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第12回 有機給食がカルトの餌場になる前に【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

農林水産省が2021年5月に発表した「みどりの食料システム戦略」以降、さらに盛り上がりをみせる公立学校での有機給食の導入議論。かねてから有機農業運動などを進めてきた団体にとっては、格好の起爆剤となっています。間宮さんはそこに落とし穴が潜むと考えており、そうした団体の一部が、食品中の残留農薬が子供の健康に悪影響を及ぼしていることを主張し、それを根拠に有機給食の導入を求めるケースが多発しているというのです。農水省の担当部署を訪ねた間宮さんは、こうした懸念を伝えるとともに、正しい方向性への誘導を訴えるのでした。

盛り上がる有機給食導入運動

公立学校の給食を有機化する、という動きが各地で盛り上がっている。自治体が積極的に取り組んでいるケースもあれば、市民団体が署名活動などを活発におこなう地域もある。もちろん、有機生産者グループも動いている。

農水省の補助事業として2021年6月に開かれた、自治体向けの有機給食導入セミナーには全国から100を超える自治体が参加していた。また、日本有機農業学会が同月に主催した「今なぜ、有機学校給食なのか?」という公開シンポジウムには500名もの参加申し込みがあったという。それ以外にも、農水省が主催して有機給食の導入事例の情報交換などをおこなっている「有機農業と地域振興を考える自治体ネットワーク」には現在15県29市町村が加盟している。

まずこうした動きの背景について、簡単に説明してみたい。

大きな契機となったのは、千葉県いすみ市だった。2015年に市立小中学校の給食に市内産の有機米「いすみっこ」を4トン導入。そのわずか2年後の2017年には42トン全量導入を達成し、全国初の事例として話題となった。自治体のイメージアップと移住PRにも貢献したという側面もあり、全国から視察や講演依頼が相次ぎ、モデルケースと目されるようになった。

有機米の導入で発生したコスト増は市の予算で補っているので、各家庭の給食費の負担は変わらない。また、公共調達による安定的な販路が確保されることで、市内生産者の慣行栽培からの有機栽培への転換や、新規就農者の増加も期待されている。現在は人参や小松菜など、野菜類の導入も徐々に進んでいる。

有機給食の導入に関心が高まっている背景には、それぞれの思惑の合致がある。農水省としては、全国に有機給食が広がることで有機農業の耕作面積増加につなげ、目標を達成したい(※1)。自治体にとっては前述の通り、子育て世代への移住PR材料になり、またSDGsや脱炭素社会への取り組みとしても実績にカウントしやすいテーマといえる。

※1 2021年5月に「みどりの食料システム戦略」が発表される直前までの長い間、農水省が設定していた有機農業の耕作面積の目標値はわずか1%だった。

また、フランス、イタリア、韓国など海外で有機給食の導入が広がっていると報じられることも、この気運を大きく後押ししている。(韓国の事例については本サイト内の記事『韓国における有機農産物と学校給食の実態』に詳しいので、ぜひご覧ください)

こうした流れに、かねてから有機農業運動や反農薬運動を進めてきた団体、市民グループなどが合流し、長年伸び悩んできた「安全安心なオーガニック」を普及させる起爆剤、突破口として、有機給食に熱い視線が注がれているというのが実情だ。全国各地で「有機給食を実現する会」的なものが、続々と立ち上がっている。

これまで普及のネックとされていた有機農産物の価格面についても、自治体の予算で差額を補うというモデルが適用できれば解消されるし、それでも子供の健康と安全という大義の前には反発も起こりにくいという期待がある。

メリットと落とし穴

このところ、本サイトのコラムで渕上桂樹さんナス男さんも立て続けに触れてきたように、僕自身も有機給食そのものには、それほど異論がない。特に、環境教育や生態系保全の取り組み、地域交流の機会などとしっかり連携が取れていて、それらが長期的な行政のビジョンに紐づいているのであれば、メリットはあると思っている。たとえば、通年の生き物観察や、地域資源での堆肥づくり体験など、できることは色々考えられる。

また、有機生産者の立場にとってみれば、販路を増やしたいのは当然のことだし、経営的な考えを横に置くとしても、環境に配慮した農法で生産した作物を地元の子供に食べてほしいと考えるのも、ごく自然な感情だと思う。

それなら正規ルートで入札を申し入れれば良いと思われるかもしれないが、価格差や供給量、規格、あるいは既存の納入業者の壁などの理由から、容易ではないのも確かだ。もちろん、センター方式であれ自校式であれ、現場の理解や協力も必須になる。

そこで、自治体や国の後押し、市民の声など外部からの力が必要とされるのも、一定程度は理解できる。

ただ、保護者や市民グループから声が上がる背景には、現在の給食のクオリティに対する不満や不信感(そもそも美味しくない、など)も散見され、その解決は有機化とは直接関係ないのでは、と思うこともある。

何度でも言うが、「有機だから美味しい」という言い方は有機農家に対しても失礼だ。そこには単に、美味しい農作物と美味しくない農作物があるだけだ。

また、先に挙げたメリットについても、それってほとんど慣行農業でも同じことができるのでは、と反論されてしまったこともある。

問題なのは、それでも「有機でなければならない理由」が記号的に必要とされてしまう場合だ。給食をより良いものにすることや、地域の環境を保全して受け継いでいくこと、ではなく、「有機給食の実現」そのものが過度に自己目的化したとき、より刺激的で、より緊急性の高い動機として「農薬の危険性」が気軽に採用される。ここに大きな落とし穴がある。

有機給食を推進する一部の団体や活動家が、食品中の残留農薬が子供の健康に悪影響を及ぼしていることを主張し、それを根拠に導入を求めるケースが多発している。そのことがなぜ問題なのか。

有機給食にガイドラインを

先日、農水省で有機農業の推進を手がける農業環境対策課の担当者と筆者は、「みどりの食料システム戦略」についての意見交換をおこなう機会があり、持参した意見書のなかに、下記のような内容を盛り込んだ。


有機給食は単に出口戦略として有機生産側の都合だけで推進すれば形骸化や反発を招き、一過性のブームで終わりかねない。「みどり戦略」の一環として、環境保全や資源循環、地産地消など有機本来のメリットを伝える環境教育ビジョンとして位置付けることはできないか。

発達障害の増加と農薬を強引に関連づけるなど、保護者の不安を煽ることで有機給食を推進する団体等が一部見受けられる。こうした団体は往々にしてマルチビジネスや反ワクチン運動等との親和性も高いため、長期的にはむしろ有機農業の社会的信頼を貶め、拡大の阻害要因となる可能性がある。有機給食が本来の趣旨から外れないよう、農水省からガイドラインを示してどうか。


また、補足として「十分な科学的根拠もなくこのような主張を展開することは発達障害当事者の尊厳を不当に傷つけ、偏見や差別、本来必要のない不安や自責の念、また「農薬の入った食事を食べていたのが悪い」という自己責任論の助長にもつながりかねない」などの懸念も口頭で伝えた。

あくまで主観だが、担当者はこの訴えに真剣に耳を傾けてくれたように思う。

その場での回答としては「農水省としてエビデンスのない発信をおこなう考えはない。現状で有機農産物が安全面で慣行農産物より優れているというエビデンスはなく、有機農業のメリットは環境負荷の低減や生態系保全にあると認識している」というものだった。

だが一方で、農水省が主催するシンポジウムや農水省関連のセミナー登壇者からは、同様の危うい主張が無防備に発信されてしまっている現実がある。もちろん、個々の発表内容や信念にまで国が踏み込んで規制をおこなうことには危うさも伴う。デリケートな領域であることは理解できるが、見方によっては、農水省のお墨付きで発信されていると受け止められ、信頼性の高い情報だとみなされる危険もあるだろう。

「みどりの食料システム戦略」は、2021年9月にNYで予定されている国連食料システムサミットでのイニシアチブを意識した内容とスケジュールで、急ピッチで策定されたという見方がある。日本経済新聞で既に一部報道されているが、この秋以降、「みどり戦略」の実現に向けてさまざまな関連予算が組まれる可能性が高い。

それに伴い、有機給食はますます勢いづくかもしれない。だがそこに、デマはもちろん、マルチビジネスや反ワクチン運動などの過激なカルトが介入する余地を与えてはいけない。それはあまりにも危険だ。

農水省が率先して有機給食のコンセプトをガイドラインにまとめるか、それが無理なら草の根からでも構わない。恐怖や不安に訴えなくても有機農業には確かな価値があることを、胸を張って示してほしい。

2021年8月9日に公開されたIPCCの最新報告から、気候変動に対する行動変容の緊急性はますます明らかになり、一次産業の環境負荷低減も喫緊の課題であることは間違いない。だからこそ人々の分断を煽るような、科学的根拠のない情報に耳を傾けている暇はないはずだ。

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筆者

間宮俊賢

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