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第6回 オーガニックカフェから視た3.11(前編)【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

東日本大震災の話をしようと思う。
社会を根底から揺るがした大災害から10年という節目に、読むべき文献、耳を傾けるべき当事者の言葉は他に膨大に存在する。それらに比べれば、僕の話の優先順位はどこまでも低いということは、先に断っておきたい。
ただ、今の社会やネット上で起きている、食の安全にまつわる様々なコミュニケーションエラーと、当時の職場で僕が体験した混乱には、おそらく地続きの構造が横たわっている。
3.11後に噴出した、主には放射性物質の健康被害にまつわる誤解やデマは、今に至るまで癒えない分断の数々を引き起こした。当時の職場は、環境NGOが始めたオーガニックカフェという社会的にはやや特殊な場だった。その時、何が起きていたのかをここに書き留めておきたい。


当時、僕は東京・国分寺でカフェの徒歩圏内に住んでいて、家族や友人を含め、直接的には地震の大きな被害を受けることはなかった。僕にとっての3.11の記憶は、無力にうちのめされながら情報と感情の渦に翻弄されるばかりの、ひたすらに不毛で実体を伴わないものだった。僕は被災地に手を差し伸べることもできないまま、大きなうねりに押し流されるようにして、その後に続く「放射能への恐怖」を助長する側に立つことになる。

3月11日:本震を受け営業中止
本震の直後から、店は混乱した。店内は少しグラスが割れた程度で目立った被害はない。揺れがおさまるたびに客席に戻って食事を続けようとするお客様たちに、お代は結構ですので安全確保を優先してくださいと繰り返し伝え、なんとか退店いただく。

向かいのデイサービスセンターで、老人たちが平然と体操を続けている様子が窓から見える。予期しない事態を前に危険を過小評価してしまう正常性バイアスとはこういうものか、と印象に残っている。

そのまま営業を終了。情報が少なく、誰も状況を飲み込めない。悪いことにオーナーは海外出張中で、なかなか連絡がつかない。帰宅困難になったスタッフ2名を自宅に泊め、呆然と津波の映像を見る。

3月12日:臨時休業
各方面に連絡、情報収集。翌日からの営業をどうするか、深夜までスタッフ間でメール。

3月13日:時間を短縮して営業
こんな時こそ店を開けておくべきだという僕の決定に反発したスタッフとは、物別れに終わった。余震の危険があるなかで従業員の身を危険に晒すのか、という彼の主張はもっともだった。

 一方で彼は「千葉県でコスモ石油のタンクが爆発炎上し、舞い上がった有害物質が雨とともに降ってくる」という情報も危惧していた。3月12日から大量にチェーンメールで出回った内容だった。僕はそれを正面から「デマだから心配ない」と言ってしまったが、彼は自分を否定されたように感じていたかもしれない。良い応答ではなかった。

3月14日:定休日
計画停電の情報が錯綜。

3月15日:臨時休業、屋内退避指示区域の拡大
当面の営業形態をオーナー不在のまま協議。その最中に臨時ニュースが入る。福島第一原発から高濃度の放射性物質の放出を確認、屋内退避指示が半径10km圏内から20~30km圏内に拡大。全員が動揺し、ざわめき立つ。このままどこまでも被害が拡大し、東京まで及ぶのではないかという恐怖に支配される。当面の休業をその場で決定し、速やかに解散。

その間にも、あるスタッフは夫から「すぐに子供たちを連れて疎開するように」と連絡を受ける。また、関西の実家に帰りたいという者、逆に被災地支援に入りたいという者。周囲のNPO仲間やオーガニック系同業者からも、「東京から関西方面へ避難を始めた」「準備している」との報が次々に入る。瞬く間に、疎開はトレンドになった。

3月16日:不安はピークへ
街は静かだがピリピリしている。風が強い。雨でもないのに傘を差し、向かい風を必死に避けている白髪の女性を見た。「放射能」から身を守っていたのだ、と後になって気づく。19時に計画停電が実施。街が深い闇に包まれ、不安感はピークに。 

3月17日〜3月22日:休業、情報過敏
植物への水やり、メールや電話の応対があり、休業中でもほぼ毎日店に行く。家庭の事情もあり、周りのように疎開するという選択肢はなかった。

だが正直に言うと、当時は僕自身が原発事故による放射性物質の飛散を実際以上に強く恐れていた。店の休業で、なまじ時間ができてしまったことが災いした。余震や原発の状況に神経を尖らせ、テレビやネットの情報に過敏になり、あっという間に心を病んでいった。

始めたばかりのTwitterには恐ろしい情報ばかりが流れてくる。“そうなるように”使っていたのだから、今思えば当然の帰結だった。元々周囲の影響もあって原発に反対感情を持ち、放射能の恐ろしさを日々聞かされていた当時の自分が、仮に事故の被害を低く見積もる情報や、安全を発信する情報を見かけたとして、それらを無意識に避けていなかったと言えるだろうか。

果ては「耳鳴りで地震を予知できる」と主張する変なアカウントの発信にさえ不安を抱き、振り回されていた。情報の真贋を見極めるリテラシーなどまるでなかったし、また周囲にそれを教えてくれる人もいなかった。何の言い訳もない。

3月23日:営業再開
休業期間が明けても、僕らは放射能に怯えて暗く沈み、行くあてを見失っていた。被災地支援から帰還したスタッフに言われた「被災者支援の現場の方がよほど明るく活力があった」という一言が耳に刺さって離れない。

恐怖心から予防原則になびく

混乱のなかで、より恐怖や不安を感じさせる情報に目が惹かれる心理は、防衛本能としては一概に間違っていない。予防原則という言葉がある。一応は危険寄りに情報を見積もり、判断基準として採用しておく。大袈裟なくらいに安全寄りに行動しておき、もしそれで結果的に何も危険がなかったと後から判明すれば、その時は「よかったね」と笑い合えばいい。

このような考え方は周囲に広く流通し、3月16日に公開された内田樹氏の『「疎開」のすすめ』というブログにも多くの人が影響された。僕もそれらに大いになびいていた。 

放射能に不安を抱く人が集う

一方、短縮ながらも営業を再開したカフェには放射能対策として昆布や味噌を買い求める問い合わせが相次ぎ、脱原発について書かれた小冊子や、ソーラーラジオが次々売れていった。自然派育児NPOのオフィスがテナントに入っていたこともあり、放射能への不安を抱く人々が集い、4月以降は脱原発・脱被曝を掲げるイベントも店内で多く開催された。店を挙げて反原発デモに参加したこともあった。今こそライフスタイルを見直そう、という熱気が徐々に高まっていった。2011年の終わり頃には、テナントとして市民放射能測定所が開設されることになった。

ネットだけではない、物理的にもエコーチェンバー現象(閉鎖的空間内でのコミュニケーションを繰り返すことにより特定の信念が増幅または強化されてしまう状況)が形成されるには十分すぎる環境だったが、主観的には、同じ不安を共有する者同士が寄り添い励まし合える場所でもあった。そこに通底していたのは震災と原発事故への恐怖と悲しみ、怒りと混乱、そして放射能被害への強い警戒心だ(当時の状況を思えば、それら自体は何ら否定されるべきではない)。 

低線量内部被曝での健康被害という「常識」

被害の全体像や、放射性物質の影響について幾らかの見通しが立ち始めてからも僕らを悩ませたのは、低線量内部被曝への不安だった。

僕らの周辺では常に、ほんのわずかな放射線量であっても(特に子供の場合は)大気中や食品からの内部被曝は深刻な健康被害をもたらしうるということが「常識」として語られ、それに基づいて食材の仕入れや営業方針など様々な判断がおこなわれた。

低線量内部被曝の恐怖は、当時様々な「専門家」の口から繰り返し語られていたが、僕らに近いところでは『内部被曝』などの著書がある内科医の肥田舜太郎氏や、肥田氏と共通の主張で脱被曝活動を展開するNPO法人「チェルノブイリへのかけはし」代表の野呂美加氏などの影響が大きかった。なお両者は2014年に社会問題となった漫画『美味しんぼ』福島の真実編における鼻血描写についても、描写を支持する持論を当時展開している。

「低線量内部被曝にしきい値はない」というのが当時の合言葉だった。LNT仮説*という考え方に基づき、「放射性物質には摂取量が一定以下なら安全という境目(しきい値)は存在しないので、微量であっても摂取を避けなければならない」という意味で使われていた。

この言葉は目に見えない呪いとして、その後ながらく、僕らを迷わせ苦しめることになる。

(後編に続く)

編集部註:LNT仮説について(解説:唐木英明)
放射線の人体に対する影響を知るための手掛かりは、被ばく者の調査である。その結果によれば、100ミリシーベルト以上の被ばくを受けると、被ばく量にほぼ比例して固形がんが発生する。しかし100ミリシーベルト以下の低線量では影響が小さすぎて、影響があるのかどうかよくわからない。その結果、3つの説が唱えられることになった。

1)100ミリシーベルトあたりにしきい値があり、それ以下の低線量では影響がないという「しきい値仮説」

2)低線量の放射線は身体に抵抗力をつけるなど望ましい効果があるという「ホルミシス仮説」

3)低線量であっても線量とがんには直線的な関係があるという「直線無しきい値仮説(LNT仮説)」 

いずれにせよ放射線を管理するときに、「影響がわからない」といっていては、規制ができない。そこで規制するにあたって、3つの説の中で放射線の影響を最も重大に考えるLNT仮説を採用した。とはいえLNT仮説はあくまで仮説であり、科学的に正しいことが証明されたわけではないにもかかわらず、「科学的に正しいから規制のために採用された」という誤解が広がり、多くの人が「100ミリシーベルト以下の放射線は極めて危険である」と信じるようになった。
参考: 放射線の知識と人体影響(放射線医学総合研究所 明石真言)

筆者

間宮俊賢

 

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