は地域グループ内での提携運動と呼ばれる小さな地産地消から始まった有機農産物のマーケットは、80年代にかけて遠方への配達や、生協、自然食品店、宅配専門事業者(大地を守る会など)へと、需要の高まりを受けながら徐々に範囲を広げていくことになります。
やがて牛乳や畜産品、無添加の加工食品、伝統的な製法の調味料、生活雑貨などライフスタイル全般を包摂するかたちで、広い分野にわたるオーガニックマーケットが形成されていきました。
社会への負の影響も
ここで取り扱われる農産物や製品のなかには、純粋に品質が高く優れたものも少なからず存在します。
こうした生産者や事業者の理想、情熱、技術について、「オーガニック問題研究会」は何ら否定する意図はありません。
しかし、その裏側ではマーケットが形成される過程で生じた様々な歪みが蓄積され、一定の負の影響を社会にもたらしてきました。
もっとも典型的なものとしては、農薬についての不安を煽る誤った情報の流布などがあります。
こうした情報は常に、オーガニック食品の販促や有機農業運動と表裏一体に広められ、健康食品ビジネスなどの様々な分野に影響を与え派生してきた歴史があります。
それらの事象を包括する呼び名が存在しなかったため、社会問題として認識される機会は限られていましたが、よく目を凝らして見れば、私たちの身の回りに「オーガニック問題」はすでに溢れています。
「オーガニック問題」として実際にどのようなことが起きているのか、叩き台としてひとまずの整理と分類を試みてみました。
【社会への影響と被害】
①誤った情報やイメージの流布、固定化
- 慣行農産物、ゲノム編集食品など、オーガニックの規範や価値観から逸脱すると考えられる食品に対する過剰な忌避感、憎悪、風評被害の拡大
- その裏返しとして、フードファディズムの拡大(オーガニック食品を摂取すること/オーガニック以外を摂取しないことによる健康効果や安全性への過剰な期待)
- 陰謀論の流布(例として「日本は世界中で禁止されている危険な農薬の処分場にされている」など)
- メディアの影響(テレビ、新聞、出版社などが十分な事実確認や検証をおこなうことなく、上記のような情報やイメージを流布し、強化してしまう)
- それらの結果として、オーガニック食品や有機農業の特性についての正確な理解が妨げられ、かえって社会的イメージの悪化をもたらす
②政治や行政への影響
- 政治家や行政組織による、誤った情報等(①)の政治利用
- 市民活動家や市民団体による、誤った情報等(①)の政治利用
- 政治家や行政組織の誤った政策判断や立法、または黙認を導き出す
- 排外主義・国粋主義などの保守イデオロギーとの接続
③ビジネスへの影響
- 企業、生協、個人店などによる、誤った情報等(①)の商業利用(自社商品の優位性を際立たせるために①のような情報を流布するなど)
- マルチビジネス(アロマ、サプリ等)や悪質な健康商法、資格ビジネスなどによる誤った情報等(①)の商業利用
- オーガニックの規範や価値観から逸脱する商品を扱う事業者などに対する、抗議活動や嫌がらせ
④健康や社会福祉、教育への影響
- 反ワクチン、反医療思想や代替療法との融合(自然なものだけ摂取して免疫力を高めれば現代医療は不要であるという発想のもと、歴史的にオーガニックとの親和性が高い)
- 生存者バイアス、確証バイアスによる誤った成功体験の流布(著名人による「オーガニックで健康になった」という発言など)
- 発達障害当事者への差別や偏見、スティグマの助長(発達障害は農薬のせい、オーガニックで治る、治すべきものとする考え)
- 優生思想との接続(オーガニックを食べて純粋に育った子供こそ優れているなどとする価値観)
- オーガニック給食などを通じた教育への擬似科学の介入、誤った情報等(①)の流布
【個人への影響と被害】
- オーガニック食で病気が治る、健康になれるなどの誤情報による健康被害の発生、治療機会の逸失
- 誤った自責感情、自己責任論の助長(オーガニックを食べなかったから、または食べ方が悪かったから健康になれなかった、病気が治らなかった、子供が病気になったなど)
- 偏りのある食生活による栄養状態やQOLの低下
- 誤った信念の強化がもたらす家族やコミュニティなどの人間関係の破壊、分断
- 誤った信念の強化がもたらす陰謀論への傾倒
- 二世問題 自己決定権のない子供、未成年への影響
- 食を入り口とした別分野の誤情報への誘導
いかがでしょうか。
実際にはそれぞれの項目が複雑に絡み合っているのですが、できるだけ切り分けています。
いずれも「今後起きるかもしれないことへの懸念」ではなく、既に確認されている事象だけを取り上げました。
また特徴としては、必ずしも悪意を持って誤情報が利用されているとは限らず、むしろ発信者本人の価値観に深く内面化されている=正しいと信じているケースも非常に多いという点です。
発生の順序としては、やや乱暴にいえば、【社会への影響】が増大した結果として、【個人への影響】もまた増加し、実害に至るというのが大きな流れでしょう。
そのため「オーガニック問題」に対応していくには、端的にいえば【社会】を変えること、同時に【個人】へのセーフティネットを準備すること、の両輪の試みが求められるのではないかと思います。
一方、これらの項目は必ずしも、オーガニックを是とする人々によって引き起こされた過失だけによるものではない点も留意してください。
例えば行政府やメディアの怠慢なども指摘される必要があるでしょう。
今回の整理はあくまで起きている現象に光を当てるための試みであって、オーガニックを悪者にして吊し上げることや対立を煽ることを目的にはしません。
なお「オーガニック問題」の項目や定義は、色々な人の声を聞きながらアップデートしていきたいと考えています。
ぜひご意見をお聞かせください。
オーガニックの負の側面から目を逸らすのではなく、向き合い、ひもとき、語り合う場をつくることで「オーガニック問題」を可視化し、解決と被害防止を目指す。
これが「オーガニック問題研究会」の試みです。
【オーガニック問題研究会マンスリーレポート】記事一覧
筆者熊宮渉(ダイアログファーム代表) 地域通貨・フェアトレード・援農など、つくり手と市民がリスペクトし合える公正な関係づくりに関心を持ったことから、20代前半より環境NGOの活動に参加。その後オーガニックカフェのマネージャーに就任し、在職中には生産者を招いたトークイベントやマルシェなども多数企画した。 |